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2009年10月15日

研究最前線第13回「リモートセンシングを利用した絶滅危惧種の分布マップ作り」

 日本に元来から生息していた生物種のうち、維管束植物(シダと種子植物)の約4分の1、汽水・淡水魚類の約3分の1、哺乳類の約4分の1が絶滅の恐れがあるとされています。このままでは100年後には秋の七草が秋の五草になってしまう可能性があります。

 絶滅危惧生物の保全対策を行うには、まずどんな生き物がどこに生育しているのかを把握することが第一歩となります。野生生物は人間のように役所に住所を届け出てはくれないので、その分布を把握するのは容易ではありません。そこで活用されているのが、気象や地理的条件など、さまざまな情報から対象生物の分布を確率的に推定する「分布推定モデル」です。このモデルは、保護区選定の基盤情報、侵略的外来生物の分布拡大予測、気候変動や土地利用などが生物に与える影響の評価など、さまざまな局面で広く利用されています。今回は、渡瀬遊水地という湿地を調査地とした研究を紹介します。

絶滅の危機にさらされやすい湿地の生物

 水辺環境は護岸工事などの人間による撹乱を受けやすいため、湿地に生育する植物はとくに絶滅リスクが高い傾向があります。首都圏内にある渡良瀬遊水地は、約1,500haのヨシ原をもつ湿地であり、59種もの絶滅危惧植物が生育しています。さて、都会に近い遊水地で、なぜこのように多くの絶滅危惧種が残っているのでしょうか? その理由は、広大な面積と、毎年3月末に遊水地内のヨシ原で行われる有名な「野焼き」にあります。この野焼きによって高く積もった枯れ草(リター)が焼き払われ、春先の日差しが地面まで届くようになるため、さまざまな植物の生育が可能になります。

航空機リモートセンシングによる分布推定

 渡瀬遊水地のように広大な湿地を歩き回って生物の分布マップを作るのは大変ですが、地形図など既存の情報では湿地内の微妙な環境の違いを考慮した分布推定をするには不十分です。このような場合、航空機や衛星からの撮影画像を利用するリモートセンシングが有効です。湿地に生息する草本植物を対象とする場合、数十cm程度の解像度が要求され、かつ、数km四方の範囲をカバーする必要があります。このような条件を満たすのが航空機による撮影です。

 空から植物を撮影する場合、その時期が重要です。渡良瀬遊水地の絶滅危惧植物には、野焼きの直後に一斉に芽吹いて花を咲かせた後、1ヵ月も経つと、草丈が2~4mにもなるヨシやオギの下に隠れてしまうものが多くあります。そこで、野焼き直後で地面が露出している4月上旬(写真左)、早い植物は十分に展葉するがまだヨシやオギなどが茂らない5月上旬(写真中央)、ヨシやオギが最大高に達する8月(写真右)の、計3時期に航空機用デジタルカメラによる撮影を行いました。この複数時期の撮影には別の利点があります。野焼き直後の4月上旬は地表面が露出しているため立体視による地盤高の推定ができます。さらに8月の画像では植物群落の表面の高さから地盤高を差し引くことで、草丈の推定が可能です。

渡良瀬遊水地第3調節地での3時期の航空機撮影画像と、これから推定した地盤高(左の画像の右下)、草丈(右の画像の右下)。白っぽいほど地盤や草丈が高い。

空間的な構造を考慮した分布推定モデル

 生物の分布推定モデルの技術的な進歩は近年目覚ましく、さまざまな問題に対応するデータ解析手法が開発されています。一つのトピックが、近い場所は環境も生育している植物種も似ているという「空間的自己相関」です。なぜ、これが問題になるのでしょうか。噂話を想像してください。近い部署にいる人同士は、同じ出元の噂を耳にすることがよくあり、何人から聞いても噂の信用度はあまり上がりません。同様に、複数の調査地点があっても、近い場所同士のデータは同じ部署内の噂話のようなものなので、そのことを割り引いて評価する必要があります。さもないと、特定の環境要因が植物の分布に与える影響を過大評価や過小評価してしまいます。この割引分を統計学的な方法によって考慮したモデルと、従来モデルの分布推定の結果を比較してみました。トネハナヤスリという絶滅危惧植物を例に挙げてみると、空間自己相関の影響を考慮しないモデル(図中央)と考慮したモデル(図右)の推定図を見比べると、考慮した場合の方で大きく推定精度が改善していることがわかります。

 空間自己相関を考慮した場合、5月に撮影した画像で青みの少ない緑色を表す色成分(春先早くに展葉した植物を示す)が、トネハナヤスリやワタラセツリフネソウという希少種の分布推定に有効であることが明らかになりました。

図:絶滅危惧植物トネハナヤスリについて、実際に調査で確認した分布(左)と、モデルによる分布推定図(中央、右)
実際の調査の白丸(生育が確認された場所)と推定図で灰色~白の場所(モデルで生息確率が高いと推定された場所)が一致していれば、推定がよく合っている。空間自己相関を考慮した場合の予測である右の図の方が、よく合致していることがわかる。

より幅広く役立つリモートセンシングを目指して

 リモートセンシングは、踏査では調査が不可能な広大な範囲で、面的なデータを得られるだけでなく足を踏み入れずに調査が可能であるという利点があります。

 高標高地や寒冷な地域に多い高層湿原は保全上の重要度が高い湿地のタイプの一つです。高層湿原はミズゴケからできた泥炭が長い時間をかけて堆積することによって形成されており、一歩踏み込めば数千年の歴史を踏み潰してしまいます。このような場所では、人が踏み込まなくてすむリモートセンシングの利用価値が非常に高いといえます。しかし、高層湿原を構成する植物は草丈が数十cm程度と小さいため、航空機での20cmという解像度でも不十分です。そこで、ラジコンヘリコプターを用いた高解像度かつ座標精度の高いシステムの検討をしています。これにより、貴重な湿原を破壊することなく見守り続けることができるモニタリング手法を確立できるかもしれません。

雑誌「グローバルネット」(地球・人間環境フォーラム発行)227号(2009年10月号)より引用

目次ページの写真は、渡良瀬遊水池第3調節地の野焼き直後、芽吹きの頃、盛夏の航空機撮影画像

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