20年以上謎の生物、ついに正体が明かされる
—光合成生物進化解明のカギに—
(京都大学記者クラブ、文部科学記者会、科学記者会、筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配布)
概要 海水などからDNAを直接検出することでどのような生物が存在するのかを比較的簡便に知ることができるようになってきましたが、短いDNA断片としてのみ知られていて姿形や生態が未知の生物が海洋には多く存在します。京都大学大学院農学研究科 神川龍馬 准教授、京都大学大学院人間・環境学研究科 宮下英明 教授、国立環境研究所生物多様性資源保全研究推進室 河地正伸 室長、東北大学大学院生命科学研究科 中山卓郎 助教、筑波大学生命環境系 野村真未 特任助教らの研究グループは、20年以上その正体が明かされることなく、また既知分類群に属さない生物由来と考えられてきたDNA配列の「持ち主」の仲間を海水中から培養することに成功しました。DNAや電子顕微鏡を用いた多角的な解析により、本種がこれまでに知られていない光合成生物であり、また世界中に広く分布していることを突き止めました。ラピ藻(Rappephyceae)と名付けられたこの生物の発見は海洋生態系を支える光合成生物の多様性解明につながるとともに、光合成生物の進化史を紐解く鍵となることが期待されます。本成果は、2021年3月27日に英国の国際学術誌「Current Biology」オンライン速報版に掲載されます。 |
1.背景
酸素発生型光合成(以下、光合成)は光のエネルギーを利用して、酸素を発生させると同時に大気中の二酸化炭素を糖に変換するため、温室効果ガスの削減を考える上で非常に重要です。陸上では陸上植物が光合成を行う主要な生物です。一方で、海洋でも陸上に匹敵する規模の光合成が行われていると考えられていますが、植物が主要な陸上とは異なり、多様な生物が光合成を行っています。そのため、地球全体の光合成とそれによる二酸化炭素の大気中からの除去を包括的に理解するには、海洋でどのような生物が光合成を行っているのかを知る必要があります。さらに、海洋光合成生物の中には、我々人間にとって有用な物質生産を行うものも知られており、海洋光合成生物の理解と有効利用により持続可能な社会を構築することにも貢献します。
しかし、海洋光合成生物はそのほとんどが顕微鏡でのみ観察可能なサイズの微生物であり、観察と同定は容易ではありません。また、培養可能な微生物は全体の1%未満とも言われており、その実態は多くがブラックボックスになっています。
そのため、環境DNA解析と呼ばれる、「培養したり観察したりすることなく、海水などから直接DNAを抽出し、調べることで、どのような種類の生物がどのくらい存在するのかを見積もる試み」が行われてきました。太平洋、大西洋、インド洋など海水環境中のDNAを解析することで、海洋全体における全地球的な微生物カタログを作る挑戦が続けられています。その中で、20年以上前に発見された短いDNA断片の中に、既知の生物のいずれにも分類されない謎のDNAがありました。10年前にカナダの大学を中心とした研究グループが本DNA断片について研究を行ったところ、本DNAの「持ち主」は大西洋を中心に分布している可能性があり、また既知の生物のいずれにも分類されない可能性があることが再度報告されました。しかし、その生物を培養することは叶わず、結果的に20年以上もその正体は謎のままでした。
2.研究手法・成果
本研究を進める上で、国内外の研究者と協力し、定期的に行われる海洋調査などの際に現れた光合成生物を地道に観察および単離を行い、また長期間安定的に培養・維持できることを確認してきました。それらのもつ葉緑体ゲノムDNAおよびミトコンドリアゲノムDNAを解読し、系統ゲノミクス解析(*1)を行ったところ、大きく分けて以下の2点が明らかとなりました。
・今回新たに発見された光合成する微生物が謎のDNAの「持ち主」にきわめて近縁であること
・本種はハプト藻類と呼ばれる光合成生物の新規グループであること
つまり、本研究で行ったDNAの解析により、20年来未知であったDNAの「持ち主」がハプト藻類という海洋光合成に大きく寄与する生物群の新規グループに属することが世界で初めて報告されました(図1)。
さらに過去に行われた環境DNA解析データを再解析すると、本種は太平洋、大西洋、インド洋に広く分布しており、その平均存在量がブルーム形成種(*2)に匹敵する可能性があることが分かりました(図2)。
本種がどのような生物であるのかを解明するために、DNAの解析だけではなく、細胞内色素の網羅的な解析や詳細な細胞形態観察を行いました。高速液体クロマトグラフ(*3)による色素解析では、本種から抗酸化物質であるカロテノイド(*4)と呼ばれる色素が複数検出され、そのうちのいくつかはハプト藻類でこれまで知られていないものでした。すなわち、新奇の有用物質を合成している可能性があります。本種がもつ形態的特徴はハプト藻類で知られているいずれのグループにも該当しませんでした。一方で、ハプト藻類の仲間であることを裏付ける特徴的な形態も同時に有していました。このような特徴的なカロテノイド組成や細胞形態は、「本種はハプト藻類の新規グループである」という上述の系統ゲノミクスの結果を裏付けています。本研究では今回発見された新規光合成生物を、謎のDNAの発見者名にちなんでラピ藻(Rappephyceae)と名付け、培養株、DNA情報、色素情報を公開し、ハプト藻類の多様性とその進化史の理解を進めるための基盤を構築しました。
3.波及効果、今後の予定
本研究では、これまでの20年もの間未知であったDNAの「持ち主」が新規のハプト藻類であることを世界で初めて示しました。本種は世界中の海に広く分布し、またその存在量もかなり多いと予想されます。つまり、これまで見過ごされてきた主要な海洋光合成生物の一つが発見されたことで、海洋生態系の理解にまた一歩近づいたことになります。特に本種が属するハプト藻類は海洋に広く分布する光合成生物であり、海洋全体の光合成に大きく寄与している生物です。今回の発見は、海洋生態系を支えるハプト藻類が太古の地球からどのように多様化してきたのか、その進化史を紐解く鍵となります。
また、本種がもつカロテノイドと呼ばれる抗酸化作用をもつ物質の中には、新奇のものと思われるカロテノイドが含まれており、健康につながる製品の開発など将来的な応用が期待されます。現在、有用なカロテノイドと考えられているものの多くが、細胞内でどのように合成されているのか分かっておりません。今後、本種を用いたDNAや生化学的な研究が進んでいくことで、本種がもつ多様なカロテノイドの合成が細胞内でどのように行われているのか解明する手がかりを得られる可能性があります。
4.研究プロジェクトについて
本プロジェクトは、AMEDナショナルバイオリソースプロジェクトおよびJSPS 科学研究費基盤(B) (19H03274、20H03305) の一部を用いて行われました。本研究は、京都大学、国立環境研究所、東北大学、筑波大学およびマレーシア、ニュージーランド、フランス、南アフリカの大学・研究機関との国際共同研究になります。
<用語解説>
*1系統ゲノミクス: 数十から数百の遺伝子やタンパク質の配列情報を用いて生物の系統関係を推定する手法
*2ブルーム形成種: 一時的に水面が色づくほど大量増殖する光合成生物種
*3高速液体クロマトグラフ: 液体に溶解した物質をその特性に応じて分離し検出する方法
*4カロテノイド: イソプレンと呼ばれる5つの炭素からなる単位構造が(多くの場合)8個結合した構造をもち、生物の様々な生理機能と関係する
<研究者のコメント>
本研究で世界に先駆けて謎の微生物の正体を暴くことに成功したことを大変うれしく思います。我々が良く知っていると思いがちな「海」には、正体不明な生物や存在すら知られていない生物がまだまだ存在します。そういう未知の生物や多様性を一つずつ明らかにするという一見「古典的な」研究も面白さと発見が待っているということを知っていただければ幸いです。
<論文タイトルと著者>
<お問い合わせ先>
氏名(ふりがな) 神川龍馬(かみかわりょうま)
所属・職位 京都大学大学院農学研究科・准教授
氏名(ふりがな) 河地正伸(かわちまさのぶ)
所属・職位 国立環境研究所・生物多様性資源保全研究推進室・室長
氏名(ふりがな) 中山卓郎(なかやまたくろう)
所属・職位 東北大学大学院生命科学研究科・助教
氏名(ふりがな) 野村真未(のむらまみ)
所属・職位 筑波大学生命環境系・特任助教
<本種の培養株について>
本種の学名(株番号)は以下の通りで、国立環境研究所微生物系統保存施設 (https://mcc.nies.go.jp/) から入手可能です。
Pavlomulina ranunculiformis (NIES-3900)
<報道に関する問い合わせ>
京都大学総務部広報課国際広報室
TEL: 075-753-5728
E-mail: comms@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp
東北大学大学院生命科学研究科広報室
担当:高橋 さやか
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国立研究開発法人国立環境研究所
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