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2000年3月31日

石炭燃焼に伴う大気汚染による健康影響と疾病予防に関する研究-石炭燃焼に伴う屋内フッ素汚染による健康影響と予防医学的対応に関する研究-(開発途上国環境技術共同研究)
平成6〜10年度

国立環境研究所特別研究報告 SR-33-2000

1.はじめに

表紙
SR-33-2000 [2.7MB]

 開発途上国においても高度な経済社会、安定した生活の実現を目指すエネルギー利用の増大が、その影響を環境問題として顕在化させている。世界人口の21%、12億7千万人の人口を抱える中国においては、工業生産と火力発電用に加え、屋内暖房、調理用熱源としての民生用にも多量の石炭が使用されている。大都市において使用される石炭は、近代的選炭技術で生産された良質なものであるが、地方においてはフッ素含量の高い石炭を使用する地域も存在するため、中国の広範囲な地域でフッ素化合物による高濃度の大気汚染が起こっている。中国のフッ素汚染地域は、高濃度のフッ素を含む地下水利用によるフッ素汚染地域と、フッ素含量の高い石炭の燃焼によるフッ素汚染地域(14の省)に大別されるが、後者においては、1,817万人が歯牙フッ素症(斑状歯)、146万人が骨フッ素症に罹患していると報告されている。
 中国における石炭燃焼に由来する屋内フッ素汚染は、その発生規模において他に類を見ない程の被害を起こしているため、事前調査も含め1994年より5年計画で、本研究所と中国の予防医学科学院環境衛生・衛生工程研究所との間で、石炭燃焼に由来する屋内フッ素汚染の調査と健康影響に関する共同研究を実施したものである。

2.研究の概要

(1)石炭燃焼由来の屋内大気汚染による個人暴露実態に関する調査研究

 フッ素症患者のX線写真を用いた診断基準を確立した後、(1)非汚染地として江西省南昌市湾里区、(2)中等度のフッ素汚染地として貴州省黔南自治州龍里県、(3)重度のフッ素汚染地として四川省培陵地区苗族土家族自治県を選定し、現地調査を実施した。

1)大気中フッ素の吸入暴露
 図1に示すように、(2)貴州省の中等度汚染地や(3)四川省の重度汚染地においては、屋内フッ素汚染が著しい。大気中フッ素は、発生源より広く拡散しやすい一方、吸入暴露の原因となるため、石炭燃焼による屋内フッ素汚染を抑制していく必要がある。
 フッ素の肺への影響を動物実験により検討した結果では、フッ素高濃度暴露群において、肺の殺菌活性が低下するとともに、肺胞−血管関門の透過性や肺胞域の細胞への影響が見られている。また、マクロファージや骨芽細胞を用いた細胞障害性試験では、フッ素添加によってDNAの断片化を伴うアポトーシスにより、細胞の死亡率が著しく上昇することが判明し、免疫系や骨形成に影響することが示唆された。

2)大気中フッ素による二次的食品汚染
 フッ素汚染地域は高地にあり、穀物収穫後の降雨と冬季の低温に対して、穀物を乾燥保存する生活慣習が確立している。穀物乾燥に最も有効な手段は天井への穀物貯蔵であるが、石炭燃焼により発生するフッ素は発生源より広く拡散し、貯蔵庫にある食品等に吸着しやすく、一度吸着したフッ素は洗浄除去され難い。また、いずれの調査地でも飲料水中のフッ素濃度は低く、汚染は石炭燃焼に由来すると思われる。
 フッ素汚染の著しい食品は、穀物のトウモロコシ及び香辛料のトウガラシである。食品のフッ素汚染は、水洗いを励行しても顕著には改善しないため、主要穀物としてトウモロコシを消費する(3)四川省の重度汚染地においては、フッ素摂取量は極端に高い。(2)貴州省の中等度汚染地は、主要穀物として米を消費するが、脱穀により白米の汚染は比較的低くなるため、トウガラシによる暴露が中心となり、フッ素摂取量も中等度である。これに比べ、非汚染地におけるフッ素摂取量は著しく低い(図1参照)。

図1 汚染地域別のフッ素濃度・含量及び住民のフッ素暴露量

(2) フッ素による健康影響に関する臨床疫学研究

 大気中フッ素は肺内沈着を起こす一方、食品汚染を経由し胃より吸収され、硬組織(骨・歯)に沈着する。フッ素はその化学的性質から骨の再構築に影響し、骨硬化を伴う骨フッ素症を発症させる。また歯のエナメル形成細胞がフッ素により障害を受け、エナメル質形成不全をきたし、歯牙フッ素症を発症する。循環系に存在するフッ素は、腎臓によりろ過され尿中に排泄されるため、尿中フッ素濃度は有力な暴露指標である。
図2に示すように、尿中フッ素濃度は、地域間に顕著な差が存在し、(1)非汚染地の尿中排泄濃度は、日本人のフッ素汚染とほぼ同じ低レベルの汚染である一方、(2)及び(3)の汚染地住民の尿中排泄濃度はフッ素暴露量に比例して増加しており、フッ素症の発生が観察された。
 図3に示すように、中国の小・中学生の歯の症状に関しては、(1)非汚染地では96.3%の児童・生徒が正常であり、歯の異常は非常に少ない。(2)の中等度の汚染地では正常な児童・生徒は18.1%にすぎず、軽度、中等度、重度の歯牙フッ素症に関してほぼ同程度の罹患が見られた。さらに(3)の重度の汚染地では正常な児童・生徒は0.5%にすぎず、重度の罹患者は72.7%に及び、フッ素の高濃度汚染が長期間持続していることが明らかとなった。
 歯牙フッ素症は、歯の形成期(胎生期〜10歳、すなわち永久歯に生え変わる以前)にフッ素に汚染されると発生するが、(3)の重度汚染地では親子とも中等度から重度の罹患であり、ここ40年間のフッ素汚染状況に大きな差異がないことを示している。また、(2)の中等度の汚染地では、子供の方が両親より重度である組み合わせが多く、現在の方がフッ素汚染が進んでいることを示している。したがって中等度汚染地においても、重度汚染地とともに早急な対策が必要とされることが明らかになった。
 図4に示すように、骨フッ素症の骨X線写真による診断によれば、(3)重度汚染地では受診者の84%に重症の骨フッ素症を認めた。(2)中等度汚染地でも、重症例は51%にのぼる。(3)重度汚染地では骨フッ素症の症状と歯牙フッ素症の罹患度はほとんどの症例で一致したが、(2)中等度汚染地では、骨が重症であるのに歯は変化がないか、あっても軽度の人が少なからずいた。この結果は、中等度汚染地の住民の歯が永久歯に生え替わった以降にフッ素に汚染されたためと考えられるもので、本調査地域では近年石炭の消費量が増加し、それに比例して骨フッ素症も増加しており、早急な対策を必要としている。
 中国におけるフッ素汚染による影響は著しいが、適切な対策による暴露低減化の方法が予見できる。本共同研究により石炭燃焼による屋内フッ素汚染の実態と健康障害が国際的にも明らかになり、中国においては現在予防対策が真剣に取り組まれている。将来、フッ素汚染地における暴露低減化により、フッ素症抑制が実現できるものと期待している。

図2 汚染地域別の住民(男)の尿中フッ素濃度
図3 汚染地域別の小・中学生の歯牙フッ素症罹患度の割合
図4 骨フッ素症の症状別割合

3.今後の検討課題

 石炭燃焼や飲料水に由来するフッ素症の対策は、フッ素症の治療とフッ素症の予防に分けられるが、フッ素症の治療は現実には困難であるため、予防が最善の対策となる。現在、中国においては、飲料水由来のフッ素症予防のために、フッ素汚染のない水源を確保する対策が進んでいる。石炭燃焼に由来するフッ素症予防対策としては、汚染食品の摂取抑制のため食品汚染の防止と屋内汚染の予防が取り組まれている。しかしながら、慣習や生活様式の変更は容易なことではなく、直接的な汚染原因と見られる食品貯蔵法の見直しや、汚染されやすいトウモロコシから稲作への作物転換は進んでいない。一方、排煙設備を設置し、屋内汚染を予防する方法は、最も重点的に取り組まれている。また、石炭の使用前の処理により汚染を防止する方法は未だ研究段階であるが、有効な対策技術として、今後の開発研究に期待したい。石炭燃焼によるフッ素症を予防するためには、予防医学的対策を含む総合的対策を実施する必要がある。

〔担当者連絡先〕
地域環境研究グループ
健康影響国際共同研究チーム
安藤 満
Tel/Fax:0298−50−2395

用語解説

  • 歯牙フッ素症(斑状歯)
     永久歯の表面を覆うエナメル質にあらわれる白濁・褐色化した斑状または縞状模様の歯の形成不全。フッ素の慢性中毒の一症状。
  • 骨硬化
     骨質の増殖緻密化により、骨が硬化する症状で、骨が緻密化して象牙化した重症例(大理石骨病)も観察される。
  • 骨フッ素症
     フッ素の慢性中毒により引き起こされる骨硬化を主体とした症状。
  • アポトーシス
     DNAの規則的断片化を伴う細胞死。細胞核染色体の凝集・細胞質の凝集、細胞の萎縮を伴う。
  • 予防医学
     治療医学に対して、疾病の発生を未然に防止するための医学をいう

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