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2025年12月9日

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水田を利用するサギ類が福島第一原発事故後の避難指示による耕作放棄で減少
—車載カメラ×統計モデルで効率的な生物多様性指標モニタリング—

(環境省記者クラブ、環境記者会、筑波研究学園都市記者会同時配布)

2025年12月9日(火)
国立研究開発法人国立環境研究所

 国立環境研究所の研究チームは、車載カメラでの動画撮影と統計モデルを組み合わせることで、効率的に広範囲にわたって大型動物の個体数を推定する手法を開発しました。その手法を福島第一原発事故後の避難指示区域とその周辺の水田で撮影された動画中のサギ類に適用したところ、避難指示区域内では、水田を利用するサギ類が区域外に比べて顕著に少ないことを示しました。この研究結果は、避難指示による耕作放棄が水田の高次捕食者であるサギ類の分布に大きな負の影響を及ぼしたことを初めて明らかにしました。
 本成果は、原発事故の生物多様性への影響に新たな知見を提供するだけでなく、大型動物の効率的なモニタリング方法を提案することで、生物多様性評価手法の発展へ寄与することが期待されます。
 本研究の成果は、2025年11月20日付でElsevier社から刊行された総合学術誌『Science of The Total Environment』に掲載されました。

1. 研究の背景と目的

東日本大震災後の福島第一原発事故によって、放射線量の高い地域は避難指示区域として人の立ち入りが制限されました。これまでの研究では、放射線そのものによる直接的な野生動物への影響はそれほど大きくないとされています※1。しかし、除染のための土壌の除去や、耕作放棄などによる間接的な影響は無視できません。避難指示区域内の代表的な農地である水田は、日本の生物多様性の豊かさに大きく寄与する重要な環境です。アオサギやダイサギ、チュウサギなどのサギ類は水田に生息する魚類や両生類、昆虫などを採食する高次捕食者※2であり、その存在が生物多様性の高い水田であるかどうかを示す指標種※3としての役割を担います。例えば、農研機構による「鳥類にやさしい水田がわかる生物多様性の調査・評価マニュアル」では、1回の調査でサギ類が3羽以上観察された水田は、生物多様性の観点から評価が高いとされています。サギ類の個体数調査を行うことで、避難指示区域内の水田環境の状況を知ることが可能です。しかし、その全体像を把握するためには、立ち入りが制限された避難指示区域内を含めて広大な範囲の調査を行う必要があり、大きな労力がかかります。  そこで本研究では、車載カメラによる調査と、観測者と発見した生物個体との距離のデータから個体数を推定する統計手法である「距離標本法」を組み合わせることで、避難指示区域内外の水田で採食するサギ類の個体数の推定を行いました。車載カメラは、効率よく広範囲を調査できる一方で個体の見逃しが無視できず、これまで個体数の推定には使われてきませんでしたが、統計手法と効果的に組み合わせることで適用可能であると考えられました。

2. 研究手法

2014年から2016年の3年間、5月上旬から7月上旬にかけて避難指示区域内外を走行する車にビデオカメラを設置し、動画を撮影しました(図1)。映像内で確認されたサギ類について地図上のどこに位置するかを周囲に映る建物や水田の形状などの情報から決定しました。

図1. 車内に設置したビデオカメラ(a)とそのカメラで撮影された動画のキャプチャ画像(b)。赤枠内が水田内で確認されたサギ類(c)。

また、動画からは発見できず見逃してしまった個体がいる可能性があるため、「距離標本法」という統計手法を組み合わせました。これは観察者から遠いところにいる個体ほど見つかる確率が下がることを前提として、発見した個体と観察者の距離の関係から調査範囲全体の個体数を推定する方法です。
 このときに重要になるのが、発見個体の位置の正確さです。従来の「距離標本法」では発見時にその場でレーザー測距機等を用いて観察者と個体の間の正確な距離を計測しますが、本研究ではPC画面に表示されている撮影画像から地図を見ながら目測で個体の位置を決めているため、カメラとサギの距離に大きな誤差が生じている可能性があります。そこで、その誤差を計測するために、本調査とは別にサギ類が生息する水田地域でドローンによる上空からの撮影と、車載カメラからの撮影を同じ個体に対して同時に行いました。正確な位置を確認できる上空からの写真で決定したサギ類の位置と、車載カメラの動画から目測で決定したサギ類の位置との2点間の距離を求め、その誤差を評価するためのデータとして、統計モデル※4に組み込みました。 
 これらの情報に加えて、サギがいた場所が避難指示区域かどうかなどの環境要因も加えたモデルを作成し、調査地域全体のサギ個体数を1kmの解像度で推定し、地図化しました。

3. 研究結果と考察

総走行距離7,031km(避難指示区域内3,675km、区域外3,356km)の道路を走行中に撮影した237時間の動画から56羽のサギ類が確認されましたが、そのすべてが避難指示区域外にいた個体でした(図2)。

図2. 調査範囲の避難指示区域、農地、走行ルート(a)と、画像から確認されたサギ類の位置(b)。

そのため、モデルの値から推定されたサギ類の個体数は、避難指示区域外が1 kmあたり平均4.57羽なのに対して、区域内は0.03羽と顕著に低く推定されました(図3)。

図3. 1 km2区画毎に推定されたサギ類個体数。農地が全く含まれない区画は推定されていない。
図4. 同時期に車載カメラで撮影された避難指示区域内(上)と区域外(下)の水田。区域内の水田は水が張られておらず草本や低木が生えている。

本調査でサギ類が確認された環境は、すべて水が張られた水田でした。一方で、調査時の避難指示区域内の水田はほぼすべてが耕作放棄されており、水が張られていないだけではなく、草本や低木が繁茂している場所も多く、サギ類が採食するには不適な環境となっていました(図4)。避難指示による耕作放棄がサギ類の分布に大きな負の影響を及ぼしたと考えられます。

4. 今後の展望

本研究で開発された車載カメラと統計モデルを組み合わせた手法は、広範囲の大型動物の個体数を推定できる効率的な生物モニタリング技術です。高頻度で調査が可能なため、避難指示解除後の耕作再開に伴う生物多様性の回復過程を継続的に評価するツールとしても有効であると考えられます。また、ドローンによる誤差補正と組み合わせることで、草原や湿地などの位置の誤差が生じやすい環境に生息する種への調査も実現できます。今後、AIによる画像からの生物検出の自動化等と組み合わせることで、全球規模での生物多様性モニタリング体制の構築にも寄与することが期待されます。

5. 注釈

※1 UNSCEAR. (2017) FUKUSHIMA 2017 WHITE PAPER.
※2 食物連鎖の上位に位置し、ほかの生物を捕食する種
※3 特定の環境において、その環境の状態を評価する指標となる種
※4 取得されたデータが説明できるような仕組みや背景を数式で表す方法。そこから全体の傾向や未知の情報を推定する。

6. 研究助成

本研究は科研費(21H03656、24K03133)の支援を受けて実施されました。

7. 発表論文

【タイトル】
Vehicle-mounted cameras reveal negative impact of the Fukushima Daiichi nuclear power plant accident on large-bodied bird abundance via paddy field abandonment
【著者】
Nao Kumada, Keita Fukasawa, Akira Yoshioka, Naoe Tsuda, Hirofumi Ouchi
【掲載誌】Science of The Total Environment
【DOI】10.1016/j.scitotenv.2025.180813(外部サイトに接続します)

8. 発表者

本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立環境研究所
生物多様性領域 生物多様性評価・予測研究室
 高度技能専門員 熊田那央
 主幹研究員 深澤圭太
福島地域協働研究拠点 環境影響評価研究室
 主幹研究員 吉岡明良
 高度技能専門員 大内博文
気候変動適応センター 気候変動適応戦略研究室
 高度技能専門員 津田直会

9. 問合せ先

【研究に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 生物多様性領域
生物多様性評価・予測研究室 高度技能専門員 熊田那央

【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)

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