
豚熱の発生が引き起こす新たな野生動物管理の課題
—野生動物の感染症がオンライン市場のヒトの行動も変える—
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)
本研究は、2018年に国内で26年ぶりに野生イノシシで豚熱が発生した背景を踏まえ、人の健康に直接影響しない野生動物の感染症発生がオンライン市場における人々の購買行動を変化させることを定量的に示した初めての研究です。この結果は、野生動物の感染症発生により積極的な個体数管理が行われなくなり、野生動物との軋轢がさらに悪化する可能性を示しています。今後は、ワンヘルス(One Health)※2アプローチに基づき、個体数管理と感染症対策を一体的に進めることで、より効果的で持続可能な野生動物管理の実現が期待されます。本研究の成果は、2025年2月4日付でELSEVIER社から刊行された公衆衛生や環境科学分野の学術誌『One Health』に掲載されました。
1. 研究開発の背景と目的
野生動物における感染症は、公衆衛生や農産物の生産に深刻な影響を及ぼします。特に、家畜に広がる感染症は、多大な社会的・経済的損失を引き起こします。日本では2018年に野生イノシシで豚熱が26年ぶりに発生し、飼養豚への感染を防ぐために様々な対策が講じられてきました(図1)。しかし、野生動物の感染症発生が実際に人々の対策行動にどのような影響を与えるかについては明らかになっていませんでした。そこで本研究では、オンライン市場における野生動物管理アイテムの購買データを分析し、豚熱発生前後の人々の購買行動の変化を定量的に評価しました。

2. 研究手法
本研究では、2014年1月から2022年12月の9年間にわたるオンライン市場の購買データを使用しました。対象としたのは「イノシシ」というキーワードを含む捕獲アイテム(くくりわな・箱わな)および防除アイテム(電気柵・防護柵・忌避剤)であり、豚熱発生の前後で購買数が明瞭に異なるかどうかを検証するため、因果推論手法(ベイズ構造時系列モデル)※3を用いて分析しました。
3. 研究結果と考察
豚熱発生前後の対策アイテムの購買傾向から、イノシシでの豚熱発生が人々の対策アイテムの購買行動を変化させる可能性が示されました(図2)。

分析の結果、豚熱発生後に捕獲アイテムの購買数が有意に減少(17%)し、防除アイテムの購買数が有意に増加(73%)することが明らかになりました(図3)。

これは、野生動物の感染症発生により、捕獲による個体数管理の意欲が低下する一方で、防除対策への関心が強まることを示しています。この結果は、野生動物の感染症発生により積極的な個体数管理が行われなくなり、捕獲と防除のバランスが崩れることにより人と野生動物との軋轢が悪化する可能性を示しています。
4. 今後の展望
本研究は、野生動物での感染症発生が人々の行動を変え、その結果、野生動物管理においてさらなる課題を生み出す可能性を示しました。今後の感染症対策や野生動物管理の政策設計には、野生動物のみならず人々の行動も丁寧に理解していくことが求められるでしょう。野生動物との軋轢が深刻となる昨今ですが、目先の対策効果のみにとらわれず、将来を見据えた持続可能な野生動物管理が必要です。今後は消費者のみならず、狩猟者や農業従事者の行動変化やその要因についても研究を行い、様々な関係者との連携を強化することで、ワンヘルス(One Health)アプローチに基づいた効果的な野生動物管理の発展に寄与していきたいと考えます。
5. 注釈
※1 豚熱(CSF: Classical Swine Fever):
豚や野生イノシシが感染するウイルス性の家畜伝染病で、強い伝染力と高い致死率が特徴。人には感染せず、感染豚の肉を食べても人体に影響はない。治療法は無く、家畜伝染病予防法の中で家畜伝染病に指定されている。
※2 ワンヘルス(One Health):
人と動物、それを取り巻く環境(生態系)は、相互に繋がっていると包括的に捉え、人と動物の健康と環境保全に関わる関係者が緊密に連携し、分野横断的な課題の解決に取り組むという考え方。特に、人獣共通感染症対策や薬剤耐性菌対策において、ワンヘルス・アプローチが重要。
https://www.env.go.jp/council/content/i_09/900432706.pdf(環境省資料より抜粋)
※3 ベイズ構造時系列モデル(Bayesian structural time-series model):
特定の出来事や介入が時間とともにどのような影響を与えたかを分析するための因果推論手法の一つ。
6. 研究助成
本研究はJSPS科研費23K20058の支援を受けて実施されました。
7. 発表論文
【タイトル】Disease outbreak in wildlife changes online sales of management items 【著者】Tomohiko Endo, Shinya Uryu, Keita Fukasawa, Jiefeng Kang, Takahiro Kubo 【掲載誌】One Health 【URL】https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2352771425000242#s0040(外部サイトに接続します) 【DOI】https://doi.org/10.1016/j.onehlt.2025.100988(外部サイトに接続します)
8. 発表者
本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立環境研究所
生物多様性領域 生物多様性保全計画研究室
特別研究員 遠藤 友彦
主任研究員 久保 雄広
9. 問合せ先
【研究に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 生物多様性領域
生物多様性保全計画研究室 主任研究員 久保雄広
【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)