
AIを用いたアスベスト計測支援システムの開発
—支援システムの活用で分析時間の短縮、負担軽減が可能に—
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)
本研究の成果は、『Annals of Work Exposures and Health』(2024年3月)および『Frontiers in Analytical Science』(2025年6月)に掲載されました。なお、この報告では精度等について最新の結果を記載しています。
1. 研究の背景と目的
現在、大気中へのアスベスト繊維放出の主な原因は、石綿含有建材を含む建築物の解体・除去作業です。日本では、大気汚染防止法により解体・除去工事におけるアスベスト飛散防止を目的とした作業基準が定められていますが、不適切な作業に伴う漏えい事故は依然として発生しています。こうした漏えいを早期に検出し是正するため、空気中アスベスト繊維数濃度の迅速測定法が求められています。
環境省が定める現行の迅速測定法では、吸引流速5~20 L/minで30分以内に大気をフィルターに捕集し、その後、フィルター表面を位相差顕微鏡(Phase Contrast Microscope; PCM。試料の屈折率の差(位相の差)を可視化して観察する顕微鏡。)で観察する場所(視野)を移動させながら100(または50)か所観察し、視野中に確認された繊維の本数を数えていく手順が採用されています。しかし、100視野を計数するには、フィルター上の繊維密度や分析者の熟練度により25~100分を要し、漏えいを迅速に是正するには十分とはいえません。さらに、今後、解体建築物が増加することで、漏えい監視の件数も増えると予測されるため、熟練分析者の不足や育成にかかる時間的制約、分析者の1日当たりの分析可能時間の制約から、省力化や自動化への需要が高まっています。
そこで、国立環境研究所 資源循環領域の山本貴士らおよび株式会社環境管理センター、日本エヌ・ユー・エス株式会社で構成される研究チームは、PCM画像中の繊維検出に人工知能(AI)を適用することで、熟練分析者と同等の精度と分析時間で計数できる支援システムの必要性があると考えました。本研究で開発したメコラス(注釈1)は、実際の大気試料のPCM画像を対象として、AIモデルと画像処理を用いた自動検出システムです。また、国際標準化機構(ISO:International Organization for Standardization)やASTM International(ASTM、旧称:American Society for Testing and Materials)、英国安全衛生庁(HSE:Health and Safety Executive)などの国際的な標準化機関・安全衛生機関においてもアスベスト計数へのAI活用が検討されつつある世界的な潮流の中での、国内における初の製品となるアスベスト計測支援システムです。なお、PCM法へのAI適用については、米国において既に製品化された例も報告されていますが、メコラスの方がより高い精度を示すことが確認されています。
2. 研究手法
本研究では、日本環境測定分析協会に所属する5つの機関から、合計98点の顕微鏡画像の提供を受けました。これらの画像は、環境省が定める「アスベストモニタリングマニュアル」(注釈2)に基づいて、実際の大気を採取したフィルターから作製された観察用スライドを撮影したデジタル画像です。
観察にはPCMを使用し、倍率400倍で行いました。画像は、エキスパート分析者が視野ごとに焦点を調整しながら撮影しています。撮影と同時に、分析者は上記マニュアルに従って繊維状物質の本数を数えました。分析を担当したのは、日本国内のアスベスト繊維計数技能試験において最上位ランクに認定されたエキスパート分析者です。これらの分析者による判定結果を基に、AIの学習に用いる教師データを作成しました。
画像中の繊維を検出するAIモデルとして、セマンティックセグメンテーションモデル(画像のピクセルごとにクラス分類を行うモデル)の一種である ConvNeXtV2-nano-UNetモデル(注釈3)を採用しました。
98点の教師データセットのうち、77点をモデルの学習に使用し、残りの21点をモデルの繊維検出精度の評価に使用しました。
AIモデルの学習にはグラフィックプロセッシングユニット(GPU)(高速に画像処理を行うユニット。最近ではAIの学習や推論にも使用される)を使用し、学習に要した時間は約40分でした。
3. 研究結果と考察
3.1 メコラスの繊維検出精度と計数精度の評価方法
AIが検出した繊維について、画像解析により繊維長・繊維幅・アスペクト比を算出し、「アスベストモニタリングマニュアル」の計数基準に適合するものを計数対象繊維としました。形状上、寸法を正確に測定できない場合は「判別不能」としました。
評価データにおいて、分析者が計数対象とした繊維と、AIが検出し画像処理により計数対象と判定された繊維が重なっている場合を真陽性と定義しました。メコラスの性能は、検出精度と計数精度の2項目で評価しました。検出精度では繊維の本数は考慮せず、検出の有無のみを判定し、重なった繊維は1つの集合体として扱いました。一方、計数精度では重なった繊維も個別に識別し、本数を評価しました。
精度指標には再現率と適合率を用いました。再現率は分析者が計数対象とした繊維のうち、メコラスが検出できた割合、適合率はメコラスが計数対象と判定した繊維のうち、分析者も計数対象とした割合です。
再現率および適合率は次式で表されます。
再現率= 真陽性 /(真陽性+偽陰性)
適合率= 真陽性 /(真陽性+偽陽性)
真陽性:両者が計数対象とした繊維数、偽陰性は分析者が計数したがメコラスが検出できなかった繊維数
偽陽性:メコラスが検出したが分析者が計数しなかった繊維数
図1に精度の評価例を示しました。2本の繊維が重なった集合体が2つ(番号2・3および6・7)ありますが、検出精度ではこれらを個別に識別せず1つとして扱います。この例では7つの繊維集合体すべてを検出しているため再現率は1.0となり、メコラスが検出した8個体のうち1個体が誤検出であるため適合率は 0.88 になります。計数精度では重なった繊維も個体識別し、4本としてカウントします。計数対象繊維9本のうち、メコラスは重なりを識別できず7本と計数したため再現率は 0.78 となり、検出した8本のうち1本が誤検出であったため適合率は 0.88 になります。

赤塗は、アスベストモニタリングマニュアルの計数基準に適合する繊維状物質を示します。青塗は、繊維状物質ではあるものの、同基準に適合しないものを示します。
3.2 結果と考察
各画像および全画像に対する精度評価結果を表1に示しました。
繊維検出精度は、再現率0.95、適合率0.71であり、多くの計数対象繊維を漏れなく検出できていることが確認されました。一方、繊維計数精度は、再現率0.85、適合率0.71であり、検出後の計数段階においても一定の精度が得られました。
これらの結果から、メコラスは実環境試料に対して高い適用可能性を有することが示されました。
また、GPUを使用した場合の分析時間は、1画像あたり約1秒であり、実際の運用を想定した場合においても、十分に実用的な処理速度であると考えられます。
| 画像 | 検出精度 | 計数精度 | ||
| 再現率 | 適合率 | 再現率 | 適合率 | |
| 1 | 1 | 0.5 | 1 | 0.5 |
| 2 | 1 | 1 | 1 | 1 |
| 3 | 1 | 1 | 1 | 1 |
| 4 | 1 | 1 | 1 | 1 |
| 5 | 1 | 0.33 | 1 | 0.33 |
| 6 | 0.8 | 1 | 0.57 | 1 |
| 7 | 1 | 1 | 1 | 1 |
| 8 | 1 | 1 | 1 | 1 |
| 9 | 1 | 0.6 | 1 | 0.6 |
| 10 | 1 | 0.73 | 0.81 | 0.76 |
| 11 | 1 | 1 | 1 | 1 |
| 12 | 1 | 0.17 | 1 | 0.17 |
| 13 | 1 | 0.71 | 0.57 | 0.67 |
| 14 | 1 | 0.88 | 0.78 | 0.88 |
| 15 | 1 | 0.67 | 0.75 | 0.75 |
| 16 | 1 | 0.86 | 0.75 | 0.86 |
| 17 | 0.93 | 0.82 | 0.83 | 0.83 |
| 18 | 0.86 | 0.6 | 0.78 | 0.64 |
| 19 | 0.91 | 0.71 | 0.8 | 0.75 |
| 20 | 0.75 | 0.5 | 0.75 | 0.5 |
| 21 | 1 | 0.62 | 0.83 | 0.62 |
| 全体 | 0.95 | 0.71 | 0.85 | 0.71 |
4. 今後の展望
本研究で開発を進めているAIアスベスト計測支援システムであるメコラスは、2026年度第2四半期に静止画像を対象とした「メコラス」として、正式に市場投入する予定です。本バージョンは、PCMにより取得された画像を対象としており、解体建築物の増加に伴い漏えい監視の件数が増大すると予測されるなか、熟練分析者の不足や育成に要する時間的制約、分析者の1日当たりの分析可能時間といった課題を補完する支援ツールとして提供するものです。
続いて、2027年度にはメコラスのリアルタイム検出版の市場投入を計画しています。リアルタイムでの検出処理を可能とすることで、さらなる作業効率の向上や分析作業の多様な支援を実現することを目指しています。
なお、メコラスの特徴はAIモデルと画像解析による繊維状物質の特徴抽出および分類にあります。そのため、現在は位相差顕微鏡の画像を対象としていますが、同様の解析手法はアスベスト分析に用いられている他の顕微鏡、走査型電子顕微鏡(電子ビームを試料表面に当てて試料の組成と形状を調べる顕微鏡。高い倍率で観察できる)や偏光顕微鏡(偏光を試料に当てて観察する顕微鏡。アスベストの種類を同定できる)の画像への応用可能性を有しています。
さらに、既存の自動撮影ソフトウェアとの連携を可能とする新たなメコラスシリーズ製品の開発も検討段階にあります(発売時期は未定です)。このように、分析現場のニーズに合わせた支援ツールの拡充を引き続き模索していきます。
5. 注釈
注釈1)メコラス®の紹介ページ https://www.janus.co.jp/markets/safety-and-disaster/ai_asbestos(外部サイトに接続します)
注釈2)環境省 水・大気環境局 大気環境課「アスベストモニタリングマニュアル(第4.2版)」(令和4年3月) https://www.env.go.jp/air/asbestos/monitoring_manu.html(外部サイトに接続します)
注釈3)従来の畳み込みベースのアーキテクチャに、自己教師あり学習を適応。画像からより広範な特徴量を学習できるよう設計された深層学習モデル。
7. 発表論文
【タイトル】
Rapid fiber-detection technique by artificial intelligence in phase-contrast microscope images of simulated atmospheric samples
【著者】
Takashi Yamamoto , Kazuharu Iwasaki , Yukiko Iida , Ken-ichi Yuki , Fumihiro Nakaji , Hayato Yamashiro , Toshiyuki Toyoguchi , Atsushi Terazono
【掲載誌】
Annals of Work Exposures and Health
【URL】https://academic.oup.com/annweh/article/68/4/420/7619060
(外部サイトに接続します)
【DOI】10.1093/annweh/wxae014(外部サイトに接続します)
【タイトル】
Development of a rapid fiber-detection system using artificial intelligence in phase-contrast microscope images of actual atmospheric samples
【著者】
Yukiko Iida, Takashi Yamamoto, Kazuharu Iwasaki, Ken-Ichi Yuki ,Kentaro Kiri, Hayato Yamashiro, Toshiyuki Toyoguchi, and Atsushi Terazono
【掲載誌】
Frontiers in Analytical Science
【URL】https://www.frontiersin.org/journals/analytical-science/articles/10.3389/frans.2025.1571840/full(外部サイトに接続します)
【DOI】10.3389/frans.2025.1571840(外部サイトに接続します)
8. 発表者
本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立環境研究所
資源循環領域
上級主席研究員 寺園 淳
資源循環領域 試験評価・適正管理研究室
主幹研究員 山本貴士
9. 問合せ先
【研究に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 資源循環領域
試験評価・適正管理研究室 主幹研究員 山本貴士
【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に“@nies.go.jp”をつけてください)
【メコラスの仕様、販売等に関する問合せ】
日本エヌ・ユー・エス株式会社 営業企画室
janus-mk(末尾に“@janus.co.jp”をつけてください)


