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2022年12月28日

気候変動影響の監視を目指した
湖沼高頻度自動観測の開始

特集 気候変動と生態系、モニタリング研究の今
【研究施設・業務等の紹介】

松崎 慎一郎

 国立環境研究所は、霞ヶ浦において、1976年から現在まで45年以上にわたり定期調査を毎月行っています。私は、2010年から観測メンバーとなり、今年で13年目になりました。このような湖沼の長期観測は、世界的にみてもそう多くはなく、私たちは誇りをもって観測を続けています。長期観測のさらなる進化を目指し、2020年からは、毎月の定期調査に加えて、センサーを用いた自動観測を開始しました。現在、霞ヶ浦の高浜入りの沖合に、様々なセンサー機器を装着したブイ(図1A)を浮かべ、水温、水位、pH、電気伝導度、濁度、溶存酸素濃度、クロロフィル量(植物プランクトン量の指標)、フィコシアニン量(藍藻類量の指標)等の測定項目を、10分に1回という高頻度でデータを自動で取得しています(以下、高頻度自動観測)。通常の定期調査では、船を出して調査するため、強風など悪天候の際は出航できません。一方、ブイによる観測は、雨にも負けず、風にも負けず、雪にも夏の暑さにも負けず、データを取得することができます。取得されたデータは、センサー内にあるメモリーに記録されています。

 高頻度観測を開始した目的は、大きく二つあります。一つは、気候変動影響の監視です。霞ヶ浦では、既に長期的な水温の上昇が観測されていますが、今後、急激な水温上昇によって、アオコ(藍藻類が異常増殖し水面を覆い尽くした状態)や貧酸素水塊(底層の溶存酸素濃度が著しく低下した状態で一般に溶存酸素濃度が2mg/L以下)が頻発することが懸念されます。アオコの出現は、異臭や浄水場の濾過障害を引き起こすことに加えて、いくつかの藍藻は肝臓毒や神経毒を産出するため、健康被害が懸念されます。貧酸素水塊の出現は、二枚貝等の底生生物や魚類の生存に大きな影響を与える他、底泥からの窒素やリン等の再溶出や硫化水素などの発生を引き起こします。水温の上昇に加えて、豪雨や大規模洪水により流域(おもに畑地)から窒素やリン等の栄養塩が大量に流入することで、湖沼の水質や生態系に大きな影響をもたらす可能性があります。長期的な気候の変化や極端な気象イベントの影響を、高頻度自動観測によって詳細に明らかにしたいと考えています。もう一つの目的は、かなり挑戦的ですが、突発的で急激な湖沼生態系の変化の予兆を事前にとらえることです。最近の海外の研究から、こうした急激な変化が起こる直前に、高頻度自動観測データから算出された統計値(標準偏差や自己相関係数等)が特異的な値を示すことが報告されています。アオコや貧酸素水塊が出現する前に注意報を出すことができれば、水遊びや釣りなどのレクリエーションの計画を変更したり、飲料水用の取水を事前に停止したり、さらには養殖の被害を最小限にとどめたりすることができるかもしれません。

 今回、実際に霞ヶ浦で観測された高頻度自動観測データの一部を紹介したいと思います。図1Bに高頻度自動観測(10分間隔)と定期調査(毎月)から得られた、夏における底層の溶存酸素濃度の変化を示しました。高頻度自動観測の結果、8月~9月の間、底層では貧酸素水塊が複数回生じていたことが分かります(図1B)。浅い湖沼である霞ヶ浦では、夏の間、貧酸素水塊の出現と消失が、比較的短い時間の間で繰り返し起こっていると考えられます。ここで重要なことは、定期調査の結果だけを見ると、その観測日・観測時間には底層で貧酸素水塊は発生していないことがわかります。つまり、ひと月の間に、底層の溶存酸素濃度はダイナミックに変動していることが高頻度自動観測から明らかになったことになります。なぜ、このようにダイナミックな変動が生じ、どのような要因で、タイミングで貧酸素水塊が底層に発生しているのか今解き明かそうとしています。

図1(A)霞ヶ浦に設置している観測ブイシステムの一部。(B)高頻度自動観測データの一例。
図1(A)霞ヶ浦に設置している観測ブイシステムの一部。(B)高頻度自動観測データの一例。
(A)霞ヶ浦に設置している観測ブイシステムの一部。これは表層水を観測するブイで、黄色のウキ下にセンサー類を装着しています。筆者(青い漁師カッパ姿)と研究を行っている高津文人さん、篠原隆一郎さん、渡邊未来さん、中川惠さん、(株)ゼニライトブイの吉田基さんと田辺英司さん、(株)ラクスマリーナの佐藤敏郎船長とともに。
(B)高頻度自動観測データの一例。2020年7月30日~9月30日までの2カ月間における10分間隔の底層溶存酸素濃度の変化(濃青線)。赤い破線は、毎月行っている定期調査の日時を示しており、その時の溶存酸素濃度を赤丸で示しています。

 今回、実際に霞ヶ浦で観測された高頻度自動観測データの一部を紹介したいと思います。図1Bに高頻度自動観測(10分間隔)と定期調査(毎月)から得られた、夏における底層の溶存酸素濃度の変化を示しました。高頻度自動観測の結果、8月~9月の間、底層では貧酸素水塊が複数回生じていたことが分かります(図1B)。浅い湖沼である霞ヶ浦では、夏の間、貧酸素水塊の出現と消失が、比較的短い時間の間で繰り返し起こっていると考えられます。ここで重要なことは、定期調査の結果だけを見ると、その観測日・観測時間には底層で貧酸素水塊は発生していないことがわかります。つまり、ひと月の間に、底層の溶存酸素濃度はダイナミックに変動していることが高頻度自動観測から明らかになったことになります。なぜ、このようにダイナミックな変動が生じ、どのような要因で、タイミングで貧酸素水塊が底層に発生しているのか今解き明かそうとしています。

 メリットが多いように思われるセンサーを用いた高頻度自動観測ですが、やはりデメリットや課題もあります。センサーは、電池交換やクリーニングなど定期的なメンテナンス(これが結構大変です)が必要ですし、機械的なトラブルも生じえます。センサーを用いた高頻度自動観測では上述したような一部の測定項目に限られており、プランクトンや魚類など生物の個体数変動を自動で観測することができません。また、ブイを設置した場所のみの情報しか得られないため、データが湖沼の環境を代表しているか注意が必要です。気候変動に伴う湖沼生態系の変化をとらえるためには、毎月の定期調査と高頻度自動観測の相補的な観測体制がとても重要だと考えています。

 最後になりましたが、私たちは、世界中の湖沼で取得された高頻度自動観測データの収集・比較・統合解析を行う国際湖沼観測ネットワーク(Global Lake Ecological Observatory Network, GLEON)にも参加しています。地道な観測を継続し、国際的なネットワークともしっかり連携しながら、気候変動というグローバルな環境問題解決に向けて、科学的にエビデンスを提供したいと考えています。

(まつざき しんいちろう、生物多様性領域 生態系機能評価研究室 室長)

執筆者プロフィール:

筆者松崎慎一郎の写真

コロナ禍では、コミュニケーション不足になりがちです。霞ヶ浦ブイチームは、1~1.5ヶ月に1回ブイのメンテナンスを行いますので、調査船のキャビンやデッキが大切なコミュニケーションの場となっています。研究の話はもちろんですが、くだらない話もいっぱいして楽しんでいます。メンテナンス作業は結構大変ですが、取得した高頻度データはチームの宝です!

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