国立環境研究所では、日本の湖沼として琵琶湖に次いで二番目に大きい湖沼である茨城県の霞ヶ浦において、1980年代前半から実施しているモニタリングデータを有しています。そのデータは水質だけに留まらず、湖沼環境を支える様々な種類の植物プランクトンも対象としており(図1)、その組成変化で湖沼環境の変遷を知ることができる日本を代表する長期モニタリングデータとなっています。近年、湖沼のモニタリングでは、急変する湖沼環境の各種リスクの予測や保全への活用が求められるようになり、「湖沼はどうして変わったのか」の問いに答える必要性も増しています。その背景には、「湖沼がこう変わって欲しい」というイメージはあるものの、そこへの道筋が分からない現状があります。本来なら、「どうして変わったかが分かれば、将来はこう変わるだろう」あるいは、「こう変えれば、あのような環境になってくれるだろう」という推論が成り立つようなモニタリングへの変革が求められています。
湖沼のモニタリングは、主に水質を監視する目的で実施されてきました。高度成長期における日本の湖沼の水質悪化に伴い制定された「水質汚濁防止法」に基づき、主たる河川や湖沼環境を定期的にモニタリングする全国監視網が整備されてきました。しかし、これらは水質監視が目的で、調査項目は生活や健康に影響する物質の濃度をモニタリングすることが重視されてきました。特に、関西の水がめである琵琶湖と関東の農産物生産を支える霞ヶ浦は国の水環境行政として常時監視体制が敷かれています。モニタリングは長く続けることでその価値が増します。何が平常で何が異常(変化)かの区別がしやすくなるからです。
一方で、湖沼の長期モニタリングに対する社会的ニーズも変化してきました。以前のような水質の大幅悪化は少なくなったものの、2000年以降の琵琶湖の南湖では、異常に増殖した水草が湖岸に大量に打ち上げられ、霞ヶ浦では夏に大型魚ハクレンの大量死が発生するなど、湖沼の景観や臭いなどに対する社会的対応を迫られることが多くなりました。また、健康志向も強まり、上水の水質に対する社会的要請も強くなり、琵琶湖疎水をはじめ、水カビ臭の発生リスクにも敏感になっています。こうした事態を受け、湖沼のモニタリングは単に安全安心な水を提供する水質監視という役割以外に、急変する湖沼環境の各種リスクの予測や保全への活用が求められるようになりました。また、環境保全意識の高まりを受け、観光価値の高い湖沼では、従来の水質モニタリングではカバーできていない生物多様性や湖畔景観を保全・回復する社会的ニーズも高まっています。
こうした社会的ニーズの変化に対し、現在の湖沼長期モニタリングでは十分対応しきれていないところがあります。環境監視的側面が強いモニタリングは、「湖沼の水質がどう変わったか」を正確に理解することに大きく貢献しましたが、「湖沼はどうして変わったのか」の問いに対する回答を提示するには至っておりません。社会的ニーズとして「湖沼がこう変わって欲しい」というイメージはあるものの、そこへの道筋が分からない状態です。本来なら、「どうして変わったかが分かれば、将来はこう変わるだろう」あるいは、「こう変えれば、あのような環境になってくれるだろう」という推論が成り立つようなモニタリングへの変革が求められています。
しかしながら、「なぜ変わったのか」に応えられるモニタリングが具体的にどういうものかについては、研究者の中でも統一的な見解に至ってはいません。それを導き出すプロセスとして、大きく分けて2つの方向性があると考えています。それに関連する研究内容を紹介します。
一つ目は、モニタリングデータ解析手法を高度化して「なぜ変わったのか」の問いを導き出すことです。この考えの利点は、半世紀近く続いてきた膨大なモニタリングデータを利用して環境変化の解析を行う過程で、特に重要となるモニタリングデータが分かることです。例として、霞ヶ浦の長期モニタリングデータに対して「レジームシフト解析」という、自然環境などの特定のシステムが比較的安定している状態から異なる状態へ大きく変化したタイミングを検出する統計手法を使った研究成果をご紹介します1)。本検出法で、これまでに北浦で3回、西浦で4回、植物プランクトンの組成が大きく変化したことが分かります(図2)。その変化タイミングと同調して同じような回数変化をしている要因を絞り込んだところ、月400mmを超える豪雨の気象イベントだということが分かりました。本ケースでは水質データに加え、気象データの重要性が明らかとなりました。他の環境悪化イベントについても、こうした解析を実施することで、その要因が人為起源か自然起源かを判別でき、それに備えることができます。こうしたモニタリングデータの解析手法の研究が、今後はより重要になると考えられます。
二つ目は、効果的な地点や時点でのモニタリングへと代替を進めることで、「なぜ変わったのか」の問いに答えられるようにすることです。多様化するモニタリング項目の対応には時間と費用の問題も生じます。予算や人手が限られるなかで社会的ニーズに応えていくには、問題を明確化し、それに適したモニタリング手法で、要因と関連した水域を重点的にモニタリングできるようにする必要があります。一方、「どこでいつ問題が発生していたのか」を詳細に把握し、対処するためには高頻度モニタリングも有効です。国立環境研究所の琵琶湖分室では、琵琶湖北湖の湖底の水温と溶存酸素濃度の高頻度観測を2022年より開始しており(図3)、次のような興味深い事実が明らかになっています2)。
1)この2年間で底層の水温は7.4℃から8.2℃へと0.8℃も上昇していること。
2)数時間から数日の短い周期で溶存酸素濃度は変動するが、水温も同調して上下していること。
3)9月下旬に溶存酸素濃度は1mgL-1程度まで一定の速度で低下した後、鉛直全層循環が起こるまで貧酸素化の進行の鈍化がみられたこと。
1)は冬季の気温の年々の増加傾向、2)は強風や風向きで説明でき、自然要因によることが明らかです。一方で3)のメカニズムは本データのみでは説明できず、他のモニタリングデータの必要性が示唆されました。