ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方
2023年6月22日

共同研究のロゴ
オスの性染色体だけでバイセクシュアル種へ進化する
:緑藻ボルボックスの非モデル種の全ゲノム解析で解明

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、三島記者クラブ同時配付)

2023年6月22日(木)
国立環境研究所
日本女子大学
カラシーン大学
コンケン大学
国立遺伝学研究所
東京大学大学院理学系研究科
 

 ボルボックス(Volvox)は 緑の宝石に例えられる美しい緑藻類です。ボルボックスには卵と精子を形成するメスとオスの性(sex)があり、また、異なる遺伝子型でメスとオスが決まる「雌雄異株種」と、同じ遺伝子型の一個の培養株の中で卵と精子を形成する両性型の「バイセクシュアル種」が存在します。ボルボックスの仲間では雌雄異株種からバイセクシュアル種への進化が多く認められ、「生物多様性を生み出す性の多様性」という点で重要です。
 今回、日本女子大学の山本荷葉子学術研究員(兼学振特別研究員)ら及び国立環境研究所の松﨑令高度技能専門員らは、国立遺伝学研究所、東京大学、コンケン大学、カラシーン大学の研究者との共同研究により、バイセクシュアル種への進化を探るためにタイ国産 株のボルボックス・アフリカヌスの全ゲノム解析に取り組みました。これまでボルボックスでは、雌雄が遺伝的に異なる雌雄異株種からバイセクシュアル種に進化するためには、メスの性染色体にオス特異的遺伝子が取り込まれることが必要と考えられており、性染色体は雌雄で異なっていて、各々メスまたはオスに特異的な遺伝子を保有するものと解釈されていました。 しかし、タイ国産株のバイセクシュアル種では、メスの性染色体に相当する部分が全て欠落している一方で、オスの性染色体に相当する部分がほとんどそのまま残存していました。このことは、性染色体にはメスとオスを区別する以外の未解明の機能が存在することを示唆し、今後の研究が期待されます。

1. 研究の背景と目的

ボルボックス(Volvox)は、淡水に生息する古くから知られている緑藻類です。直径0.2〜2mmの球状多細胞生物で、球体の表面に2本の鞭毛を有する500以上の細胞が配列し、この鞭毛の運動により遊泳します。また、メスとオスの性(sex)があり、最近は有性生殖の進化の研究に用いられています。有性生殖にはボルボックスの種によって4つのタイプがあり、多くの種は雌雄が別々で、卵を形成するメスと精子を形成するオスが異なる遺伝子型をもつ雌雄異株種(ヘテロタリック種、図1)ですが、雌雄の配偶子(卵と精子)が一つの株の中で作られて自家受精するバイセクシュアル種(両性型種、ホモタリック種、図1)が存在します。

図1の画像
図1. 緑藻ボルボックスにおける有性生殖の4タイプ

ボルボックスの種類によっては雌雄異株種とバイセクシュアル種が非常に近縁なものがあり、それらは雌雄異株種からバイセクシュアル種への進化を探る材料として適していると考えられています。近年 、琵琶湖産株のバイセクシュアル種ボルボックス・アフリカヌス(Volvox africanus)と近縁な雌雄異株種ボルボックス・レティキュリフェルス(Volvox reticuliferus)の全ゲノムが比較解析されました。その結果、バイセクシュアル種には雌雄異株の祖先種の巨大な(約100万塩基対)メス性染色体がそのまま残存しているのに対し、オスの性染色体は瓦解 し、オスに特異的で重要な遺伝子 ”OTOKOGI” 等がばらばらに残存していることが明らかになりました(Yamamoto et al. 2021, PNAS)。したがって、メスとオスの配偶子を同時に作るバイセクシュアル種は、祖先種のメスが重要なオス遺伝子を取り込んで進化した可能性が示唆されました。しかし、バイセクシュアル種であるボルボックス・アフリカヌスには、作られる有性群体の種類によって3つの異なる性表現型があり(図1) 、琵琶湖産株はそのひとつにすぎません(図1)。そのため、他の2つの性表現型の全ゲノムを解析する研究が望まれていました。
今回我々はタイ王国のコンケン大学及びカラシーン大学との国際共同研究で、タイ国産株のボルボックス・アフリカヌスの全ゲノム解読 を実施しました。この株の有性生殖は琵琶湖産株と同様にバイセクシュアルです。しかし、タイ国産株と琵琶湖産株では性表現型が異なり、琵琶湖産株では一つの培養株の中で両性型とオスの有性群体が誘導 されるのに対して(図1)、タイ国産株はメスとオスの有性群体がそれぞれ一つの培養株の中で誘導されます(図1, 2) 。

図2の画像
図2. タイ国産バイセクシュアル種ボルボックス・アフリカヌス(Volvox africanus)の
生活環(図1左下)の顕微鏡写真。Nozaki et al. (2022, Bot. Res.) から転載

2. 研究結果と考察

日本女子大学の山本荷葉子学術研究員(兼学振特別研究員)らは、国立環境研究所の松﨑令高度技能専門員ら、国立遺伝学研究所の豊田敦特任教授らと東京大学及びタイ王国のコンケン大学とカラシーン大学の研究者との共同研究により、タイ国産株のボルボックス・アフリカヌスの全ゲノム解析に取り組みました。次世代シーケンサーを用いた全ゲノム解読 と比較解析を実施し、タイ国産株のボルボックス・アフリカヌスにおける性染色体の全貌を明らかにしました(図3,4)。

図3の画像
図3. 全ゲノム解析による雌雄異株種の性染色体の性決定領域(SDR)
およびバイセクシュアル種の性決定類似領域(SDLR)の探索

雌雄異株種ボルボックス・レティキュリフェルスの性染色体上のメスとオスで配列の異なる性決定領域(SDR)は約100万塩基対と非常に大きく、オスのSDRには “OTOKOGI” 等のオス特異的遺伝子が3個、メスのSDRにはメス特異的遺伝子が3個位置していることがわかっていました(図4)。タイ国産株のバイセクシュアル種ボルボックス・アフリカヌスでも、オスのSDR に類似した約100万塩基対の性決定類似領域(SDLR)が1個保持されており、系統解析から雌雄異株種のオスのSDRに由来することが明らかになりました。一方、メスのSDRに由来すると考えられるゲノム配列やFUS1等メスの特性に重要な遺伝子は欠損していました(図4) 。
琵琶湖産株のボルボックス・アフリカヌスを用いたこれまでの研究から、雌雄が遺伝的に異なる雌雄異株種からバイセクシュアル種への進化は、メスの性染色体全域と”OTOKOGI” 等のオス特異的遺伝子が必要と考えられていました(Yamamoto et al. 2021)。しかしながら、 今回タイ国産株のボルボックス・アフリカヌスのゲノム配列からは、メスの性染色体に相当する部分が全て欠落している一方で、オスの性染色体に相当する領域がほとんどそのまま残存していました(図5)。このことは、メス特異的遺伝子をもつメスの性染色体がなくてもオスの性染色体があれば両性型の有性生殖、すなわち、メスとオスの配偶子の形成と受精が可能であるということを示唆しています。

図4の画像
図4. 全ゲノム解析で明らかになった雌雄異株種ボルボックス・レティキュリフェルス(Volvox reticuliferus)のメス・オスの性染色体の性決定領域(SDR)およびバイセクシュアル種ボルボックス・アフリカヌス(V. africanus)の性決定類似領域(SDLR)。本研究成果による。
図5の画像
図5. 全ゲノム解析で明らかになったバイセクシュアル種ボルボックス・アフリカヌス(Volvox africanus)の巨大な性決定類似領域(SDLR)の進化。タイ産のバイセクシュアル株は祖先種のオス由来の性決定領域(SDR)だけを引き継ぐが、メスとオスの配偶子を形成し、受精する。
本研究成果による。5MYA=500万年前。

遺伝子導入実験が可能なモデル種である別の雌雄異株種のボルボックス・カルテリ(Volvox carteri)でも、巨大な(約100万塩基対)SDRをもつメス性染色体とオス性染色体が存在し、7,500万年前のボルボックス・レティキュリフェルスの共通祖先から維持されていることが示唆されていました(Yamamoto et al. 2021)。今回の結果は、バイセクシュアル種へ進化しても、メス・オスに関わらず性染色体の中のこのような巨大なゲノム領域(SDR)がSDRに類似するSDLRとして維持されることを意味します(図5)。また、雌雄異株種のボルボックス・カルテリのオス株の遺伝子導入実験では “OTOKOGI” の発現を弱く抑制するとメスとオスの配偶子が同時に作られ、受精すると報告されており(Geng et al. 2014, PLoS Biol.)、オス由来の性染色体だけでバイセクシュアル種が成り立つという今回の結果と一致します。
今回ゲノム解析を行ったタイ国産株のボルボックス・アフリカヌスの培養株は国立環境研究所の微生物系統保存施設のホームページ(https://mcc.nies.go.jp/)を通じて、公開される予定です。また、解析したゲノム情報についても遺伝学研究所が保有するデータバンク(DDBJ; International Nucleotide Sequence Database)を通じて公開されています。

3. 今後の展望

従来、染色体はメスの特性を決めるメス特異的遺伝子とオスの特性を決めるオス特異的遺伝子を別々に保有するものと解釈されていました。しかし、バイセクシュアル種に進化しても祖先の雌雄異株種のオスの性染色体だけが保持されていたという今回の結果は、基本的にはオスの性染色体だけあればメスとオスの機能が成り立つことを意味します。また、バイセクシュアル種では、対立する雌雄の染色体が存在しないにも関わらず、雌雄異株種の性染色体の中の巨大なゲノム領域(SDR)が維持されていることは、性染色体にはメスとオスの特徴を区別する以外の未解明の機能が存在することを示唆しています。この巨大なゲノム領域であるSDRまたはSDLRが生物学的にどのような意味をもつかを明らかにする今後の研究が期待されます。

4. 論文発表

【タイトル】Expanded male sex-determining region conserved during the evolution of homothallism in the green alga Volvox 【著者】山本荷葉子1,松﨑令2,Wuttipong Mahakham3,Wirawan Heman4,関本弘之1,河地正伸2,水口洋平5,豊田敦5,野崎久義2,6,   所属:1.日本女子大学,2.国立環境研究所,3.カラシーン大学,4.コンケン大学,5. 国立遺伝学研究所,6.東京大学大学院理学系研究科 【掲載誌】iScience
【URL】https://doi.org/10.1016/j.isci.2023.106893(外部サイトに接続します)
【DOI】10.1016/j.isci.2023.106893(外部サイトに接続します)

5. 問合せ先

【研究に関する問合せ】
 国立研究開発法人国立環境研究所 生物多様性領域
 客員研究員 野崎久義

【報道に関する問合せ】
 国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
 kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)

 ⽇本⼥⼦⼤学 法人企画部 広報課
 n-pr(末尾に”@atlas.jwu.ac.jp”をつけてください)

 国立遺伝学研究所 リサーチ・アドミニストレーター室 広報チーム
 prkoho(末尾に”@nig.ac.jp”をつけてください)

 東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室
 media.s(末尾に”@gs.mail.u-tokyo.ac.jp”をつけてください)

関連新着情報

関連記事

表示する記事はありません

関連研究者