さまざまな化学物質の影響を生物の特性を利用して検出する方法としてバイオアッセイという方法があります。今回はミジンコを使ったバイオアッセイに関する研究を紹介します。
ミジンコについて
ミジンコ(D. magna)は、甲殻類の仲間で、世界中の水圏に広く生息している比較的大型の動物性プランクトンです。通常は交尾せずに雌が雌の仔虫(子供)を生んで増えます(単為生殖)が、環境の変化(えさ不足、低温、短日周期、過密繁殖など)によって雄仔虫が発生し、有性生殖を行い、雌はその後休眠卵を産みます(右図)。ただし、自然界での雄の割合は、多くても十数%程度です。実験室でえさや温度を適切に設定すると、雄はほとんど生まれません。休眠卵は低温や乾燥に耐えて数ヵ月~数年間生きることが知られています。ミジンコにとって有利な環境要因(十分な水分と温度)が現れると休眠卵から雌が孵化し、再び単為生殖で爆発的に増殖します。
ミジンコは化学物質に対して感受性が高く、「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)」、「OECD(経済協力開発機構)化学品テストガイドライン」などで定められている生物試験や生態毒性試験の実験生物として用いられます。しかし、これらの試験では、ミジンコが泳げなくなるかどうか、仔虫を生む数が少なくなるかどうかの2点が大きな観察点であり、生まれてきた仔虫の性別については注目されていませんでした。
ミジンコを使った新しい生物試験法
昆虫やエビ・カニなどの甲殻類(節足動物)は、世界中の生物種の90%以上を占めるといわれています。それらに共通に存在する二つの重要なホルモンとして脱皮ホルモン(EcH)と幼若ホルモン(JH)があります。ミジンコはエビやカニと同じ形のホルモンを有しています。EcHが脱皮を司る一方、JHはその脱皮の質を制御することにより、幼虫から蛹、成虫への変態を調節しています。また、昆虫ではJHが羽の長さなどの相変異、社会性昆虫のカースト分化、ミツバチのワーカーの役割分担といった多様な生活史を管理していることがわかっています。
私たちの研究では、ミジンコにJHまたはJHと同等の作用を示す(JH様)農薬を投与すると、雄の仔虫を生むことを明らかにしました。エビ・カニ類本来のホルモンであるメチルファネソエート、昆虫の本来のホルモンであるJH III(幼若ホルモンIII)、JH様農薬として知られているメトプレン、ピリプロキシフェン、フェノキシカルブ、キノプレンを曝露させたところ、仔虫世代においては雄が発生し、濃度が高くなると雄仔虫の比率は増加しました。そして最高濃度では、ほぼ外見上雄仔虫しか発生しないことが確認されました(図)。コントロール区(無曝露区)でのミジンコの雄発生率は0.1%以下であること、化学物質の濃度に依存して発生率が上がること、化学物質の曝露を止めるとまた雌仔虫をつくることなどから、JH様の化学物質が雄発生の引き金になっていることは明らかです。通常では直接繁殖には必要のない雄仔虫が、化学物質の影響で発生し、しかもその雄の割合が100%になってしまうと本来の交尾もできずに生物群としての存続も脅かされる可能性が考えられます。雄の発生が、化学物質の関与によって起きることを明らかにした最初の発見です。これをもとにして、JH様化学物質によるミジンコの雄仔虫発現の確認とその影響を受けやすい時期、それらに関する背景データの集積、JHやJH以外の化学物質に対する世界中から入手したD. magnaクローン数種類の感受性比較およびミジンコの遺伝子情報ライブラリーの作成などを行ってきました。
JHの作用は複雑で生物によって異なるため、今までは特殊な手術を施したカイコを使ってJH作用を検出する方法が使われてきました。ところがこの方法は技術と時間を要し、手軽な手法ではありません。私たちの開発したミジンコの雄仔虫発現によるJH様化学物質の検出方法は、カイコを用いる方法より確実・鋭敏・簡易であり、今後JH様化学物質の影響を検出する上で有利と思われます。OECDに無脊椎動物の内分泌かく乱を明らかにするための新たな試験法としてこの方法を提案しました。OECD加盟国の12ラボの参加による試験を経て、2008年4月にこの試験法が承認され、OECDテストガイドラインに組み込まれました。
JHかく乱メカニズムの全容解明に向けて
雄仔虫の発生に、JHが関与していることはほぼ間違いありませんが、そのメカニズムを解明するためには、JH受容体の解明や関与している遺伝子のスクリーニングなどが必要です。また現在この方法を用いてJH作用を明らかにした化学物質は、害虫や有害昆虫駆除のためにホルモンかく乱を意図して作られた農薬を含む合計10物質しかありません。危惧すべきは日常使われている化学物質の中に、非意図的にJHをかく乱する化学物質が存在するのかどうかの確認です。
またJHは先に述べたように生物ごとにその作用が異なるため、実際の環境中でJH作用を持つ化学物質によって、どの生物に何が起きているのか、起こる可能性があるのかが正確にわかっていません。また甲殻類のもう一方の主要なホルモンであるEcH様化学物質の検出については、昆虫の培養細胞を用いたEcHレセプターバインディング手法が存在していますが、実用化にはまだ時間がかかります。昆虫やエビ・カニなど甲殻類に対する化学物質の影響はまだまだ解明すべきことが残されています。
目次ページの写真は、バイオアッセイに用いられる代表的な水生生物
- 研究最前線
- 第16回 日本における洋上風力発電実現に向けて
- 第15回 気候変動枠組条約締約国会合に参加して〜研究機関の役割を考える
- 第14回 生物多様性を育むマングローブ林の現実
- 第13回 リモートセンシングを利用した絶滅危惧種の分布マップ作り
- 第12回 中国の水環境の現状と日本からの技術協力支援
- 第11回 ミジンコを用いたバイオアッセイ
- 第10回 リサイクル法の見直しをめぐって
- 第9回 越境大気汚染〜広域的な光化学オゾン汚染の現状と要因
- 第8回 ライダーネットワークによる黄砂の3次元構造と輸送状態の把握
- 第7回 脱温暖化2050プロジェクト 〜低炭素社会を実現するための方策とは?
- 第6回 国立環境研究所のアウトリーチ活動 〜研究成果をいかに一般市民に伝えるか
- 第5回 地球温暖化をめぐる国際交渉
- 第4回 地球温暖化が日本にもたらす影響〜温暖化影響総合予測プロジェクト
- 第3回 オゾン層回復が気候に与える影響
- 第2回 日本のカエルが危ない?〜カエルツボカビ症の現状
- 第1回 紫外線をとりまく国内外の情勢
- ふしぎを追って
- ココが知りたい地球温暖化
- CGER eco倶楽部
- 環環kannkann
- リスクと健康のひろば
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