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2022年1月26日

光合成をやめる進化–光合成性から非光合成性へ至る進化の移行過程の藻類を世界で初めて発見

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)

2022年1月24日(月)
国立研究開発法人 国立環境研究所
生物多様性領域 生物多様性資源保全研究推進室
 高度技能専門員 鈴木重勝
 主任研究員   山口晴代
 室長      河地正伸
 

   一部のラン科植物やマラリア原虫など、光合成をやめて独立栄養性から従属栄養性に進化した植物や藻類の存在が知られていますが、光合成性から非光合成性へ至る進化の移行過程は長らく謎とされてきました。
   国立環境研究所生物多様性領域の鈴木重勝高度技能専門員らは、国立環境研究所微生物系統保存施設の藻類培養株を活用し、クリプト藻培養株を網羅的に解析することで、光合成遺伝子群をコードする葉緑体ゲノムとそのDNA配列の一部が変化した葉緑体ゲノムが混在する種を世界で初めて発見しました。通常、藻類の葉緑体ゲノムは同じDNA配列で構成されるものであり、研究グループは、このクリプト藻が光合成を失う進化の移行段階にあるとみて、実在の藻類でその仮説を裏付ける、初めての例と位置付けています。本研究の成果は、令和4年1月26日付で英国から刊行される分子生物学分野の学術専門誌「Molecular Biology and Evolution」に掲載されます。
 

1.研究の背景

 国立環境研究所微生物系統保存施設(MCC-NIES;https://mcc.nies.go.jp/index.html)では、1983年の開設以来、約1,000種、合計3,000株以上の多様な藻類の培養株を収集・保存・提供しており、その種数や保存株数は世界トップクラスを誇ります。これらの培養株は地球環境問題の解決やカーボンニュートラル社会の実現に向けた研究など、国内外の幅広い分野で広く利活用されています。
 藻類は基本的に、光エネルギーを利用して、二酸化炭素を固定し、光合成をすることで有機物と酸素を作り出しています。ヒトは自分自身で有機物を作れませんが、藻類は自身で有機物を作ることができる独立栄養性といった地球上で生き延びるための優れた特性を持っています。しかしながら、現在までに藻類の多くの系統で光合成をやめた種が報告されており、その一部にはマラリア原虫などの寄生性や病原性の種も含まれます。このような光合成をやめた“(かつての)藻類”は、光合成をしない代わりに、吸収栄養などの従属栄養性へとライフスタイルを変化させることで、外から有機物を獲得するようになることが知られています。自分自身で有機物を作る方が外から有機物を獲得するよりもメリットがあると思われているため、 “光合成をやめる進化”をする藻類がいることは、藻類の進化の中で大きな謎の一つです。そこで、本研究では、光合成能力の消失がどのように生じるのかということを解明するため、微生物系統保存施設に保存されている多数の培養株の中から「光合成能力を消失する直前の藻類を網羅的に探す」といったアプローチで研究を行いました。

2.研究手法・成果

 多くの種類がいる藻類の中でも、特にクリプト藻*1には、光合成を行う種と光合成能力を失った種が、近縁種間に存在するという大きな特徴があります。また、一般的に光合成するクリプト藻は、よく似た構造の葉緑体ゲノム*2をもつことが知られています。そこで、微生物系統保存施設に保存されているクリプト藻培養株135株から16株を選抜して、その葉緑体ゲノムを網羅的に解読し、比較解析することで、光合成を行う種でありながら、葉緑体ゲノムの構造が他の種と大きく変化している種を見出すことに成功しました。
 このうちCryptomonas borealisという種は、光のみで培養できるにも関わらず、光なしでも水中の有機物を吸収して増殖する吸収栄養と呼ばれる栄養様式を併せもつことが分かりました。また、光合成をやめた種では光合成を行う種に比べて、葉緑体ゲノムのDNA配列がランダムに変化しやすいという特徴がありますが、本種は光合成をやめた種により近い状態であることも分かりました。以上のことから、本種は光合成を維持しながらも、従属栄養を行うといった光合成能力を消失する直前にある藻類だと考えられました(図1)。

クリプト藻の進化における光合成能力消失を表した図
図1.クリプト藻の進化における光合成能力消失

 続いて、葉緑体ゲノムに注目して、クリプト藻が光合成能力を消失するまでの過程を推定しました(図2)。その結果、Cryptomonas borealisの葉緑体ゲノムでは、現在進行系でグループIIイントロン*3が増加・転移しており、葉緑体ゲノムのコピー間で多型*4が増加していました。一般的に、藻類の細胞内には葉緑体ゲノムのコピーが複数存在しますが、コピー間には多型はほとんど存在せず、同じDNA配列であると考えられています。しかし本種のような光合成能力を消失する直前にある藻類では、グループIIイントロンのような転移性イントロンが葉緑体ゲノムに多数挿入されることによって、1つの細胞内の葉緑体ゲノムのコピー間に多型が生じ、その多型がある状態のまま次世代の娘細胞に受け継がれていることがわかりました。このようなゲノムの構造変化が、葉緑体ゲノムにコードされている光合成関連遺伝子の欠失を引き起こし、光合成能力を失う進化につながると推測されました。

光合成能力消失に伴うクリプト藻の葉緑体ゲノムの進化を表した図

図2.光合成能力消失に伴うクリプト藻の葉緑体ゲノムの進化

3.今後の展望

 本研究では、クリプト藻という藻類の一部の種が光合成能力を消失する直前の段階にあることを世界で初めて発見しました。クリプト藻は、特に低光量の貧栄養水域で重要な一次生産者として機能しており、養殖漁業の餌資源としても利用されています。そのため、本研究で得られたクリプト藻の栄養様式についての知見は、藻類の進化プロセスの理解のみならず、水域の生態系の理解に繋がります。また、本研究の知見をもとに、餌資源として利用されるクリプト藻株の選択、培養条件の最適化を通して養殖魚の品質向上に貢献ができる可能性があります。さらに、寄生性や病原性原生生物には光合成能力を消失したものが多いため、本研究の知見はこれらの生物の進化プロセスの理解にも繋がると考えられます。

4.注釈

*1クリプト藻:淡水から海水まで水域に広く分布する単細胞藻類。光合成種と非光合成種を含み、特に低光量貧栄養水域における主要な一次生産者。

*2葉緑体ゲノム:藻類の細胞には、核ゲノム、ミトコンドリアゲノム、葉緑体ゲノムの3種類が存在する。このうち、葉緑体ゲノムは葉緑体の内部に存在するゲノムで、主に光合成関連遺伝子をコードしている。

*3グループIIイントロン:遺伝子の一部に含まれる転写時に切り出される(スプライシングされる)配列で、ゲノム中の他の場所に新たに挿入されるものが存在する。

*4多型:集団(DNAのコピー)内で異なる配列をもつ状態のこと。ここでは葉緑体ゲノムのコピー間で異なる配列が存在することを意味する。

5.研究助成

 本研究は、文部科学省ナショナルバイオリソースプロジェクト藻類、科研費(19K15904)、発酵研究所一般研究助成(G-2019-1-043)の支援を受けて実施されました。

6.発表論文

【タイトル】
What happened before losses of photosynthesis in cryptophyte algae?
【著者】
Shigekatsu Suzuki, Ryo Matsuzaki, Haruyo Yamaguchi, and Masanobu Kawachi
【雑誌】
Molecular Biology and Evolution
【DOI】
doi:10.1093/molbev/msac001

7.問い合わせ先

【研究に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 生物多様性領域
生物多様性資源保全研究推進室 主任研究員 山口晴代
yamaguchi.haruyo(末尾に@nies.go.jpをつけてください)

【報道に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に@nies.go.jpをつけてください)
029-850-2308

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