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2021年10月29日

温室効果ガスや大気汚染物質の排出量を迅速に把握する重要性とその方法

特集 温室効果ガスや大気汚染物質の排出実態を迅速に把握する

谷本 浩志

 「脱炭素化」の記事が新聞に載らない日はないほど、多く見聞きするようになりました。2021年4月には米国や欧州連合等が温室効果ガスの削減目標を上積みし、日本政府も「2030年46%減(2013年比)、2050年脱炭素化」の削減目標を掲げました。こうした世界的な脱炭素化の原動力となっているのが「国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)」において2015年12月に採択されたパリ協定ですが、このパリ協定では全ての国が自国の削減量を自分で決定することになりました。それゆえ、削減すると決めた「目標」に対して、実際にどのくらい削減できたかという「結果」を把握して、削減の目標や方法を見直すプロセスが重要になります。いわば、温室効果ガス排出に関するPDCA(進捗確認)サイクルですが、これを「グローバルストックテイク」と呼び、その第1回が2023年に、第2回が2028年に予定されています。

 こうした進め方は、非常に科学的で、かつ民族性、文化、そして政治の多様性を尊重したものとして高く評価されます。しかし、どのようにして温室効果ガスの削減量が分かるのでしょうか?目標は高すぎないのでしょうか?削減量を知るには、いったい今いくら出しているのかを知ることが必要です。目標が妥当かどうかを判断するには、排出量がどういう推移をしているのかを知ることが重要です。また、これらはどのくらい正確に分かるのでしょうか?その方法は信頼に足るものなのでしょうか?

 温室効果ガスや大気汚染物質等の人間活動から大気中に排出される物質は、燃料使用量等の統計データと燃料単位当たりの排出量データから計算でき、「排出インベントリ」と呼びます。一方、大気中の温室効果ガスや大気汚染物質の観測データを使って排出量を計算する手法があります。この大気観測を使った推計手法により「排出インベントリ」の妥当性を確認できる他、どこからどのくらい排出されているかを可視化できる長所があります。

 さて、インベントリ算出値を信じるべきか、大気観測データからの推計値を信じるべきか?これは、現在の科学では、なかなか難しい問いです。インベントリ算出では、政府が把握できていない社会経済活動は統計から漏れてしまうため、排出量として算出されなくなってしまいます。一方、大気観測からの算出は、大気に排出された後、風に乗り地球上の様々な場所に運ばれた末の濃度から遡って計算しなければいけません。これは、ダイエットをするにあたり、摂取カロリー・消費カロリーの計算をする方法と、体重計で記録する方法に例えられるかもしれません。私たちも両方を組み合わせてダイエットするように、両方大事です。

 排出インベントリ作成には政府統計値を利用するため、少なくとも1年以上の時間を要します。一方、大気観測データは現在ほぼリアルタイムで公開されているため、濃度から排出量の変化を迅速に検知できるようになってきました。特に、現在も続いているコロナ禍や森林火災の頻発化など、想定外の社会経済状況や異常気象による排出量の変化も、しばしば起こる昨今です。こうした事象により温室効果ガスや大気汚染物質の排出がどう変わったかは社会的な関心事であるとともに、脱炭素化を成功させるために必要なPDCAサイクルの練習にもなります。

 2021年4月から始まった気候変動・大気質研究プログラムでは、地上・船舶・航空機による地球規模の大気観測と、宇宙からの地球観測を最大限活用することで、「迅速に」排出量を推計するための研究開発をしています。本特集ではこうした研究の一端として、温室効果ガス収支のマルチスケール監視とモデル高度化に関する統合的研究を「研究プログラムの紹介」で、2020年のコロナ禍による中国の二酸化炭素放出量の減少についての研究と、2019ー2020年のオーストラリア森林火災による二酸化炭素の大量放出についての研究を「研究ノート」で解説します。

(たにもと ひろし、地球システム領域 地球大気化学研究室 室長、プログラム総括)

執筆者プロフィール:

筆者の谷本浩志の写真

人間にとって適度なストレスは脳や健康に良いといわれますが、地球にはストレスフリーでいてもらいたいものです。地球温暖化や大気汚染といった地球のストレス解決には温室効果ガスや汚染物質の排出削減が王道で、物質を扱う大気化学の視点から考えています。

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