
カドミウム、水銀、鉛、ヒ素の血中濃度と2型糖尿病リスク
— 日本人勤労者におけるコホート内症例対照研究 —
(厚生労働記者会 厚生日比谷クラブ、筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配布)
発表のポイント
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日本人勤労者を対象にカドミウム、水銀、鉛、ヒ素の血中濃度と2型糖尿病発症との関連を分析した。
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血中水銀濃度が最も高い群では、最も低い群と比べて2型糖尿病を発症するリスクが約2倍高かった。
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カドミウム、鉛、ヒ素については、2型糖尿病との明らかな関連は認められなかった。
発表内容
過去の公害や環境汚染地域の研究が示すとおり、カドミウムや水銀などの重金属(注1)を体内に多量に取り込むことで深刻な健康障害が生じます。環境汚染対策が進んだ現代では、一般住民が高濃度の重金属にばく露(注2)される機会はまれですが、食事や飲料水などを通じて、低濃度ながら重金属にばく露されています。動物実験では、カドミウム、水銀、鉛、ヒ素などへのばく露により、たとえ低濃度であっても糖代謝異常を引き起こすことが報告されており、ヒトにおいても、これらの重金属への低濃度ばく露に伴う2型糖尿病(注3)のリスク増大が懸念されます。
重金属汚染地域ではない住民を対象とした海外の研究において、血液や尿中のカドミウム、鉛、ヒ素の濃度が高いと2型糖尿病リスクが高まることが一致して報告されています。一方、水銀については、関連を認める研究と認めない研究があり、結果に一貫性がありません。重金属と糖尿病に関する疫学研究の大半は欧米で行われたものであり、魚介類(水銀やヒ素の主なばく露源)や米(カドミウムの主なばく露源)(注4)の摂取量が多い日本人を対象とした前向き研究(ばく露の評価後、糖尿病発症を追跡する研究)はありませんでした。
国立健康危機管理研究機構(JIHS)臨床研究センター疫学・予防研究部の伊東葵上級研究員、溝上哲也部長、国立環境研究所エコチル調査コアセンターの山崎新センター長、中山祥嗣次長、日立健康管理センタの中川徹主任医長らの共同研究グループは、2008年度に人間ドックを受診した日本人勤労者を対象に血清疫学調査を実施し、カドミウム、水銀、鉛、ヒ素の血中濃度と2型糖尿病リスクとの関連を調べました。具体的には、調査開始時に糖尿病にかかっていなかった約4,800人を5年間追跡し、その間に2型糖尿病を発症した325人(症例)と、糖尿病を発症しなかった者のうち、年齢、性別、ドック受診時期が症例と同じになるように選定した611人(対照)を比較する方法(コホート内症例対照研究)(注5)で行いました。重金属はICP-MS(注6)で国立環境研究所にて測定し、2型糖尿病の発症は、血糖値、ヘモグロビンA1c、および糖尿病の自己申告に基づいて判定しました。研究対象者を各重金属の濃度が低い群から高い群まで人数が等しくなるように4グループに分け、職業、喫煙、飲酒、身体活動、BMI、高血圧、n-3系多価不飽和脂肪酸、ビタミンDなどの潜在的な交絡要因(注7)の影響をできるだけ取り除いたうえで、各重金属濃度と2型糖尿病リスクとの関連を統計的に分析しました。
その結果、血中水銀濃度が最も高いグループでは、最も低いグループと比べて2型糖尿病を発症するリスクが約2倍高いことが示されました(オッズ比 1.98、95%信頼区間:1.13–3.47;図)(注8)。同様の関連は、魚や海産哺乳類の摂取が多く、水銀ばく露が比較的高いイヌイットを対象とした研究(Jeppesen et al. Environ Res. 2015)からも報告されています。さらに、実験研究では、水銀ばく露により酸化ストレスという細胞にダメージを与える状態が引き起こされ、インスリン(血糖値を下げるホルモン)を分泌する膵(すい)β細胞の機能が低下し、血糖値が上昇することが報告されています(Chen et al. Diabetes. 2006)。
これに対し、カドミウム、鉛、ヒ素については2型糖尿病との関連はみられませんでした。その理由の一つとして、血中濃度がそれほど高くないことが挙げられます。カドミウムや鉛の血中濃度と2型糖尿病との関連が報告されている米国や中国の研究と比べると、本研究集団におけるカドミウムおよび鉛の濃度は概ね2分の1以下でした。農林水産省が実施した調査結果を踏まえると、国産の農産物等に含まれるカドミウムや鉛は近年、安全とされる基準値を下回る水準で推移していると考えられます。ヒ素には、地下水などに含まれる毒性が強い無機ヒ素と、魚介類などに含まれる毒性が比較的弱い有機ヒ素があります。日本人がばく露されるのは主に有機ヒ素であるため、2型糖尿病との関連がみられなかったと考えられます。
日本人は水銀の約9割を魚介類から摂取しています(Watanabe et al. Food Saf. 2022)。一方、魚介類は体をつくる材料となるタンパク質や、血管や脳の健康維持に必要なn-3系多価不飽和脂肪酸、骨の健康に必要なビタミンDを豊富に含んでいます。このため、魚を食べる習慣を保ちつつ、水銀の摂取をできるだけ少なくする工夫が大切です。重金属は食物連鎖(注9)によってプランクトンや小さな魚から大きな魚へと蓄積されるため(生物濃縮)、一般に、大きい魚ほど多くの水銀を含みます。ただし、大型魚が一律に水銀を多く含むわけではありません。魚介類に含まれる水銀に関する資料(注10)を参考にして、水銀濃度が高い魚をよく食べる人であれば、水銀濃度が比較的低い魚(主に小型の魚)に置き換えたりすることも一案です。
なお、血中水銀濃度が食事からの摂取量を直接反映するものではありません。水銀ばく露あるいは魚摂取と2型糖尿病との関連についてさらなる研究が必要です。
本研究成果は、2026年2月にClinical Nutritionに掲載されました。

発表者・研究者等情報
国立健康危機管理研究機構
臨床研究センター 疫学・予防研究部
溝上 哲也(部長)
伊東 葵(研究員)
論文情報
雑誌名:Clinical Nutrition
題 名:Serum mercury, lead, cadmium, and arsenic and incidence of type 2 diabetes among adults: A nested case–control study
著者名:Aoi Ito, Shohei Yamamoto, Miyuki Iwai-Shimada, Yayoi Kobayashi, Tomohiko Isobe, Kenta Iwai, Shoji F. Nakayama, Maki Konishi, Shuichiro Yamamoto, Tohru Nakagawa, Shin Yamazaki, Tetsuya Mizoue
DOI:10.1016/j.clnu.2025.106563
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0261561425003425(外部サイトに接続します)
研究助成
本研究は、一般財団法人労働衛生会館助成金、上原記念生命科学財団助成金、労災疾病臨床研究事業費補助金(140202-01, 150903-01, 170301-01)、JSPS科研費(JP25293146, JP25702006, JP16H05251, JP20H03952, 25K24284)、国際医療研究開発費(28-Shi-1206, 30-Shi-2003, 19A1006, 22A1008, 25A1005)、JH横断的研究推進費(2019-1-1, 2024B05)の助成を受けて実施されました。
用語解説
注1 重金属
一般には比重(密度)が大きい金属を指しますが、本研究のようにカドミウムや水銀、鉛など健康への影響が懸念される金属を示す場合もあります。なお、ヒ素は金属と非金属の性質をあわせもつ半金属に分類されます。
注2 ばく露
経口摂取や吸入、皮膚接触などを通じて、特定の物質にさらされることを指します。
注3 2型糖尿病
糖の利用を調節するホルモンであるインスリンの分泌や作用が十分でなくなることにより、血糖値が慢性的に高くなる病気です。
注4 重金属のばく露源
重金属はさまざまな食品から摂取されます(Watanabe et al. Food Saf. 2022)。日本人では、食事由来の水銀の91%が魚介類(とくに一部の大型魚、主に有機水銀)、残りの約半分(6.1%)は主に無機水銀として米から摂取されます。ヒ素は、魚介類(59%)や野菜・海藻(30%)からの摂取が中心で、これらは有機ヒ素を主に含みます。飲料水からのヒ素の摂取(主に無機ヒ素)は1%未満とわずかです。カドミウムは米が最大の摂取源(38%)ですが、緑黄色野菜(17%)、穀類・種実類・いも類(11%)からも摂取されます。鉛は、穀類、種実類、いも類、野菜など幅広い食品から摂取されます。
注5 コホート内症例対照研究
追跡集団(コホート)から特定の疾患を発症した人(症例)と発症していない人(対照)を条件をそろえて選定し、追跡開始時に収集した試料やデータを分析することでばく露と疾患リスクとの関連を調べる信頼性の高い疫学研究手法です。
注6 ICP-MS(誘導結合プラズマ質量分析法)
血液や尿などの検体に含まれる元素成分を、きわめて少ない量まで測定できる高感度の分析法です。検体を高温のプラズマ(ガスを電気で高温にした状態)で原子レベルまで分解し、そこから生じるイオン(電気を帯びた粒子)を質量分析計で検出して、どの元素がどれくらい含まれているかを定量します。微量の元素でも正確に測れるため、環境由来の低濃度ばく露の評価に広く用いられます。
注7 交絡要因
調べたい要因と疾病との関連を調べる際、両者に関連している他の要因があると、調べたい要因と疾病との関連が歪められることがあります。そうした他の要因を交絡要因と呼びます。
注8 オッズ比と95%信頼区間
オッズ比は、ある要因へのばく露がある群とない群とで、結果(例:2型糖尿病)を発症する者の割合の比を示す指標です。1より大きいほど発症しやすく、1より小さいほど発症しにくいことを意味します。95%信頼区間は、統計的推定値が含まれると考えられる範囲を示し、「真の値がこの範囲内にある確率が95%である」と解釈されます。
注9 食物連鎖
生態系の中で、生きものが別の生きものを食べ、さらにそれを別の生きものが食べるという「食べる・食べられる」のつながりを指します。例えば、魚の場合は、プランクトンなどを小型魚が食べ、その小型魚を中型魚が食べ、さらに中型魚を大型魚が食べる、といった関係があります。水銀は、主に魚の筋肉(可食部)に蓄積されることが知られています。
注10魚介類に含まれる水銀
水銀を比較的多く含む魚としては、メカジキ、キンメダイ、クロマグロ、マカジキ、ミナミマグロなどがあります。一方で、キハダマグロ、ビンナガマグロ、メジマグロ、ツナ缶、カツオ、サケ、アジ、サバ、イワシ、サンマ、タイ、ブリなどは水銀の含有量が少ない魚です。(厚生労働省. 魚介類に含まれる水銀の調査結果. https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/suigin/dl/050812-1-05.pdf)(外部サイトに接続します)
問い合せ先
《研究に関すること》
国立健康危機管理研究機構 臨床研究センター 疫学・予防研究部
溝上 哲也
国立環境研究所 環境リスク・健康領域
中山 祥嗣
《取材に関すること》
国立健康危機管理研究機構(JIHS:ジース)危機管理・運営局 広報管理部
press(末尾に“@jihs.go.jp”をつけてください)
国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に“@nies.go.jp”をつけてください)


