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2022年12月28日

子の行く末に将来を見る:
稚樹母樹差を用いた森林樹木の分布移動評価

特集 気候変動と生態系、モニタリング研究の今
【研究ノート】

小出 大

世界的な生物の分布移動と森林樹木

 全球的に生じている気候変動の影響を受けて、様々な生物で分布の変化が報じられています。これは個々の種にとって快適な気候条件がある程度定まっており、気候条件の変化に応じて快適な場所も移動するために生じていると考えられます。魚類や海藻、サンゴ、昆虫、草、樹木、鳥類、爬虫類、両生類、哺乳類など、様々な生き物で分布変化が実際に観測されていますが、大まかに海域よりも陸域の生物の方が分布移動のスピードが遅く、陸域の中でも動物より植物、植物の中でも草より樹木で分布移動が遅いとされています。分布移動スピードが遅い種群は、気候変動のスピードに取り残されてその種にとって快適な気候条件の場所に留まれなくなる可能性があるため、気候変動に脆弱な種と考えられます。そのため陸上の森林を構成する樹木は、非常に脆弱な種と言えますが、樹木種(森林)の果たす役割は多岐にわたり、重要な生物です。森林は山地の土壌を根で支えて、斜面崩壊を防いでくれますし、大量の雨水を染み込ませてゆっくりと流すため治水効果も高いです。また森林散策によるリラックス効果や、紅葉狩り、山菜採取など、様々な文化的なサービスも提供してくれます。こうした重要な機能を持つ森林の変化をいち早く検出するため、分布移動スピードが遅く検出が難しいながらも、森林樹木のモニタリングは重要となります。

森林樹木種の分布移動モニタリング手法

 これまでどのようにして樹木の分布移動をモニタリングしてきたかというと、主に3つの方法がありました。1つ目は、同じ場所でのモニタリングです。この方法では、決まった場所で、同じ方法、同じ時間間隔で定期的に調査を行い、将来のある時点で起きた変化を検出します。この手法は最も基礎的な手法ですが、変化の検出に時間がかかるのが課題で、特に数百年という人間一人の寿命よりも長い寿命を持つ森林樹木の場合、この課題が顕著になります。2つ目は、過去に調査された場所での追跡調査です。過去に調査された際と同じ場所・方法で追跡調査を現在に行い、その変化を検出するものです。この手法では過去数十年間程度の変化をすぐに検出できるのが長所ですが、過去の方形区データの数・場所が限られる(対象種も限られる)ことが課題です。3つ目は、現在の種の分布と気候値との対応関係を解析して種分布モデルを構築して、将来気候値での分布変化を予測する手法です。この手法では、多くの種で広域的な分布変化が予測可能という長所がある一方、あくまで予測であって想定しきれていない部分も多く、実際に起こる変化であるかは確認が必要な点が課題と言えます。

小さな個体(稚樹)と大きな個体(母樹)の分布のずれ

 こうした既存手法における課題を克服していくために、新しい手法を試す必要があります。特に、予測ではなく現実世界における変化の実測をターゲットにして、既存手法よりも短い調査期間で、広域・多種を対象に観測することが、迅速な適応策の立案に必要です。気候変動と言われると、将来起こる事象のように感じがちですが、過去から現在の間にもすでに気候変動の影響は生じており、既に変化が起きている状況下で迅速な対応が必要な場合もあります。そうした緊急性を要するものを見落とさないためにも、迅速・広域・多種の評価が必要なのです。

 そこで私たちが着目したのは、小さな個体(稚樹)と大きな個体(母樹)における分布域の違い(ずれ)でした。いろいろな樹木種を見た時に、私たちは漠然と、同じ種であれば稚樹と母樹は同じ場所に分布していると考えてしまいがちなのですが、意外なことに詳細に両者の分布を見ていくと、同じ種の中でもサイズ・世代によって分布がずれていることが世界各国で報告されています。これがどうしてずれているのかの理由について、気温による種分布の制限が顕著な地域では温暖化の影響が示唆されており、過去に起きた分布移動の指標になるのではないかと考えられています。つまり、比較的近年に定着した稚樹と、かなり過去(数十〜数百年前)に定着した母樹とでは定着年代に差があり、その過去と現在の間に起きた温暖化などの環境変化の分だけ、両者の分布域がずれているという捉え方ができるのです(図1)。さて、このずれは日本の森林樹木でも起きているのでしょうか?

図1 稚樹と母樹の分布のずれを用いた分布移動評価の概念図
図1 稚樹と母樹の分布のずれを用いた分布移動評価の概念図
温暖な近年に定着した稚樹と、寒冷な過去(数十〜数百年前)に定着してその後大きなサイズまで生長した母樹とでは定着年代に差があり、その間に起きた温暖化などの環境変化の分だけ、同じ種内でも稚樹と母樹の間で分布域がずれている。

全国的な稚樹の寒冷シフト+種間差

 日本全国にわたって2万箇所以上の場所で調査された環境省による植生調査データを用いて、302種における気温分布上の稚樹母樹差を解析した結果、全体に稚樹の分布が母樹の分布よりも涼しい場所にずれている傾向が見られました(図2)。この主な要因として、温暖化の影響が考えられます。全国的に均質な影響を与える温暖化に比べ、降水量や窒素降下物量の変化などの他の環境変化は、強く影響する場所が局所的であるため、これらが主要因であるとするならば、今回得られたような全国的に一方向に偏ったずれ方はしないと考えられます。一方で、稚樹母樹差の大きさや方向性には、機能タイプ(落葉広葉樹や常緑広葉樹など)や場所による違いも見られました。分布の温暖限界(最も暖かい側の分布限界≒分布南限、標高的分布下限)よりも寒冷限界(最も寒い側の分布限界≒分布北限、標高的分布上限)で稚樹母樹差が大きい傾向にあり、これは厳しい気候条件の緩和により発現する寒冷限界の移動よりも、他種との競争関係など複雑な影響を受ける温暖限界の移動の方がパターンが不明瞭になるためと考えられます。また樹木種よりも木性つる植物で稚樹母樹差が大きい傾向にあり、風によって種子を飛ばされやすい性質(翼のある種子や鳥による種子散布、高い結実場所)を持つ木性つる植物の高い分散能力の影響が現れていると考えられます。さらに最も興味深かった点として、常緑広葉樹の温暖限界では全体とは逆に稚樹が母樹よりも温暖側にずれている傾向が見られました。これはより暖かい場所に分布する亜熱帯林の樹種も同じく常緑広葉樹であるため、南方種による生育場所を巡る競争排除の圧力が比較的小さい可能性や、台風撹乱による競争緩和の可能性(安定的な環境では競争排除が強く発揮されるが、台風などどの種にとってもマイナスの影響を与える撹乱が強い場所では競争に強い種の強みが出しきれない)などが理由として考えられました。このように、均質的な温暖化の中でも、種の特徴や置かれた状況の中で種差、地域差が生じてくることを観測できた点は、まさに現場での実測の結果として重要なものと言えます。

図2 日本全国7つの森林樹木の機能タイプごとの稚樹母樹差
図2 日本全国7つの森林樹木の機能タイプごとの稚樹母樹差
各機能タイプの寒冷限界・温暖限界における有意な稚樹母樹差を矢印(上向:稚樹が寒冷側にずれている、下向:稚樹が温暖側にずれている)で、稚樹母樹差が見られなかった場所を横線で表している。

おわりに

 実測による分布移動のパターンは、種分布モデルによって推定される分布移動パターンとは異なる場合も多く、そうした違いを検出して現状のモデルを改善し、より良い気候変動影響の把握・予測・適応を図っていくことが今後必要とされます。そうした丁寧な対応のためにも、地道なモニタリングによるデータの蓄積は重要です。また野外で実際に起こっていることはかなり複雑で、様々な駆動要因(例:ニホンジカによる食害、土地利用改変、地滑り、台風、管理放棄、窒素降下物、二酸化炭素濃度の上昇、地形、地質、土壌、etc.)が同時に影響し合っています。これらを広く眺めて想定し、比較検討した上で、上記のような気候変動影響の検出を私たちは行っています。

(こいで だい、気候変動適応センター 気候変動影響観測研究室 研究員)

執筆者プロフィール:

筆者の小出大の写真

動かない樹木の動きを見るのは楽しいもので、思えば学部生時代からよくずっと続けているなとしみじみ感じてしまいました。最近はwithコロナにようやくなってきたこともあり、こちらも小学生時代からやっていた卓球を再始動しています。

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