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1998年3月30日

湖沼環境指標の開発と新たな湖沼環境問題の解明に関する研究
平成4〜8年度

国立環境研究所特別研究報告 SR-24-'98

1. はじめに

表紙
SR-24-'98 [2.7MB]

 日本の湖沼の水質保全については、昭和58年に湖沼水質保全特別措置法(湖沼法)が施行され、湖内外で多様な対策が試みられているものの、依然として湖沼環境基準の達成率は低く、富栄養化現象に悩んでいるものが多い。また、最近では藻類種や生態系構造の変化、魚の大量へい死など、以前にない現象が発生した湖沼も多い。このような問題の解析や解決のためには、従来のCODを中心とする水質項目では不十分で、新たな湖沼環境指標の開発が必要である。このような背景のもとに、本研究は(1) 流域特性と水質との関係の評価に関する研究、(2) 湖沼環境指標に関する研究、(3) ピコプランクトンの異常発生機構に関する研究、の三研究課題を取り上げて進められた。霞ヶ浦、野尻湖とその流域、流入河川での高頻度の現地調査、琵琶湖をはじめ全国数十湖沼からの水、生物サンプルの分析、自然環境保全基礎調査による全国湖沼での卓越藻類種に関する情報の解析、霞ヶ浦臨湖実験施設屋外実験池を用いての実験、国立環境研究所微生物系統保存棟における藻類の大量培養などから、流域からの汚濁負荷の削減方法、湖沼環境の的確な評価方法、ピコ植物プランクトンの分類、動態、毒性、管理方法に関して以下のような成果を得た。

2. 研究概要

(1) 流域特性と水質との関係の評価に関する研究

1) 望ましい森林とは?

 森林が流域の大部分を占める湖沼、貯水池のいくつかで、淡水赤潮が頻発している。本特別研究では、奈良県十津川村の風屋ダム流域を対象に、森林特性と流出河川水の関係を地理情報システム(GIS)などを活用して解析した。この結果、崩壊地面積比率が高い流域では懸濁物質や硝酸態窒素(図1)の、また人工林からは降雨時に懸濁物質、アンモニア態窒素の流出量が多く、下流湖沼の淡水赤潮の原因となっていることがわかった。このため、適切な森林管理が必要である。

2) 流域管理を簡単に、効率的に行う方法は?

 リサイクル型地域エコ社会の構築には精度の高い地域情報の集積が不可欠である。従来の数値情報のみの管理では、地域の特徴や特性は把握できず、また開発行為などに伴う流域環境の変化を適切に表したり、予測したりすることは困難であった。本特別研究では、パーソナルコンピュータで作動する地理情報システムを活用して市町村単位で管理可能な流域管理システムを構築をめざした。霞ヶ浦流域の阿見町、つくば市を対象に、人口、土地利用、生活排水処理形態などの環境情報をシステムに入力し、水、物質の流れ、濃度を予測可能にした。このシステムを用いれば、身近な水域環境の改善のための対策案の検討を簡単に行うことができる。

図1 森林小流域における崩壊地面積率と河川水中の硝酸態窒素濃度(縦棒は標準偏差)
添付図1

(2) 湖沼環境指標に関する研究

1) 有機汚濁指標としてCODはなぜ問題で、代替の有機汚濁指標としては何が適当か?

 従来の環境基準項目である過マンガン酸カリウム法によるCODは、酸化率が水域ごと、懸濁態、溶存態ごとに異なる、生分解性と正の相関関係を有しない、欧米ではより酸化力の強い重クロム酸カリウムによるCODが標準法となっている、など多数の理由から、湖沼の有機物指標として不適切と判定された。これに代わるものとしては、内容の明白さ、管理への応用、操作性の観点から、現状では乾式法の全有機炭素(TOC)が適当である。懸濁態サンプルの場合には超音波により粉砕後、同法の適用が可能である。また、過去に膨大に収集されたCOD情報は、同一水域で数年間の間、CODとTOCの両項目を測定することから、過去のTOC推測に役立てることが可能である。

2) 起源に関する情報が得られる有機物指標はないか?

 湖内有機物は分析操作上、約0.2-1μm孔径のフィルターでのろ過により懸濁態と溶存態に分別される。懸濁態成分の内、湖内の一次生産により生み出されたものはクロロフィルa等の色素を含むため、それをマーカーとして流域由来の有機物との分別が可能であったが、溶存態成分に関しては適当な方法がなかった。本特別研究では霞ヶ浦、野尻湖、琵琶湖、他全国数十湖沼でのサンプルの分析結果から、260nm辺りの紫外部吸光度とTOCの比が外来性溶存有機物(流入河川中の有機物)で高く、湖内一次生産由来の溶存有機物(湖内ではその比率が高いと予想される)で低いことを明らかにした(図2)。この方法に疎水性樹脂、イオン交換樹脂を用いた分画方法や生分解性試験を組み合わせることから、起源推定の確実性を増すとともに、その動態の詳細を明らかにすることができる。

3) アオコ存在量をどのように指標化するか?

 アオコ(ラン藻類)の大発生は、湖沼の富栄養化の一大エポックであり、アオコの多くが有毒物質を含む点では、水利用の仕方を大きく変えなくてはならない段階となる。また、景観、親水性の観点からも、その発生、非発生は非常に大きな別れ目となる。しかし、アオコの定量は非常に専門的な仕事であるため、その発生状況、消長に関する研究は特定の湖沼に限られ、その発生機構の詳細も不明なままになっていた。本特別研究では、目視でレベル分けする方法、すなわち見た目アオコ指標(図3)の開発を行い、それを実湖沼に適用した。また、その指標を用いての結果が化学的な分析方法の結果と比例関係にあることを示し、上水、親水利用のための水質目標レベルとして、見た目アオコレベル2以下にすべきことを確認した。

4) アオコの発生には何が影響しているか?

 全国湖沼でのアオコ発生状況データから、アオコ発生には富栄養化であることに加えて、窒素/リン比、水温、混合度が高いことが関係していることを明らかにした。また、屋外実験池を用いた藻類種、量に及ぼす栄養塩、魚の影響を調べる実験から、リン濃度一定で窒素濃度が増えると藻類量が増加し、また魚(金魚)がいるとラン藻が優占化する傾向が見られた。

5) DO、pHの連続測定から水域の生物活性を連続測定できないか?

 溶存酸素(DO),pHセンサーを水中に吊し、連続測定を行うフリーウォーター法の場合、大気との間でのガス交換量を推測する必要があるが、その量は飽和濃度と湖水濃度の差、風速の関数として表現することができることを明らかにした。すなわち、大気とのガス交換量を正確に見積もることが可能であれば、DO,pHの連続測定結果から水域の生物活性を推測することができる。また、明箱と暗箱にそうしたセンサーをとりつけ、スターラーで撹拌するとともに、定期的(富栄養湖では1時間程度)に水を入れ替えることから、大気とのガスのやりとりなしに生物化学的特性を連続観測する装置を作成し、霞ヶ浦、涸沼等に設置し、数日間の観測を行った。その結果から、光合成量、呼吸量を連続測定することが可能であることを示した。最後に、いくつかの湖沼で連続観測されているDO,pHモニターデータを用いても、精度は劣るが上記とほぼ同様な解析が可能であることを確かめた。

図2 霞ヶ浦、琵琶湖、野尻湖における流入河川と湖内でのUV:DOC比 霞ヶ浦、琵琶湖では生分解性試験で100日後に残った成分についても示す
添付図2
添付図3

(3) ピコプランクトンの異常発生機構に関する研究

1) ピコ植物プランクトンとはどのような生き物か? 毒はあるのか? 毒は生物にどのような影響を及ぼすのか?

 ピコ植物プランクトンとは細胞サイズが2μm以下の植物プランクトンの総称である。全国53湖沼のサンプルから、ピコ植物プランクトン73株を分離培養し、色素組成、形態学的特徴からラン藻類7タイプ、緑藻類3タイプに分類した。特に、日本湖沼で出現頻度の高いSynechococcusグループについては、化学的組成、微細構造から5つのクラスターに分類できる。また、ピコ植物プランクトンの大量培養から、有毒成分としてチオンスルフォリピドを分離し、その構造を決定した。この物質は温和な条件で加水分解して硫化水素を発生し、魚、鳥などに悪影響を与えている恐れがある。

2) どんな湖のどんなところ、いつ多いのか? ピコ植物プランクトンが大増殖するのはなぜか?

 野尻湖でのピコ植物プランクトンの現存量変化から、ピコ植物プランクトンは夏ー秋期に有光層下部で高密度になることが判明した。また、全国32湖沼のサンプルから、ピコ植物プランクトンが多く出現するのは中栄養湖であることがわかった(図4)。また、ピコ植物プランクトンの捕食にはワムシ、従属栄養性鞭毛虫類の他、黄金色鞭毛藻類が重要な役割を果たしていることが明らかとなった。ピコ植物プランクトンの異常な増殖は湖沼の管理が不適切で、生態系が健全でないことを意味している。

図4 日本の湖沼の表層水の全クロロフォルムa量と2μm以下のクロロフォルムa量が全クロロフォルムa量に占める割合の関係
添付図4

3. 今後の検討課題

 湖沼環境の保全のためには、森林などの管理も含めて流域管理を適切に行うこと、環境基準項目として過マンガン酸カリウム法によるCODを見直すこと、有機物の起源、生分解性に関わる化学的特性を測定して水質管理に役立てること、DO,pH等のモニターから生物活性を連続測定すること、ピコ植物プランクトンの異常増殖が起こらないよう湖沼の運用管理を行うこと、等が行わなければならない。このためには本特別研究の成果を活用するとともに、今後、地域物質循環を補完するような湖水直接浄化法の開発を行うこと、有機物の発生源を確定できるような有機物分画手法を確立すること、生態系構造の異常を検知する生態系指標を提案するとともに、健全な生態系に向けての湖沼の運用管理手法を確立すること、等に関する研究を早急に進めることが必要である。

〔担当者連絡先〕
国立環境研究所
地域環境研究グループ湖沼保全研究チーム
松重一夫
(電話: 0298-50-2527)

用語説明

  • 地理情報システム(Geographic Information System)
     コンピュータを用いて地理的に参照可能な種々の形態(点・線・面)の情報を効率的に取り込み、蓄積し、更新・処理・分析・表示できるようなハードウェア、ソフトウェア、地理情報データベースを含めた統合的コンピュータシステムである。
  • CODとTOC
     CODはChemical Oxygen Demand(化学的酸素要求量)の略で、酸化剤として過マンガン酸カリウムと重クロム酸カリウムを用いる方法があるが、そうした酸化剤の種類、温度、反応時間、酸性かアルカリ性かにより酸化率が異なる。TOCはTotal Organic Carbon(全有機炭素)の略で、過硫酸カリウムなどの酸化剤でCO2にする方法(湿式法)と高温、触媒条件下で燃焼させCO2にする方法(乾式法)がある。
  • アオコ
     Microcystis属の別称とする場合もあるが、一般的には藻類が湖面に浮かび、青い粉をまいたような状態となったものやその原因となった藻類群のことを呼ぶ。そうした水の華はMicrocystis属によることが大部分であるものの、Anabaena属など他のラン藻による場合もあり、またまれには緑藻等のこともある。
  • ピコ植物プランクトン
     大きさが2 μm以下の植物プランクトンを総称したものである。代表的なものにラン藻類のSynechococcus等がある。本特別研究の結果、細胞の形態、色素、化学成分、細胞の構造などから、いくつかのグループに分けることができるようになった。

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