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2025年11月7日

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地球の限界を超えないために世界の食料システムの大転換が必要
—国際プロジェクトが持続可能で健康な食生活のガイドラインを提案—

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、草津市政記者クラブ、京都大学記者クラブ、文部科学記者会、科学記者会同時配付)

2025年11月7日(金)
国立研究開発法人国立環境研究所
国立大学法人京都大学
立命館大学

 現代の食料システムは、世界の温室効果ガス排出量の要因の25%以上を占めるなど、地球環境に大きな負荷を与えています。国立環境研究所、京都大学、立命館大学が参画する国際研究グループは、複数のシミュレーションモデルを用いた研究により、持続可能で健康な食生活、食品廃棄物の削減、生産性の向上を組み合わせた「食料システムの大転換」を2050年にかけて進めた場合の地球環境と経済に与える影響を評価しました。その結果、食料システムの大転換を進めた場合、何もしない場合と比べて、農業・土地利用由来の温室効果ガス排出量の増加を半減させる効果や、気候変動緩和策に起因する食料価格上昇の抑制効果など、地球環境と経済の両面の効果を得られることが明らかになりました。
 この結果は、世界の食のあり方を、健康のためだけでなく、地球の限界を超えないために変革していくことの重要性を示しています。提案された食生活の国際的ガイドラインは、各国の消費者、企業、政策担当者による持続可能な社会を目指した取り組みの科学的な基盤となることが期待されます。
 本研究の成果は、2025年10月3日付でElsevier社から刊行された医学分野の学術誌『The Lancet』と、2025年11月4日付で同社から刊行された『The Lancet Planetary Health』に掲載されました。

1. 国際プロジェクトの背景と目的

人間活動が地球の限界(プラネタリー・バウンダリー注釈1)を超えつつあり、地球環境の変化が長期的に人々の生活に大きな影響を与えることが懸念されています。こうした変化の中で、世界では、栄養不良と過食という両極端の健康問題も顕在化しています。
食に関する栄養学や環境科学など多様な分野の専門家の集まりであるEAT-Lancet Commission注釈2(以下「EAT」)は、こうした地球環境と健康の問題を同時に解決する食生活のあり方を2019年に「プラネタリーヘルスダイエット」として提案し、世界的に大きな反響を巻き起こしました。プラネタリーヘルスダイエットは、野菜、果物、豆類などの植物由来の食品を中心としながらも、肉類、乳製品、魚介類などの動物由来の食品を一定量食べるフレキシブルな食生活であり、「フレキシタリアン」とも呼ばれます。今回、EATは、さまざまな意見と最新の科学的知見を反映させ、さらに社会的公正の問題にもスコープを広げた第二版を作成し、2025年10月に「The 2025 EAT-Lancet」として公表しました。
国立環境研究所、京都大学、立命館大学などが開発する統合評価モデルAIM注釈3のチーム(以下、「AIMチーム」)は、この第二版の作成にあたり、世界各国から集まった10の農業経済シミュレーションモデルのひとつとして、国際研究プロジェクトに参加しました。プロジェクトでは、食料システムの大転換を2050年にかけて進めた場合の地球環境と経済に与える影響を評価することを目的としました。ここで、食料システムの大転換とは、EATが提唱する持続可能で健康な食生活、食品廃棄物の削減、生産性の向上を組み合わせて進めることを意味しています。

2. 今回の論文の内容

今回、EATに関する2つの論文「The EAT–Lancet Commission on healthy, sustainable, and just food systems(健康で、持続可能で、公正な食料システムに関するEAT-Lancetコミッション)」と「Bundling measures for food systems transformation: a global, multimodel assessment(食料システムの大転換のための対策の組み合わせについての複数グローバルモデルでの分析)」が公表されました(以下「論文1、論文2」という)。

論文1は、EAT-Lancet Commissionとしての中心的な報告書です。最新の科学的知見のとりまとめに加えて、2050年のシミュレーションの主要な結果も紹介しており、健康、地球環境、公正、シミュレーション、転換のための取り組みの5つの章で構成されています。 ・健康の章では、EATが提唱する持続可能で健康な食生活について、2019年版からアップデートされた食品別の推奨摂取量が、栄養学などのエビデンスとともに提言されています(図1)。 ・地球環境の章では、食に注目した地球の限界が新たに定義され、気候変動などの9つの観点が限界を超えているかどうかが、科学的知見をもとに検証されています。 ・公正の章では、最低限保障されるべき食料、労働、健康的環境に関する6つの社会的な要件を定義することで、地球の限界内におさまりつつ公正の要件を満たしている国を検討しています。 ・シミュレーションの章では、食料システムの大転換を2050年にかけて進めた場合の地球環境と経済に与える影響について、健康、地球環境、公正の章に対応する結果が示されています。 ・転換のための取り組みの章では、23のアクションが提示され、それぞれが健康、地球環境、公正にどのように貢献するのかが整理されています。

EATが提唱する持続可能で健康な食生活における食品別の推奨摂取量の図
図1 EATが提唱する持続可能で健康な食生活における食品別の推奨摂取量(1日あたりグラム重量、2025年版)。丸い点が代表的な推奨値を、線の幅は「フレキシブル」な推奨範囲を示す。BMI(Body Mass Index, 体重kg÷身長mの2乗)が22kg/m2で身体活動レベルが活発な人を想定したエネルギー摂取量(1日あたり2400kcal)を前提にしている。全粒穀物の推奨範囲は「エネルギー摂取量の20-50%」という形で別途示されている。その他の詳細については論文1を参照。

論文2は、2050年のシミュレーションの結果について、地球環境や食料価格に与える影響を深く掘り下げて議論しています。論文2の主な結果は以下のとおりです。 ・食料の作り方や食べ方などの食のあり方が過去から現在のトレンドのまま2050年まで推移した場合、2020年比で農業由来の温室効果ガス排出量は約32%、農業用の土地利用面積は約6%増加する(いずれもモデル中央値)。 ・食料システムの大転換を進めることによって、この温室効果ガス排出量増加分の約50%、土地利用面積転換の約20%を回避することができる。 ・気候変動の緩和策は食料価格の上昇につながることが知られているが、食料システムの大転換を気候変動の緩和策に組みわせることで、こうした上昇幅を抑制することができる。 ・要因を分解すると、食生活の転換と気候変動緩和策が環境面の効果をもたらす一方、生産性向上と食品廃棄物削減は価格上昇抑制において重要な役割を果たす。
なお、AIMチームからは、土屋、高橋、藤森、長谷川の4名が論文2に共著者として参加しました。論文1には、AIMチームを代表して土屋が共著者として参加しました。EATのウェブサイトでは、論文1について、画像や動画も交えて内容が紹介されています。 https://eatforum.org/eat-lancet/(外部サイトに接続します)

3. 今後の展望

主要な提言をまとめている論文1の内容については、各国の消費者、企業、政策担当者などに向けた発信を強化するために、日本語を含むさまざまな言語への翻訳が検討されています。
また、今回のモデル比較研究では、世界各地から参加した研究チームから、将来の地球環境と経済に関するシミュレーションにもとづく大規模なデータが提出されました。食料システムに注目した、シミュレーションデータがこれほど大量に集まることはあまりなく、とても貴重な機会となりました。各国の研究チームらは、シミュレーションデータを活用した多様な観点からの分析結果について、今後も継続して発表していく予定です。

4. 注釈

注釈1 地球の限界(プラネタリー・バウンダリー)
今回の論文1の筆頭著者でもあるJohan Rockström氏らが提唱した、地球環境の許容限界の概念。9つの分野に対して定義がなされている。

注釈2 EAT-Lancet Commission
世界の食の専門家の集まりで、本部はノルウェーのオスロにある。2019年に最初の報告書を発表した。現在は、Johan Rockström(ポツダム気候影響研究所), Shakuntala Haraksingh Thilsted(国際農業研究協議グループ), Walter C. Willett(ハーバード公衆衛生大学院)が共同代表をつとめる。

注釈3 AIM
国立環境研究所、京都大学、立命館大学などの共同研究により、開発を進めている大規模シミュレーションモデル群。主に、温室効果ガス削減と気候変動影響の回避を目指した政策検討のために用いられている。今回はモデル群の中でAIM-Hub(世界応用一般均衡モデル)が主に用いられた。

5. 研究助成

本研究は、環境省・(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20241001)および旭硝子財団の支援を受けて実施されました。

6. 発表論文

論文1

【タイトル】
The EAT–Lancet Commission on healthy, sustainable, and just food systems
【著者】
Johan Rockström, Shakuntala Haraksingh Thilsted, Walter C Willett, Line J Gordon, Mario Herrero, Christina C Hicks, Daniel Mason-D’Croz, Nitya Rao, Marco Springmann, Ellen Cecilie Wright, Rina Agustina, Sumati Bajaj, Anne Charlotte Bunge, Bianca Carducci, Costanza Conti, Namukolo Covic, Jessica Fanzo, Nita G Forouhi, Matthew F Gibson, Xiao Gu, Ermias Kebreab, Claire Kremen, Amar Laila, Ramanan Laxminarayan, Theresa M Marteau, Carlos A Monteiro, Anna Norberg, Jemimah Njuki, Thais Diniz Oliveira, Wen-Harn Pan, Juan A Rivera, James P W Robinson, Marina Sundiang, Sofie te Wierik, Detlef P van Vuuren, Sonja Vermeulen, Patrick Webb, Lujain Alqodmani, Ramya Ambikapathi, Anne Barnhill, Isabel Baudish, Felicitas Beier, Damien Beillouin, Arthur H W Beusen, Jannes Breier, Charlotte Chemarin, Maksym Chepeliev, Jennifer Clapp, Wim de Vries, Ignacio Pérez-Domínguez, Natalia Estrada-Carmona, Dieter Gerten, Christopher D Golden, Sarah K Jones, Peter Søgaard Jørgensen, Marta Kozicka, Hermann Lotze-Campen, Federico Maggi, Emma Marzi, Abhijeet Mishra, Fernando Orduna-Cabrera, Alexander Popp, Lena Schulte-Uebbing, Elke Stehfest, Fiona H M Tang, Kazuaki Tsuchiya, Hannah H E Van Zanten, Willem-Jan van Zeist, Xin Zhao, Fabrice DeClerck
【掲載誌】The Lancet
【URL】https://doi.org/10.1016/S0140-6736(25)01201-2(外部サイトに接続します)
【DOI】10.1016/S0140-6736(25)01201-2(外部サイトに接続します)

論文2

【タイトル】
Bundling measures for food systems transformation: a global, multimodel assessment
【著者】
Marina Sundiang, Thais Diniz Oliveira, Daniel Mason-D’Croz, Matthew Gibson, Felicitas Beier, Lauren Benavidez, Benjamin Leon Bodirsky, Astrid Bos, Maksym Chepeliev, David Meng-Chuen Chen, Thijs de Lange, Jonathan Doelman, Shahnila Dunston, Stefan Frank, Shinichiro Fujimori, Tomoko Hasegawa, Petr Havlik, Jordan Hristov, Jonas Jägermeyr, Marta Kozicka, Marijke Kuiper, Page Kyle, Hermann Lotze-Campen, Hermen Luchtenbelt, Abhijeet Mishra, Christoph Müller, Gerald Nelson, Amanda Palazzo, Ignacio Pérez Domínguez, Alexander Popp, Ronald Sands, Marco Springmann, Elke Stehfest, Timothy Sulser, Kiyoshi Takahashi, Gianmaria Tassinari, Ferike Thom, Philip Thornton, Kazuaki Tsuchiya, Willem-Jan van Zeist, Hans van Meijl, Dominique van der Mensbrugghe, Detlef Van Vuuren, Hannah H. E. van Zanten, Isabelle Weindl, Keith Wiebe, Xin Zhao, Mario Herrero
【掲載誌】The Lancet Planetary Health
【URL】https://doi.org/10.1016/j.lanplh.2025.101339(外部サイトに接続します)
【DOI】10.1016/j.lanplh.2025.101339(外部サイトに接続します)

7. 発表者

本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立研究開発法人国立環境研究所
社会システム領域 地球持続性統合評価研究室
 主任研究員 土屋一彬
社会システム領域
 領域長 高橋潔

国立大学法人京都大学
大学院工学研究科
 教授 藤森真一郎

学校法人立命館大学
総合科学技術研究機構
 教授 長谷川知子

8. 問合わせ先

【研究に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 社会システム領域
地球持続性統合評価研究室 主任研究員 土屋一彬

【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
E-mail:kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)

京都大学 広報室国際広報班
E-mail:comms(末尾に”@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp”をつけてください)

立命館大学 総合企画部広報課
E-mail:r-koho(末尾に”@st.ritsumei.ac.jp”をつけてください)

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