環境低負荷型・資源循環型の水環境改善システムに関する調査研究(特別研究)
平成12〜13年度
国立環境研究所特別研究報告 SR-45-2002
1.はじめに
我が国の河川や湖沼は、古来より重要な水資源として利用されており、健全な水環境が維持されてきた。しかしながら近年にいたっては、様々な経済活動の活性化によって、特に閉鎖性水域において窒素・リンの栄養塩類の流入の増加およびその蓄積により、植物プランクトンが異常発生するなど、いわゆる富栄養化現象が著しくなり、内部生産による有機汚濁の再生産はもとよりミクロキィスチンに代表される毒性物質の生産が生じる等の多種多様な障害が発生する様になっている。本研究では、このような水環境を修復するための要素技術として、生物工学および生態工学を活用した低負荷型の浄化技術に着目し、かつ「環境低負荷」の視点からこれらの技術を解析するとともに、霞ケ浦およびその流域を具体的な事例として、資源循環を含む適正な環境整備のための社会システムのあり方についての予測評価検討を行ったものである。
2.研究の概要
(1)環境低負荷型・資源循環型の水環境改善システムに関する調査研究の論点
WHO(世界保健機関)は飲料水質ガイドラインとしてアオコが産生するミクロキィスチンのような新たな有毒物質の基準を提示している。このような水環境の新たな汚染物質の問題を例示し、対策の危急性について論じた。アオコの集積する霞ケ浦の湖岸では、WHO基準(1μg・l-1)の約2,000倍高い毒性を示していること、また生活系排水のCODを指標とした汚濁の強度は、有機物のみの除去では処理水であっても窒素・リンによる内部生産により原水の2.7倍まで増大することから、窒素・リンの抜本的な除去対策が必要不可欠であること、また導入すべき対策技術の基本が生物工学としてのバイオエンジニアリング、生態工学としてのエコエンジニアリングであることを踏まえ、高度処理浄化槽、水生植物や土壌および土壌微生物等のバイオ・エコエンジニアリングを活用した環境低負荷型・資源循環型の浄化技術および河川・湖沼の直接浄化技術が有効であることを論じるとともに、発生汚泥等の資源循環化システムの検証の必要性を示した。
(2)霞ケ浦流域の水循環モデル
霞ケ浦流域について1kmメッシュの土地利用区分に対応する水循環モデル(基本構造はタンクモデル)を後述する政策効果予測のために構築した。霞ケ浦流域は農地系の土地利用シェアーが高いことから、モデルの特徴として水田における維持湛水深とため池等の雨水貯留機能等の地表面や水面での雨水流出機構を設定し地域性を考慮して解析・評価した。
(3)霞ケ浦流域の物質循環モデル
霞ケ浦の具体流域を事例として、特に土地利用別の物質循環構造を水質タンクモデルを基本構造としてモデル化し、土地利用の変化および降雨特性の変化に対する流域河川の流出特性と地下水系へ汚濁物質の蓄積影響を1kmメッシュで予測するモデルを作成した。
(4)有害化学物質の流出モデルの検討
人や野生生物への影響の視点に立って資源循環型の汚濁負荷対策効果を評価するため、大気・水・土壌・底泥・魚類中の有害化学物質の挙動を予測するモデルを用いた霞ヶ浦のダイオキシン類および農薬類の安全性の予測評価手法の検討を行った。霞ケ浦流域のダイオキシン発生量は70g・年-1と推算され、流域土壌に99.2%が蓄積すること、および、霞ケ浦のコイの魚体中のTCDDの実測6pg・g-1に対し、同程度との予測結果が得られた。政策評価の予測手法として、霞ケ浦流域規模で一定の発生負荷のもとで得られる定常状態を表すモデルでも有害化学物質の予測評価に有効と判断された。
(5)流域物質循環特性と資源循環化の検討
流域の農地系では、肥料の投入により植物生産が行われると同時に畜産が行われ、生産の結果としての畜産廃棄物や稲ワラ等は一部堆肥化により農地還元され、農産物として回収されるという資源の循環が行われている。しかしながら一方では地下水や河川水を通じて環境に排出される負荷も大きく、資源の投入と循環の適正化が重要課題である。霞ヶ浦流域の汚濁制御項目として重要な窒素を例として示すと下記のような結果を得た。 (1)農地系では、化学肥料の投入量と畜産系からの有機性肥料の循環投入量が各々24t・日-1、計48t・日-1が投入されている。 (2)畜産系の発生負荷量は約40t・日-1で、有機資源としての循環利用率は、24/40=60%となっている。したがって残り40%の発生負荷は何らかの形で環境への負荷となり流域内に抑留されている。この負荷量相当分を資源循環系へ廻すことによって、畜産系負荷量の流出を大幅に削減することが可能となる。 (3)生活系の負荷は、流域全体で約11t・日-1であり、水処理系で90%を削減し、発生汚泥は資源として循環系に廻し、上述した畜産系の余剰負荷16t・日-1を加えると27t・日-1となり、ほぼ化学肥料投入量に匹敵することとなる。すなわち、窒素循環からみると、市町村間や流入河川流域間の資源循環のアンバランスを解消する広域資源管理施策等を通して霞ケ浦流域としてゼロエミッションの循環系が構築可能であることを示した。
(6)霞ケ浦流域の物質循環施策効果の予測と評価
窒素およびリンの栄養塩の削減をさらに進めようとする場合、その追加的費用は必要な薬品費や設備費等により大きくなることが予想される。本研究では、流域の窒素、リン等の汚濁負荷削減対策として、分散型の生活雑排水処理施設の拡充整備を当面対策として位置付け、かつ自然を活用した生態工学的手法の代表例として土壌浄化法の適用システムと河川の直接浄化手法の導入を中心として予測評価した。
水環境対策の整備手法については (1)従来の公共下水道整備による方法、 (2)農村集落排水施設による方法、 (3)小規模集合排水処理(または中規模以上の合併浄化槽)による方法、 (4)土壌処理活用型の高度処理の付加、 (5)河川の生態工学的直接浄化 の五つにより、また整備シナリオは、霞ヶ浦流入河川毎の市町村汚濁フレーム密度(例えば未整備生活雑排水人口の密度等)の現況の特徴を踏まえたシナリオ分析により設定した(表1)。予測結果は下記に示すとおりである(図1、図2)。 (1)霞ケ浦流域の流域人口は96万人(平成12年現在)であるのに対し、雑排水未処理人口は約38万人であり、合併浄化槽の設置人口の伸びは年当たり13,000人、未整備人口に対する比率では3.5%程度である。このことから当面実行可能な対策はシナリオ2となるが、霞ヶ浦へ流入する負荷量に対して、CODで6%、窒素で8%、リン11%程度の削減である。 (2)流域に蓄積する負荷がもっとも大きな窒素に関して投資効率をみると、同じシナリオで建設投資額100万円あたりの窒素削減量10kg・年-1から、整備率50%まで拡大すると投資効率は6kg・年-1と効率は低くなる。 この理由は分散型の地域ほど排水収集施設の整備費が増大していくためである。 (3)農村集落排水施設による整備は、整備率の高い段階で、投資効率が高くなる傾向がある。 (4)植生土壌浄化手法との組み合わせ方式での大きな特徴は、COD削減効率は農村集落排水処理との組み合わせで大きな効果を発揮し、投資効率は2倍程度に増加する、リンの削減効率は小規模集合排水処理の組み合わせで大きな効果を発揮し、投資効率は整備の初期段階で高い傾向を示すことから、基本的には、BOD処理技術と窒素、リンの総合的処理技術のシステム化が重要であり、かつ、COD削減を優先するか、リン削減を優先するかによって、組合せる整備手法が異なることになり、政策判断が重要であることが判明した。 (5)河川の直接浄化による整備を実施した場合、CODの浄化対策効果は、河川負荷量に対し、山王川を基準河川として整備率(年平均流量に対する取水率で定義)の20%水準でCOD1,249kg・日-1、窒素472 kg・日-1、リンで37kg・日-1で削減率はそれぞれ7%、6%、10%で、生活系排水対策と同程度の負荷削減が得られる。また投資効率の面では、建設費100万円あたりCODで33kg・年-1、窒素で13 kg・年-1、リンで約1 kg・年-1という結果となり、投資効率がCODで約3倍、窒素は同程度、リンは約2倍高い結果となった(図3)。
(7)流域資源循環効果
霞ヶ浦流域の特徴は市街地区域が点在し、農業生産と畜産の生産が相対的に高い地域であることである。このような地域特性では、有機資源の循環利用が現況においても活発に行われているが、環境負荷とその削減の二面からその適正化方策が望まれるところである。本研究では、その資源循環化の程度とその結果としての環境負荷の削減-レベルを評価するための予測を行った。
有機資源のうち、家畜糞尿については現況で90%近くが農地還元されているものの、農地面積当たりの投入栄養塩量の地区格差が大きく(図4)、OECDの提唱している地下水の硝酸塩濃度からの臨界窒素負荷量100kg・ha-1・年-1より一桁高い過密負荷地区もあり、この地区格差の是正が大きな政策課題となることがわかった。当面目標として、流域平均を茨城県全体平均の145kg・ha-1・年-1として管理することで、削減負荷量は流出率を考慮してもCOD1,930kg・日-1、窒素4,560kg・日-1、リン20 kg・日-1と極めて大きく、重点政策課題であることが明らかとなった(表2)。また生ごみの資源循環の協働化により窒素で発生ベースで2,200 kg・日-1、リンで350 kg・日-1程度の削減が可能であり、特にリンの循環資源化の要素として重要であること、また一日あたり48,000kWhのエネルギー回収が可能であることが明らかとなった。 以上の成果に基づく環境低負荷・資源循環型の環境改善システムのイメージは図5に示すとおりである。
3.今後の課題
霞ヶ浦流域を具体的な対象流域として、環境低負荷型・資源循環型施策の導入効果予測と投資効率の評価解析により地域資源の循環配分施策を水環境改善施策の一環としての評価を試みた。課題としてまず研究目標の達成の面では、当初流域分析モデルを河川流域間や市町村間で行う物流施策の連携策の効果が分析可能なシステムの構築を目指していた。しかしながら、現在入手可能な社会経済指標の統計レベルにおいて、特に資源循環に係る指標の統計レベルにおいて、流入河川の流域単位で分析することが限度であるため、その推計手法の開発が必要である。また費用関数には国土交通省・農水省・環境省共通の通達関数を用いたが、整備の高度化領域では、関数の精度とより詳細な地形条件と排出源の配置が重要となり、この分析を容易にするには100m四方の地域統計等の整備が充分行われる必要がある。また、今後ますます政策評価が重要となるが、短期的および5年間隔程度の中期的な評価に基づく戦略評価と長期的視点での資源循環対策、省エネルギー効果の評価を行っていくにはゴールシーク的手法の開発が必要である。
独立行政法人国立環境研究所
循環型社会形成推進・廃棄物研究センター
バイオエコエンジニアリング研究室
稲森悠平
Tel.0298-50-2400, Fax.0298-50-2560
用語解説
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ミクロキィスチン霞ヶ浦をはじめ多くの富栄養化した湖沼やダム貯水池ではしばしば「アオコ」呼ばれる現象が発生する。このアオコの原因種が植物プランクトンの一種で藍藻類の「ミクロキィスチス」であり、この植物プランクトンが産生する毒性物質の総称が「ミクロキィスチン」である。人や動物に対する毒性は青酸カリよりも強い。当然アオコには、有毒性と無毒性が存在するがミクロキスチンを産生する有毒アオコが国際的にも大きな問題となっている。
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バイオ・エコエンジニアリング微生物を使った排水処理等の生物工学的技術(バイオエンジニアリング)と水生植物群落や土壌と土壌微生物群による生態系そのものを活用した生態工学的(エコエンジニアリング)な技術を組み合わせた融合技術である。
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タンクモデル地上に雨が降ったあとの流出過程は大きく三つあり、地表面を流れていくもの、地中を浸透しながら流出するもの、地下水になるものとある。このような流出のそれぞれの過程を1つのタンクとみなし、それぞれのタンクから流れ出す水の量を表現するため、ある高さの所と底に流出する孔を設け、その高さにより貯留能力の大きさを表し、孔の大きさで流出のし易さを表現したもので、タンクへ雨が溜まる程度に応じて流出量も変化する雨水流出の仕組みを模擬したモデルである。
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マルチメディアモデル環境に放出された汚染物質は、大気や河川・湖沼の水、水田や畑の土壌等の環境の数多く(マルチ)の媒体(メディア)を通じて、微生物体や魚類等の生態や人に影響するが、このように様々な環境媒体中での物質の移動や化学反応等の動態を取り扱うモデルである。
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資源循環容量ある一定の圏域を考えた場合、圏域外の環境への負荷を排出しない範囲で、圏域内で窒素やリン資源が循環利用されうる容量のことである。
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ゼロエミッション資源循環システム等を導入することにより排水や廃棄物の環境への負荷がゼロの状態、すなわち排出負荷量をゼロにすることである。
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シナリオ分析取りうる対応策の色々な場面を想定して、政策としての筋書きや道筋を分析することである。<br />
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植生土壌浄化手法植物成長に伴う窒素やリンの栄養塩類の吸収と土壌鉱物による吸着能力や土壌微生物による分解能力を活用した浄化手法である。
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臨界窒素負荷量OECDは地下水や表面水へ硝酸塩として溶脱してくる危険性が増加するレベルとして100kg・ha-1を提示している。
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ゴールシーク的手法ある制約条件のもとで、ある期間の行動の選択を考え、その間の時間的過程をある評価指標(例えば資源消費量の総計を最小にする)のもとで最適な行動を探索する手法である。