2007年公表の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第4次評価報告書において、温暖化を自然科学的な側面から評価する第1作業部会は、気候システムの温暖化には疑う余地がなく、20世紀半ば以降に観測された世界平均気温上昇は、人間活動による温室効果ガス増加による可能性が「かなり高い」と報告し、第3次評価報告書(TAR)の「可能性が高い」より、踏み込んだ表現を用いている。
温暖化による影響・適応・脆弱性の評価を行う第2作業部会は、TAR以降、より多くの観測データセットが蓄積・分析された結果、多くの物理・生物システムにおける変化が人為起源の温暖化と結びついていると結論づけている。
温暖化による影響は、世界のさまざまな場所で顕在化しており、今後、温暖化対策を行わなかった場合の将来への被害は極めて大きなものとなると予想されている。
温暖化影響総合予測プロジェクト
「日本における温暖化の影響は、一体どの程度になるのだろう?」という問いに答えるために、「温暖化影響予測総合プロジェクト(環境省地球環境研究総合推進費プロジェクトS-4「温暖化の危険な水準及び温室効果ガス安定化レベル検討のための温暖化影響の総合的評価に関する研究」)」では、日本における水資源、森林、農業、沿岸域、健康の5分野を対象とした将来影響評価に関する研究を推進している。
本プロジェクトは、分野別の詳細な影響評価を行う五つのグループ、温暖化による経済影響を評価するグループ、温暖化影響の総合的評価と気候安定化レベルを統合的に評価するグループの計七つのグループにより構成されており、2007年度時点において14の研究機関とその44人の研究者が参画している。この研究プロジェクトの目的は、(1)2050年頃までに重点を置きつつ今世紀末までを対象として、日本およびアジア地域の水資源、森林、農業、沿岸域・防災、健康といった主要な分野における温暖化影響についてできるだけ定量的な知見を得ること (2)日本への影響を総合的に把握し、温暖化の程度との関係を示すこと──の2点である。
最新の報告書結果による分野別影響評価
2008年5月29日に報告された『地球温暖化「日本への影響」~最新の科学的知見』(以下、報告書)は、本プロジェクトの前期3年(2005~2007年度)の研究成果を取りまとめたものである。
報告書では、 (1)分野別の定量的評価手法を開発し、日本への影響を予測して、影響の程度と地域分布を示すリスクマップ(全国および地域評価) (2)温暖化の進展と影響量の関係を示す温暖化影響関数を開発し、気候シナリオに沿って温暖化が進行した場合、全国的な影響がどのように拡大するかを検討した総合評価──が示されているが、ここでは分野別影響評価から得られた主な結果を示す。
(A)水資源への影響
温暖化によって豪雨の頻度と強度が増加すると、洪水の被害が拡大し、土砂災害、ダム堆砂が深刻化する。一方、降水量の変化と将来の需要が重なり、九州南部と沖縄などで渇水のリスクが高まることも懸念されている。また、温暖化によって雨が降らない期間が長くなると、水質が濁り水道の浄水費用が増加する可能性がある。積雪水資源の減少は、東北の太平洋側で代かき期の農業用水の不足を招くと予想される。
(B)森林への影響
温暖化に伴う気温の上昇と降雨量の変化によって、日本の森林は大きな打撃を受けると予測されている。ブナ林・チシマザサ・ハイマツ・シラベ(シラビソ)などの分布適域は激減する。例えば、ブナ林の分布適域は、現在に比べて2031~2050年には65%~44%に、2081~2100年には31%~7%に減少すると予測されている。ブナ林の分布に適した地域がほとんどなくなる西日本や本州太平洋側におけるブナ林は脆弱であり、世界遺産に指定されている白神山地も、今世紀の中頃以降ブナに適した地域ではなくなると考えられている。つまり、現在の多くのブナ林が気候的に適さなくなり、他の樹種の林に移り変わっていく可能性があることを予想している。マツ枯れ被害のリスクに関しては、1~2℃の気温上昇でも、現在はまだ被害が及んでいない本州北端まで、危険域が拡大すると予測されている。
(C)農業への影響
コメの平均収量は、田植え時期を現在のままと仮定すると、2046~2065年には、現在(1979~2003年平均)と比べて、北海道と東北ではそれぞれ26%、13%増収すると推計されている。一方、近畿、四国では、5%減収すると推定されている。この傾向は2081~2100年ではより強く現れ、減収地域は中国、九州へ広がると推定されている。また、平均収量が減少する地域とほぼ同じ地域(近畿、四国、中国、九州)では、収量の変動、とりわけ不作年が頻発することも懸念される。これは食料の供給を不安定にし、平均的変化よりも深刻な問題を引き起こすと考えられる。さらに、融雪期の水資源の変化や害虫の影響を考慮すると、より被害が深刻化する可能性もある。
(D)沿岸域への影響
温暖化による海面上昇と高潮の増大で、現在の護岸を考慮しても、浸水面積・人口の被害が増加すると予測される。とくに、瀬戸内海などの閉鎖性海域や三大湾奥部(東京湾、伊勢湾、大阪湾)では、古くに開発された埋立地とその周辺は浸水の危険性が高いことが指摘されている(図)。また、海面上昇は、汽水域が拡大することで河川堤防の強度が低下したり、沿岸部での液状化する危険度のリスクを増大させる可能性がある。
(E)健康への影響
気温、とくに日最高気温の上昇に伴い、熱ストレスによる死亡のリスクや熱中症患者発生数が急激に増加し、とくに高齢者へのリスクが大きくなる。また、気象変化による光化学オキシダントなどの大気汚染の発生が増加する。デング熱・マラリア・日本脳炎などの感染症を媒介する蚊の分布する地域も拡大する。
気温上昇による厳しい影響
分野別影響評価によって、影響量と増加速度は地域ごとに異なり、分野ごとにとくに脆弱な地域があることが明らかとなった。また、影響は多岐に渡り、地域差がある一方、日本全体では厳しい影響となるものがあることがわかった。
また、気候安定化目標・必要な排出削減量・影響およびリスクを同時に分析可能な統合評価モデルの開発に、前述の分野別影響評価結果から得られる知見(影響関数)を統合して、複数分野における影響を統合的に評価した。その結果、日本にも比較的低い気温上昇で厳しい影響が現れることが明らかとなった。
本プロジェクトでは、日本に対する気候変動の将来影響をこれまでになく詳細に明らかにした。温暖化影響は顕在化している分野や地域もあることから、今後生じるであろう温暖化による悪影響に対して、短期・中期的な視点から適応策を講じ、一方で、気候安定化に向かって長期的な視点から大幅削減に向けた緩和策をなし得る社会に、今すぐかじを切らなくてはならない。
目次ページの図は『公開シンポジウム2008』の講演「温暖化影響と気候安定化レベル」資料より
- 研究最前線
- 第16回 日本における洋上風力発電実現に向けて
- 第15回 気候変動枠組条約締約国会合に参加して〜研究機関の役割を考える
- 第14回 生物多様性を育むマングローブ林の現実
- 第13回 リモートセンシングを利用した絶滅危惧種の分布マップ作り
- 第12回 中国の水環境の現状と日本からの技術協力支援
- 第11回 ミジンコを用いたバイオアッセイ
- 第10回 リサイクル法の見直しをめぐって
- 第9回 越境大気汚染〜広域的な光化学オゾン汚染の現状と要因
- 第8回 ライダーネットワークによる黄砂の3次元構造と輸送状態の把握
- 第7回 脱温暖化2050プロジェクト 〜低炭素社会を実現するための方策とは?
- 第6回 国立環境研究所のアウトリーチ活動 〜研究成果をいかに一般市民に伝えるか
- 第5回 地球温暖化をめぐる国際交渉
- 第4回 地球温暖化が日本にもたらす影響〜温暖化影響総合予測プロジェクト
- 第3回 オゾン層回復が気候に与える影響
- 第2回 日本のカエルが危ない?〜カエルツボカビ症の現状
- 第1回 紫外線をとりまく国内外の情勢
- ふしぎを追って
- ココが知りたい地球温暖化
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