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2022年6月30日

脱炭素・持続社会研究プログラム、始動

特集 脱炭素社会に向けて大きく舵を切った世界

増井 利彦

 2021年4月から、脱炭素・持続可能社会研究プログラムが始まり、早くも1年が経過しました。

 2020年10月に菅義偉首相(当時)が「2050年までに日本は脱炭素社会を実現する」と宣言してから、日本においても脱炭素社会の実現に向けた機運が大きく高まりました。2021年10月には新しい地球温暖化対策計画やエネルギー基本計画が閣議決定され、NDC(国が決定する貢献)と呼ばれる2030年の排出削減目標や2050年を対象とした長期戦略も脱炭素社会の実現に向けたものに更新され、国連に提出されました。これまでもより高い排出削減目標が議論されたことはあるのですが、今回は、企業や自治体などの動きが、これまでと大きく異なり、より積極的なのが特徴です。また、国内だけでなく、アジア各国をはじめとした発展途上国の多くも温室効果ガス排出量の実質ゼロを宣言するようになっています。パリ協定と同じ2015年に示されたSDGs(持続可能な開発目標)も大きく影響していると思いますが、今年4月に報告されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)第3作業部会の第6次評価報告書でも、脱炭素社会と持続可能な社会が関連付けて示されています。

 このように、ゴールは広く共有されているのですが、どのように実現するかという道筋は残念ながらまだ明確ではありません。上記のような脱炭素社会の実現という新しい動きに対して、科学的な知見を示すことを目的として、この脱炭素・持続社会研究プログラムは活動しています。また、本プログラムとともに、気候変動・大気質研究プログラム、持続可能地域共創研究プログラム、気候変動適応研究プログラムという4つの気候問題に関するプログラムが気候危機対応研究イニシアティブという枠組みのもとで、相互に連携して脱炭素社会の実現に向けて研究を進めています。

 本プログラムは、地球全体の観点から脱炭素社会の実現やプラネタリー・バウンダリーを明らかにするプロジェクト1、日本やアジアの国を対象に脱炭素社会の実現に向けたロードマップを明らかにするプロジェクト2、世代間衡平性に着目したプロジェクト3、の3つのプロジェクトで構成されています。プロジェクト1と2は、これまで国立環境研究所が中心となって開発してきた統合評価モデルであるAIM(アジア太平洋統合評価モデル)をはじめとしたモデルを活用して定量的な分析を行うのに対して、プロジェクト3では制度構築など定性的な分析を行います。今回の国環研ニュースでは、これらの3つのプロジェクトのうち、地球規模の課題を対象としたプロジェクト1での取り組みや成果を紹介しています。

 従来の「低」炭素社会の実現では、省エネや再エネなど既に実現されている技術や取り組みをいかに普及させるかが鍵でした。これに対して、新たな「脱」炭素社会の実現にはそうした従来の取り組みに加えて、バイオマスと炭素隔離貯留を組み合わせて大気中の炭素の除去を実現するような新しい技術の実現と普及が追加で必要となり、さらにはライフスタイルを含めて我々の社会そのものを脱炭素型に移行させる必要があるなど、大胆な転換が必要です。世界が協調して取り組むべき課題ではありますが、貧富の格差の拡大に代表される社会の分断やロシアによるウクライナへの侵攻、更には新型コロナウィルス感染症の問題など、気候変動以外にも解決すべき問題が数多くあります。日本については、こうした課題に加えて人口減少や少子高齢化などの課題も加わってきます。一人一人ができることは限られていますが、全員が継続して取り組まないと解決できず、そのためには、すべての主体が常に持続可能性や脱炭素を意識して行動することが重要になります。単なる理想論ではなく、具体的にどのように取り組めばいいのかという「自分ごと」として実感できるように、研究成果を皆様に提供していきたいと思います。

(ますい としひこ、社会システム領域 領域長)

執筆者プロフィール:

筆者の増井利彦の写真

研究室の引っ越し作業で、大学時代のゼミでの発表資料が出てきました。現在指導している学生に偉そうなことは言えないと痛感するとともに、30年前の初々しい気持ちを思い出しました。

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