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2024年12月17日

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日本国内におけるフタトゲチマダニの遺伝的集団構造:
マダニ媒介性感染症管理のための基盤情報

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)

2024年12月17日(火)
国立研究開発法人国立環境研究所
国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所

 フタトゲチマダニ(図1)は、様々な人獣共通感染症の病原体を媒介する吸血性のダニです。マダニ類の遺伝的変異は病原体の媒介能力に影響することが示唆されており、これらの遺伝的変異を把握することは、感染症リスクを管理する上で重要であると考えられます。本研究では、15県から235個体のフタトゲチマダニを採集し、ミトコンドリアDNAの地理的変異を調査しました。DNAハプロタイプに基づく解析から、日本の集団は両性生殖系統と単為生殖系統の2グループに分化しており、両性生殖系統は西南日本に集中し、単為生殖系統は全国的に広く分布することが示されました。これらの知見は、マダニ媒介性感染症を管理する上で重要な基盤的情報となります。
 本研究の成果は2024年12月17日付でSpringer Science+Business Media社から刊行されるダニ学分野の学術誌『Experimental and Applied Acarology』に掲載されました。

1. 研究の背景と目的

マダニ類は、細菌、原虫、ウイルスなど、極めて多様な病原体を野生動物や家畜、ヒトに媒介する吸血性のダニです。近年、マダニ類が家畜やペット、ヒトと接触する機会が増加し、マダニ類が媒介する人獣共通感染症*1の拡大が起きている可能性が指摘されています。
日本を含む東アジアの温帯域に広く分布するフタトゲチマダニは、多様な中型・大型哺乳類や鳥類を宿主とし、ヒトへの刺咬症例もこれまで数多くの報告があることから、感染症媒介リスクの高い種とされています。近年、感染が拡大している致死率の高いマダニ媒介性感染症“重症熱性血小板減少症候群(SFTS)”も、本種がその病原ウイルスの主要な媒介者の一つであると考えられています。本種は全国に広く分布しますが、SFTSの発症事例は西日本に集中しており、東日本ではほとんど報告されていません。この地理的な差には、フタトゲチマダニの地域集団間における生理・生態的な変異が関係している可能性があり、本種の集団の地理的なまとまり=集団遺伝学的構造を把握することは、感染症リスクを評価して予防対策を行う上での重要な基盤情報となります。そこで、国立環境研究所と森林総合研究所の共同研究グループは、国内15県の野外からフタトゲチマダニを採集し、各個体のミトコンドリアDNA*2の塩基配列に基づいてハプロタイプ*3を決定しました。さらに、それらハプロタイプの地理分布を分析することで、日本におけるフタトゲチマダニの遺伝的集団構造*4の特徴を明らかにしました。

フタトゲチマダニのメスの写真
図1 フタトゲチマダニのメス。

2. 研究結果と考察

採集されたフタトゲチマダニ235個体のミトコンドリアDNAの塩基配列を解析した結果、38のハプロタイプが検出されました。また、塩基配列情報に基づく系統解析の結果、各ハプロタイプは2つのグループに大別されました(図2)。本種には、両性生殖系統と単為生殖系統が存在することが知られており、先行研究のDNAデータと照合した結果、今回見られた2つの遺伝的グループはそれぞれ両性生殖系統(グループA)、および単為生殖系統(グループB)と一致すると考えられました。また、それぞれのグループに属するハプロタイプの地理的分布をみると、両性生殖系統のハプロタイプは西南日本に集中していましたが、単為生殖系統のハプロタイプは全国的に広く分布していました(図3)。朝鮮半島に近い対馬では、両性生殖系統が優占しましたが、北海道と東北地方では両性生殖系統は見つからず、単為生殖系統のみが分布していました。SFTSの発症報告は関東以西に限られ、特に南西部の両性生殖系統が分布する地域に集中していることから、SFTSの感染に両性生殖系統の遺伝的・生理的要因が関与している可能性があります。今後、フタトゲチマダニの両系統間の生態の違いやSFTSウイルス保有率の差などの情報を収集することで、フタトゲチマダニの遺伝的変異とSFTS発生リスクとの関係性を明らかにすることができると期待されます。

各ハプロタイプの系統関係図
図2 各ハプロタイプの系統関係。Hap.はハプロタイプを指す。系統樹はミトコンドリアDNAのcox1領域610塩基対をもとにNJ法(近隣接合法)により作成された。
調査地域ごとの各ハプロタイプの分布図
図3 調査地域ごとの各ハプロタイプの分布。各ハプロタイプを示す色は図2と同一である。長崎県においては本土と対馬のサンプルが分けて表示されている。円の大きさはサンプル数に比例する。

3. 今後の展望

本研究のDNA分析の結果から、フタトゲチマダニは国内に多様なハプロタイプが存在し、生殖系統が異なる2つのグループに分化していることが示されました。これら両グループにおける分化の程度や地理的な分布などから、本種の遺伝的分化のプロセスや分布拡大ルートなど、生物地理学的な仮説も複数想定され、今後、さらに詳細かつ広範に地理的分布と遺伝的変異の関係を分析することで、フタトゲチマダニの分布形成過程を様々な時間スケールで明らかにできると期待されます。また、集団間の遺伝的変異と生理・生態的特徴に関する情報を収集することも、今後の重要な課題と考えられ、これらの遺伝的・生態学的な基礎情報と感染症発生事例を慎重に解析することで、感染症の今後の発生動態の予測や管理に結びつく可能性があります。
本研究グループでは、今回調査したフタトゲチマダニをはじめとして、ダニ媒介性感染症に関与する様々なマダニ類の遺伝的集団構造を明らかにし、マダニ類の地理的変異と感染症リスクに関する理解を深めていくことを目指します。

4. 注釈

*1 人獣共通感染症:人と人以外の脊椎動物の間で自然に移行する病気または感染症
*2 ミトコンドリアDNA:細胞内小器官であるミトコンドリア内に存在するDNA
*3 ハプロタイプ:半数体の遺伝子型
*4 遺伝的集団構造:集団内および集団間の遺伝的変異の量と分布

5. 研究助成

本研究は環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20204005)とJSPS科研費(JP17H00807, JP20H00652, JP22KJ3111)の助成を受けて行われました。

6. 発表論文

【タイトル】
Genetic population structure of the Asian longhorned tick, Haemaphysalis longicornis, in Japan
【著者】
森井清仁1、坂本佳子1、亘悠哉2、飯島勇人2、土井寛大2、森嶋佳織2,3、小峰浩隆2,4、岡部貴美子2、五箇公一11国立環境研究所、2森林総合研究所、3作新学院大学、4山形大学)
【掲載誌】Experimental and Applied Acarology
【URL】https://doi.org/10.1007/s10493-024-00971-y(外部サイトに接続します) URLの反映までに時間がかかる場合があります 【DOI】10.1007/s10493-024-00971-y(外部サイトに接続します) URLの反映までに時間がかかる場合があります

7. 問合せ先

【研究に関する問合せ】
国立環境研究所 生物多様性領域
生態リスク評価・対策研究室 特別研究員 森井清仁

国立環境研究所 生物多様性領域
生態リスク評価・対策研究室 主任研究員 坂本佳子

森林総合研究所 野生動物研究領域
鳥獣生態研究室 主任研究員 土井寛大

【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)

国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所 企画部広報普及科広報係
kouho(末尾に”@ffpri.affrc.go.jp”をつけてください)

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