
タイムカプセル化事業で保存された培養細胞を用いて
高病原性鳥インフルエンザの抵抗性に関わる遺伝子を特定
—培養細胞を用いた希少種保全への新たなアプローチ—
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、北海道教育記者クラブ、文部科学記者会、科学記者会同時配付)
本研究は、感染実験が困難な希少鳥類に対し保存された培養細胞を用いて感受性を非侵襲的※2に評価するという新たなアプローチを示したものであり、感染リスクを踏まえた希少・絶滅危惧鳥類の保全活動と感染症対策への応用が期待されます。 本研究の成果は、2025年5月29日付でSpringer Nature社が刊行する学術誌『Scientific Reports』に掲載されました。
1. 研究の背景と目的
高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)は、主に鳥類に広く感染するインフルエンザで、ニワトリやアヒルなどの家きんのみならず、世界中の野生鳥類にも深刻な影響を及ぼしてきました。近年ではH5N1高病原性型ウイルスの大流行により、渡り鳥や猛きん類、ツル類など様々な野鳥の大量死が報告されています。特に日本においては、毎年HPAIの発生が確認されており、野生動物の感染と大量死のリスクが高まっています。
一方で、同じ高病原性鳥インフルエンザウイルス(HPAIV)であっても、鳥類種によってその感受性が異なることが知られています。しかし、希少種や絶滅危惧種では、感染実験の困難さなどから詳細な評価が進んでいませんでした。そこで、研究チームは、HPAIVに感染しても死亡例が少ない鳥類では何らかの免疫機能が発達しているのではと考え、国立環境研究所のタイムカプセル化事業で保存されている培養細胞を用いてHPAIVの感受性に関連する遺伝子の探索を行いました。さらに、探索した遺伝子の発現量を指標として用いて国内の希少鳥類でのHPAIVに対する感受性を推定することで、希少種保全の一助となることを目指しました。
2. 研究手法
本研究では、ニワトリや猛きん類、ツル類、コウノトリ、ヤンバルクイナなど11種の鳥類から樹立した初代線維芽細胞※3を用いて、HPAIV(H5N1型 A/chicken/Yamaguchi/7/2004株)による感染実験を実施しました。これらの培養細胞は、国立環境研究所の「タイムカプセル化事業」により凍結保存されていたものです。
各鳥類は、これまでの感染実験や観察の結果から以下の3群に分類しました。
抵抗性群:感染しにくい、または感染してもあまり影響を受けない可能性がある種
ドバト、ナベヅル、マナヅル、タンチョウ
感受性群:感染しやすく、影響を受けやすい可能性がある種
ニワトリ、クマタカ、オオタカ、ハヤブサ、イヌワシ
感受性不明群:データが少なく、どちらか判断できない種
ヤンバルクイナ、コウノトリ
これらの鳥類由来の培養細胞に鳥インフルエンザウイルスを感染させ、感染後6時間および12時間後の遺伝子発現※4をRNA-seq※5を用いて網羅的に解析し、抵抗性群で共通に発現が上昇している抗HPAIV遺伝子を探索しました。加えて、これまでにHPAIV感染報告例が全くない、もしくはほとんどない国内の希少鳥類であるヤンバルクイナとコウノトリの感受性を抗HPAIV遺伝子の発現から推測しました。
3. 研究結果と考察
抵抗性群では、抗ウイルス機能に関連するIFIT5(Interferon Induced Protein With Tetratricopeptide Repeats 5)およびOAS(2'-5'-Oligoadenylate synthetase)遺伝子の発現が共通して顕著に上昇していました。一方で、感受性群では、これらの遺伝子の発現上昇は限定的、または認められませんでした。これらの結果から、IFIT5遺伝子とOAS遺伝子は鳥類がHPAIVに抵抗するための重要な遺伝子であると考えられました。
また、ヤンバルクイナおよびコウノトリにおいては、IFIT5とOAS遺伝子の発現が少なく、HPAIVに対する高感受性が示唆されました。さらにヤンバルクイナにおいては、これまでにウイルス認識に重要なMDA5遺伝子の機能が喪失していることが報告されており、HPAIV感染に対し高いリスクを持つと考えられました。

抵抗性鳥類においてIFIT5遺伝子が鳥インフルエンザウイルス感染後12時間時点で、OAS遺伝子では6、12時間時点で遺伝子の発現量が大きく増加していることがわかる
4. 今後の展望
本研究成果により、希少鳥類種・絶滅危惧種のHPAIV感受性を非侵襲的に評価できる可能性が示されました。細胞保存技術とRNA-seq技術を活用することで、将来的には他の感染症に対するリスク評価や個体の保全管理にも応用が期待されます。
また、ヤンバルクイナ(生息数約1,500~2,000羽)やコウノトリ(約400羽)は、いずれも個体数が回復途上にありますが、今後の個体密度上昇に伴いHPAIVの流行リスクも高まる可能性があり、監視体制の一層の強化が求められます。
5. 注釈
※1 国立環境研究所タイムカプセル化事業の概要
国立環境研究所では、茨城県つくば市の本構において2002年から絶滅危惧種の細胞などを凍結保存する「タイムカプセル化事業」を環境省レッドリストに掲載されている野⽣動物の保全活動の⼀環として⾏っており、現在までに、127種について細胞などを凍結保存しています。この中には、⽇本産トキやオガサワラシジミといった絶滅危惧種も含まれています。
https://www.nies.go.jp/whatsnew/2023/20230622/20230622.html
※2 非侵襲的:動物を傷つけずに実験を行うこと。本研究ではタイムカプセル化事業で保存されている細胞を用いているため、新たに動物を捕獲したり、傷つけたりして採材する必要が無く、アニマルウェルフェアに配慮した手法になっています。
※3 初代線維芽細胞:生体組織から採取され、最初に培養された線維芽細胞のこと。細胞に寿命があり、培養が難しいものの生体組織に近い状態を保っている。
※4 遺伝子発現:遺伝子からタンパク質が作られること。DNAからタンパク質を作る過程で作られるRNAの量を測定することでタンパク質が作られる量を推定する。
※5 RNA-seq:次世代シーケンサーを用いて細胞中のRNAを網羅的に検出する手法。RNA-seqで得られたデータをPCで解析する分野をバイオインフォマティクスと呼び、この二つを組み合わせて解析を行うことが広く行われている。
6. 研究助成
環境研究総合推進費「希少鳥類保全のためのサーベイランスシステムの開発及び鳥インフルエンザ等による希少鳥類の減少リスクの評価並びにその対策に関する研究」 JPMEERF18S20120
7. 発表論文
【タイトル】
Novel host factors associated with resistance to highly pathogenic avian influenza in wild birds inferred from primary cell culture.
【著者】
Nabeshima, K., Asakura, S., Sakoda, Y., Onuma, M.
【掲載誌】Scientific Reports
【URL】https://www.nature.com/articles/s41598-025-01316-4(外部サイトに接続します)
【DOI】10.1038/s41598-025-01316-4 (外部サイトに接続します)
8. 発表者
本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立環境研究所
生物多様性領域 生物多様性資源保全研究推進室
室長 大沼 学
研究員 鍋島 圭
特別研究員 浅倉 真吾(当時(現職:酪農学園大学))
北海道大学
教授 迫田 義博
9. 問合せ先
【研究に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 生物多様性領域
生物多様性資源保全研究推進室
研究員 鍋島 圭
【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)
国立大学法人北海道大学 社会共創部広報課
jp-press(末尾に”@general.hokudai.ac.jp”をつけてください)