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2023年3月24日

共同研究ロゴマーク
炭化水素産生藻類ボトリオコッカスの「衣」に
ドリルで穴をあけて住み着く共生細菌の発見
—藻類屋外大量培養と藻類ブルーム制御の鍵となる可能性—

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、文部科学省記者クラブ、京都大学 記者クラブ、文部科学記者会、科学記者会同時配付)

2023年3月24日(金)
国立研究開発法人国立環境研究所
国立大学法人筑波大学
国立大学法人京都大学
 

 国立環境研究所 田辺雄彦客員研究員(筑波大学 藻類バイオマス・エネルギーシステム開発研究センター主任研究員(研究当時))らの研究グループは、筑波大学および京都大学との共同研究により、緑藻の一種ボトリオコッカス・ブラウニー※1(Botryococcus braunii)(以下「ボトリオコッカス」という。)の分離株から、ボトリオコッカスの「衣」に相当する細胞外マトリクス(多糖などから構成される細胞外層)にドリル運動で穴をあけて住み着くという、ユニークな運動・生態を示す螺旋(らせん)細菌を発見しました。
 本研究では、この新奇な共生細菌を新種記載するとともに、ゲノム解析、電子顕微鏡観察、培養実験等により、この共生細菌を含む近縁種が、多様な藻類がつくる「藻類ブルーム」に普遍的に存在することを明らかにし、藻類の大量増殖を制御する可能性を示しました。
 本研究の成果は、2023年3月11日(現地時間)付『ISME Communications』で公開されました。
 

1. 研究の背景と目的

 近年、CO2固定技術や高付加価値化学成分、代替タンパク生産のバイオリソースとして、藻類バイオマスが世界の産業界から注目されています。クロレラ、ユーグレナなどの微細藻類種はすでに産業利用されていますが、これらの藻類は大量培養が比較的容易という特性があります。一方、有用化学成分の産生という点で有望であるものの、低コストでの大量培養が困難であることから産業化に至っていないという藻類も数多くあり、ボトリオコッカスもその一つです。ボトリオコッカスはバイオ燃料の材料となる高純度の炭化水素を細胞外に大量に蓄積するという、他の藻類にはない珍しい特性を持っていることから、古くから注目されていました。ボトリオコッカスは分類学的にはクロレラと同じ緑藻というグループに含まれますが、増殖の速度がクロレラの10分の1以下と、とても低いです。増殖速度が低い藻類の培養にはコストがかかるため、今日に至るまでボトリオコッカスのバイオマス燃料は実用化には至っていません。
自然界では、様々な微細藻類が大量増殖した「藻類ブルーム」と呼ばれる現象が頻繁に確認されています。単独では顕微鏡でしか存在を確認することができない微細藻類ですが、藻類ブルームは地球観測衛星からでも見ることができるほど大規模なものになります。淡水の湖沼等で有名な藻類ブルームはラン藻がつくるもので、これは「アオコ」と呼ばれます(図1)。海で有名な藻類ブルームは「赤潮」であり、これは主に渦鞭毛藻や珪藻が原因になっています。アオコや赤潮に比べると稀ではありますが、淡水藻類であるボトリオコッカスの藻類ブルームも熱帯・亜熱帯地方で観察されています。これらの藻類ブルームをつくる藻類は、プール等で人為的に大量発生させることが困難であるという共通の特徴を持っています。自然環境で大量発生する微細藻類を人為的に大量増殖させることができない理由として、自然環境下では微細藻類は様々な微生物と共存し、相互作用をしているという環境の違いがあります。実際に、海の藻類ブルームは、藻類と共生する細菌との相互作用によって発生・減衰を繰り返している、という仮説が提唱され、その証拠となるデータが蓄積されています。一方、淡水の藻類ブルームと細菌の相互作用についての研究例はとても少ない状況でした。今回、海の藻類と同様に、淡水藻類の共生細菌が藻類ブルームをコントロールしているのかという点に着目して研究を行いました。

図1 富栄養化湖沼で出現したアオコ、今回発生した共生細菌は世界中のアオコに普遍的に存在

2. 研究手法

 ボトリオコッカスの藻類ブルームから、増殖性の高いボトリオコッカスの株を分離しました(図2)。その株には、複数の細菌種が共生していることが顕微鏡観察・遺伝子解析によってわかりました。その中から、新種の螺旋状細菌を分離し、ゲノム解析、光学・電子顕微鏡観察、培養試験等を行いました。

図2 今回発見した螺旋状の共生細菌はボトリオコッカスのコロニーを取り巻くように付着

3. 研究結果と考察

 今回の研究から、この螺旋細菌がボトリオコッカスの細胞外マトリクスにドリルのように掘って穴をあけて住み着くことを明らかにしました。今回発見した螺旋細菌に近縁な杆菌(棍棒状の形をした細菌)が報告されていますが、この杆菌は細胞外マトリクス表面に付着するだけで、ドリル運動を行うことができません。ゲノム解析の結果から、螺旋細菌と杆菌は栄養要求性が異なることが示唆されました。螺旋細菌は進化の過程で「ドリル運動」を獲得することによって、杆菌がたどり着けない「藻類の衣の奥深く」というニッチに侵入し、そこで杆菌とは異なる栄養源を得て生活していることが考えられます。また、培養試験および本細菌のゲノム解析の結果から、藻類が螺旋細菌に生育に必須なビタミンを供給していることも示唆されました(図3)。さらに、本種およびその近縁種が、世界中の湖沼で出現した藻類ブルームに普遍的に存在していることを明らかにしました。今回発見した螺旋細菌を含む細菌グループが、湖沼の藻類ブルームの発生・衰退を制御している可能性も考えられます。

図3 ボトリオコッカスと共生細菌の共生メカニズムの仮説

4. 今後の展望

 本研究の成果から、二つの応用上の効果が期待できます。
 一つ目は、炭化水素産生藻類のボトリオコッカスの屋外大量培養へのヒントを得たことです。ボトリオコッカスを今回発見した共生細菌、あるいはその近縁種と共培養することにより、増殖速度を高められる可能性があります。この方法でボトリオコッカスの屋外大量培養に成功すれば、ボトリオコッカスを石油代替燃料生産のバイオリソースとして利用できる道が開けます。藻類と細菌の共生系の利用は、ボトリオコッカスのみならず、他の微細藻類の大量培養にも適用できる可能性があります。
 二つ目は、大量発生する有害藻類の発生制御へのヒントを得たことです。前述のアオコは、悪臭やアオコ毒素の飲料水混入による中毒事故、生態系の破壊を引き起こすなど、環境・公衆衛生問題をもたらすことが知られています。共生細菌の挙動を把握することにより、アオコの発生の予測・制御ができる可能性があります。

5. 注釈

注1) ボトリオコッカス・ブラウニー
淡水緑藻類の一種。長さ数マイクロメートルの卵形の細胞が集まって群体(コロニー)をつくり、細胞およびコロニーの外側に多糖等を分泌して細胞外マトリクスという構造をつくる。ボトリオコッカスは高純度の長鎖炭化水素(C30-C34)を生合成し、細胞外マトリクスの内部に蓄積するという、他の藻類には見られない特性を持つ。

6. 研究助成

本研究の一部は、文科省東北復興次世代エネルギー研究開発プロジェクトによって実施されました。

7. 発表論文

【タイトル】
 Characterization of a bloom-associated alphaproteobacterial lineage,‘ Candidatus Phycosocius’: Insights into freshwater algal-bacterial interactions. 【著者】
 田辺雄彦1,2、山口晴代1、吉田昌樹2、甲斐厚2、岡崎友輔31国立環境研究所、2筑波大学 藻類バイオマス・エネルギーシステム開発研究センター(研究当時)、3京都大学 化学研究所) 【掲載誌】ISME Communications
【URL】https://www.nature.com/articles/s43705-023-00228-6(外部サイトに接続します)
【DOI】10.1038/s43705-023-00228-6(外部サイトに接続します)

8. 問合せ先

【研究に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 生物多様性領域
客員研究員 田辺雄彦

【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)

国立大学法人筑波大学 広報局
kohositu(末尾に”@un.tsukuba.ac.jp”をつけてください)

国立大学法人京都大学 総務部広報課国際広報室
comms(末尾に”@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp”をつけてください)

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