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2014年11月4日

絶滅危惧淡水魚イトウの生息数を推定
保全活動の成果が実り安定した個体群を維持

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、北海道庁道政記者クラブ 同時配布)

平成26年11月4日(火)
独立行政法人国立環境研究所
生物・生態系環境研究センター
生態系機能評価研究室 主任研究員
 福島 路生
環境計測研究センター
環境情報解析研究室 主任研究員
 小熊 宏之
 

   国立環境研究所とWild Salmon Center(米国)は、絶滅の危機に瀕する日本最大の淡水魚イトウの産卵遡上数を高い精度で計数することに成功しました。
   調査は北海道北部を流れる2級河川・猿払川の支流で2013年と2014年の2シーズンに分けて行いました。産卵のため河川を遡上するイトウの親魚を高解像度の音響ビデオカメラにより24時間体制で撮影し、日々の遡上数を記録、また体長を計測するという手法をとりました。その結果、記録されたイトウの総数は2013年が335尾、2014年が425尾を数えました。また2014年には1メートルを超す大型の個体が7尾も確認されました(最大113cm)。猿払川全域には調査河川の約3倍の産卵場があると考えられることから、流域全体ではおよそ1000-1250尾のイトウ親魚が生息するものと推定されました。
   本河川では地元有志団体や王子ホールディングス(株)がイトウの保護活動を続けており、地道な保護保全活動が実を結び、安定した個体群がこの河川に残されてきたものと考えています。本研究成果はオープンアクセスジャーナルGlobal Ecology & Conservation誌に2014年10月22日に掲載されました(http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2351989414000432)。
 

1.背景

 イトウ(写真1)は日本最大の淡水魚(サケ科)で、かつて国内では北海道および東北地方の40数河川に生息した記録が残ります(福島ほか2008)。しかし70年代以降にはじまる大規模な農地・草地開発に伴い多くの河川で改修が進められた結果、現在は北海道のみ10河川ほどにしか生息が確認されない希少種です(Fukushima et al. 2011)。環境省のレッドデータブックは絶滅危惧IB類、また国際自然保護連合(IUCN)は絶滅の危険の最も高いCR(Critically Endangered)というランクに本種を指定しています。

 これまでイトウを含むサケ科魚類の生息数の推定には、簗などの漁具を用いて直接捕獲する、あるいは間接的に川底に掘られる産卵床を計数する、などの方法がとられてきました。しかし捕獲に伴うイトウへのストレス、また野外調査に伴う多大な労力、大きな推定誤差などのいくつかの問題がありました。

 リモートセンシングの1つである音響ビデオカメラを用いた魚類の生息数調査は、魚体への負担がほとんどないこと、労力と経費が比較的かからないこと、昼夜に関係なくすべての個体を記録できることなど優れた特徴があります。この手法が魚類の漁業資源管理や生態調査に使われるようになったのはここ数年のことです(Burwen et al. 2010)。

 国立環境研究所はワイルドサーモンセンター(http://www.wildsalmoncenter.org/)また猿払イトウ保全協議会(http://www.sarufutsu-icc.gr.jp/index.html)と連携し、猿払川の支流において、2013-2014年の産卵期に河川上流に遡上してきたイトウ親魚の個体数を水中音響ビデオカメラにより高い精度で計数することに成功しました。

 野生生物、とくに希少種の生息数を(経費・労力をかけずに)正確に把握し、その長期的な変動を記録することは、種または個体群の異変を早期に察知し迅速かつ効果的な対策を講じることにつながります。生物多様性保全を戦略的に進める上では欠かせない研究活動です。

イトウ
写真1.婚姻色が現れたイトウのオス

2.方法

 猿払川支流の上流域に、音響ビデオカメラ(2013年はDIDSON、2014年はARIS。写真2)を4月から5月までの約1カ月間設置して水中連続撮影を行いました(※ 希少種保護の観点から調査地の詳細は記載できません)。

 DIDSONは最大1.8MHzの音波を96本のビームで発信し、反射される信号を映像化する高精度な音響ビデオカメラです。ARISは周波数を3MHz、ビーム数を128本に増やし、さらに高分解能を実現したカメラです。ともに、夜間や濁水中など光の届かない水中の物体(例えば船底に取り付けられた機雷など)を検出する目的で開発されました。

 装置を設置したのは魚道の(上流側)出口付近であり、河川を遡上するすべての魚類が川幅2mほどの調査地点を通過することから、確実にすべての個体を記録することができました。2013年の調査では、通常の光学式ビデオカメラによる撮影も昼間のみ並行して行い、色彩情報から種の同定と雌雄判別を行いました。イトウの体長は、より解像度の高いARISによる映像(2014年)から計測しました。また2013、2014年の産卵期間中、水温、水位、照度などの環境要因についても10分きざみでロガーに記録し、遡上のタイミングとの関係を調べました。

写真2.高分解能水中音響ビデオカメラDIDSON(左)とARIS(右)(ともにSound Metrics社製。写真提供:株式会社 東陽テクニカ)

3.主な成果

 2013年は4月23日に遡上が開始され、5月14日に終了するまでの期間に合計335尾のイトウが確認されました。遡上のピークは2つあり、1回目は4月29日の47尾、2回目はゴールデンウィーク終盤の5月4日の54尾のピークでした(図1)。産卵期間中の水温はほぼ摂氏3度(夜間)から8度(日中)で変動しましたが、遡上数の落ち込んだ5月1日から2日にかけては0度近くまで低下していました。

 2014年のイトウの遡上は4月20日から5月13日にかけて行われ、合計425尾のイトウが確認されました。前年同様に2つのピークを示しましたが、2つ目のピーク時(4月29日)には1日で146尾ものイトウが記録されています(図1)。

グラフ
図1.音響ビデオカメラに記録されたイトウ遡上数の日変化(青:2013年、赤:2014年)。

 2014年の425尾のイトウのうち、撮影条件が比較的よかった384尾の体長を映像から計測したところ、遡上開始当初は中型の個体(70cm前後)が多いが次第に大型の個体も混じるようになり(同時にサイズのバラつきも大きくなり)、後半に再び小型化するという傾向が認められました(図2)。全期間を通じて体長の平均値は74cm、最大個体は113cmと推定され、1メートルを超える大型のイトウも7尾確認されました。環境要因と遡上のタイミングについては、発表された論文(以下参照)をご覧ください。

 国立環境研究所は、猿払川において1998年にも全流域でのイトウ生息数の推定を行っています(Fukushima 2001)。当時は現地踏査により支流ごとに発見された産卵床数から推定しましたが、今回の結果と比べると10数年前の方がむしろ生息数が少ない値として計算されます。手法が異なるので単純に比較はできませんが、少なくともこの河川でイトウが減少しているという傾向は認められません。因みに、当時の猿払川の産卵床数、また産卵河川数の中で、今回調査した支流の占める割合はほぼ3分の1にあたることから、流域全体でのイトウ親魚の生息数は1000-1250尾程度であると推定されました。

 なお、音響ビデオカメラによる実際のイトウの映像や現地での調査風景は、国立環境研究所のウェブサイトからもご覧になれます。http://www.nies.go.jp/biology/research/g_pj/it/index.html

グラフ
図2.2014年のARISの映像から推定されたイトウの体長変化。

4.今後の展望

 幸いにして今回調査を行った猿払川では、イトウ生息数の減少傾向が認められず、比較的健全な個体群が維持されていることが分かりました。しかし、河川上流域での河畔林の伐採(それに伴う枝払い木の放置や土砂の流出)、また河床低下で落差が生じたカルバート、落差工、堰などの構造物が、イトウの産卵遡上を妨げ、本種の繁殖と世代交代に大きな脅威となっている現状は依然として改善されていません。さらに、日本全国から訪れるイトウ釣師の数は年々増加し、釣った後に再放流(キャッチアンドリリース)されたイトウの死体も頻繁に目撃されることから、これについてもなんらかの対策が求められています。

 一方で2009年にはこの地域に広大な社有林を持つ王子ホールディングス(株)が環境保全林(2660 ha)を設定し、以前からイトウを守る活動を続けてきた猿払イトウの会(地元有志団体)や研究者らとともに精力的に本種の生息環境の保全に取り組んでいます。今回の調査結果は、このような地道な取り組みが希少種の保全に有効であることを証明しています。

 イトウ生息数のモニタリングは今後も定期的に継続してゆくことが必要です。そして上述の2つの問題点についての対策を講じることはもちろんですが、一方で猿払川にだけ、なぜこれだけ多くの安定したイトウ個体群が存続できたのかについて、より科学的に詳細に解明することも必要です。その上で、保全活動に注ぐエフォートや資源をより効果的に、戦略的に配分することが大切だろうと考えています。

5.参考文献

  • Burwen D.L., Fleischman S.J., Miller J.D. (2010) Accuracy and precision of salmon length estimates taken from DIDSON sonar images. Trans. Am. Fish. Soc.139 (5), 1306–1314.
  • 福島路生・帰山雅秀・後藤 晃(2008)イトウ:巨大淡水魚をいかに守るか.魚類学雑誌55(1): 49-53.
  • Fukushima M. (2001) Salmonid habitat-geomorphology relationships in low-gradient streams. Ecology 82: 1238-1246.
  • Fukushima M., Shimazaki H., Rand P.S., Kaeriyama M. (2011) Reconstructing Sakhalin taimen Parahucho perryi historical distribution and identifying causes for local extinctions. Trans. Am. Fish. Soc. 140: 1-13.

6.問い合わせ先

研究全般に関すること

独立行政法人 国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター 主任研究員
福島 路生(ふくしま みちお)
電話:029-850-2427
E-mail: michio(末尾に@nies.go.jpをつけてください)

音響ビデオに関すること

独立行政法人 国立環境研究所 環境計測研究センター 主任研究員
小熊 宏之(おぐま ひろゆき)
電話:029-850-2983
E-mail: oguma(末尾に@nies.go.jpをつけてください)

7.発表論文

Rand P.S., Fukushima M. (2014). Estimating the size of the spawning population and evaluating environmental controls on migration for a critically endangered Asian salmonid, Sakhalin taimen. Global Ecology & Conservation 2: 214-225.
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2351989414000432

8. 共同研究機関

Wild Salmon Center, Portland, Oregon, USA

9.研究助成および調査協力

 本研究は住友財団環境研究助成およびThe Mohamed bin Zayed Species Conservation Fundの研究助成を受けました。現地調査は東京大学生産技術研究所 浅田研究室、(株)東陽テクニカ、Ocean Marine Industries Inc.、猿払イトウの会の協力により行いました。

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