妊婦の有機フッ素化合物(PFAS)ばく露と、生まれた子どもの4歳時におけるぜん鳴・ぜん息との関連:子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)
(環境省記者クラブ、環境記者会、筑波研究学園都市記者会、文部科学記者会、科学記者会、松本市政記者クラブ、長野市政記者クラブ同時配付)
1.発表のポイント
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母親の妊娠中の血中PFAS濃度と子どものぜん鳴およびぜん息症状の有無との間に明確な関連は見られませんでした。
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子どもの性別および母親のぜん息の有無によるによる明確な関連の違いは見られませんでした。
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地域による関連の不均一性が見られました。
2.研究の背景
子どもの健康と環境に関する全国調査(以下、「エコチル調査」)は、胎児期から小児期にかけての化学物質ばく露※4が子どもの健康に与える影響を明らかにするために、平成22(2010)年度から全国で約10万組の親子を対象として環境省が開始した、大規模かつ長期にわたる出生コホート調査です。さい帯血(臍帯血)、血液、尿、母乳、乳歯等の生体試料を採取し保存・分析するとともに、追跡調査を行い、子どもの健康と化学物質等の環境要因との関係を明らかにしています。
エコチル調査は、国立環境研究所に研究の中心機関としてコアセンターを、国立成育医療研究センターに医学的支援のためのメディカルサポートセンターを、また、日本の各地域で調査を行うために公募で選定された15の大学等に地域の調査の拠点となるユニットセンターを設置し、環境省と共に各関係機関が協働して実施しています。
ぜん息はせきやぜん鳴を生じる、小児でよくみられる疾患の一つです。妊娠中や生後の化学物質へのばく露は、ぜん息のリスク因子の1つとして考えられています。化学物質のうち、有機フッ素化合物(PFAS)は免疫系への影響を生じることが知られていますが、PFASのばく露と小児のぜん息症状の有無との関連ははっきりとわかっておらず、人を対象とした研究でも結果が一致していませんでした。そこで本研究では、母親の妊娠前期の血中PFAS濃度と生まれた子どもの4歳時におけるぜん鳴およびぜん息症状の有無との関連を疫学的な手法を用いて調べることにしました。
3.研究内容と成果
本研究では、エコチル調査に参加する約10万組の母子のうち、母親の妊娠中の血中PFAS濃度が測定されている約2万5千組の母子のデータを使用しました。その中から、今回の解析に必要なデータがそろった17,856組のデータを使用しました。
子どものぜん鳴およびぜん息症状の有無については、4歳時点での質問票の回答を用いました。PFASについては、6種類のPFAS(PFOA、PFNA、PFDA、PFUnA、PFHxS、PFOS)を分析対象としました。子どものぜん息症状の有無の関連因子として考えられている母親の年齢、BMI、母親のぜん息、教育歴、喫煙歴、世帯収入、出産回数の影響も考慮した上で、母親の妊娠中の血中PFAS濃度と子どものぜん鳴およびぜん息症状の有無との関連についてロジスティック回帰分析※5で検討を行いました。
検討の結果、母親の妊娠中の血中PFAS濃度と子どものぜん鳴およびぜん息症状の有無との間に明確な関連は見られませんでした。ばく露反応曲線※6は直線で、ほぼ平坦な直線が見られました。子どもの性別および母親のぜん息の有無による明確な関連の違いは見られませんでした。また、地域による関連の不均一性が見られました。
4.今後の展開
本研究では、母親の妊娠中の血中PFAS濃度と子どものぜん鳴およびぜん息症状の有無との間に明確な関連は見られませんでした。しかしながら、長期的な影響については今後の研究が必要です。
5.用語解説
※1 有機フッ素化合物(PFAS):炭素とフッ素の結合を含む有機化合物の一種のことで、様々な用途で使用されています。 ※2 ぜん鳴(喘鳴):気管や気管支が狭くなるなど、呼吸の際に「ヒューヒュー」や「ゼーゼー」という音がする状態です。 ※3 ぜん息(喘息):長期的な気管支の炎症により、わずかな刺激でも腫れたり、咳や痰(たん)が出たり、ぜん鳴が出るなどで、呼吸が苦しい状態を繰り返す状態です。 ※4 ばく露:人が化学物質などの環境にさらされることをいいます。 ※5 ロジスティック回帰分析:複数の要因の影響を同時に考慮した上で関連を検討するための解析手法です。 ※6 ばく露反応曲線:ばく露濃度と反応の関係を示したグラフのことです。
6.発表論文
題名(英語):Associations between prenatal exposure to per- and polyfluoroalkyl substances and wheezing and asthma symptoms in 4-year-old children: The Japan Environment and Children's Study
著者名(英語):Takuma Atagi1,2, Kohei Hasegawa1, Noriko Motoki3, Yuji Inaba3,4,5, Hirokazu Toubou1, Takumi Shibazaki6, Shoji F. Nakayama7, Michihiro Kamijima8, Teruomi Tsukahara9,1,3, Tetsuo Nomiyama1,3,9 and the Japan Environment and Children’s Study (JECS) Group10
1安宅拓磨、長谷川航平、當房浩一、塚原照臣、野見山哲生:信州大学医学部衛生学公衆衛生学教室
2安宅拓磨:信州大学医学部内科学第一教室
3元木倫子、稲葉雄二:信州大学医学部 小児環境保健疫学研究センター
4稲葉雄二:長野県立こども病院神経小児科
5稲葉雄二:長野県立こども病院生命科学研究センター
6柴崎拓実:信州大学医学部小児医学教室
7中山祥嗣:国立環境研究所エコチル調査コアセンター
8上島通浩:名古屋市立大学大学院医学研究科環境労働衛生学分野
9塚原照臣、野見山哲生:信州大学医学部産業衛生学講座
10グループ:エコチル調査運営委員長(研究代表者)、コアセンター長、メディカルサポートセンター代表、各ユニットセンターから構成
掲載誌: Environmental Research
DOI: https://doi.org/10.1016/j.envres.2023.117499
7.問い合わせ先
【研究に関する問い合わせ】
信州大学医学部衛生学公衆衛生学教室
助教 長谷川航平
【報道に関する問い合わせ】
信州大学総務部総務課広報室
shinhp(末尾に@shinshu-u.ac.jpをつけてください)
国立研究開発法人国立環境研究所
企画部広報室
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)