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2025年12月25日

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熱帯泥炭地は温室効果気体の巨大排出源である
~排出量推定法の開発と排出削減への貢献~

(北海道教育記者クラブ、文部科学記者会、科学記者会、筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、京都大学記者クラブ同時配布)

2025年12月25日(木)
北海道大学
日本文理大学
国立研究開発法人国立環境研究所
京都大学

ポイント

  • 広大な熱帯泥炭地における二酸化炭素とメタンの排出量マップの月単位での作成に成功。
  • 湿地林の農地開発や干ばつによる排出量の変化を解明。
  • 土地利用や農地管理の適正化による排出量削減の進展に期待。

概要

 北海道大学大学院農学研究院の平野高司教授らの研究グループは、東南アジアの低平地に広がる熱帯泥炭地(18万km2)からの温室効果気体(GHG =二酸化炭素(CO2)+メタン(CH4))の排出量を推定し、詳細な分布図(空間分解能463m)を月単位で作成することに世界で初めて成功しました。
 東南アジアに広がる泥炭地は湿地林と共生してきました。地下水位が高いため枯死木の分解が遅く、膨大な量の有機炭素を泥炭として地中に蓄えてきましたが、近年の大規模農地開発で地下水位が低下して泥炭分解が進み、大量のCO2が排出されるようになりました。エルニーニョ現象による干ばつ時にはCO2排出量が更に増加します。一方、CH4排出量は地下水位の低下によって減少します。
 先行研究では、土地利用ごとに一定の排出係数(単位面積当たりの年間排出量)を適用して、泥炭からのCO2とCH4の排出量の年間値のみを推定しています。それに対して本研究では、公開されている降水量マップから地下水位マップを作成し、さらに11か所の観測地点の実測値を基に作成したモデルを用いて地下水位から月単位で排出量マップを作成しました。得られた排出量は、樹木の光合成によるCO2吸収などを含んでおり、生態系スケールでの正味の排出量になります。10年間の推定結果から、1)泥炭の分解により湿地林と農地から日本の年間排出量の約30%に相当するGHGが排出されている、2)未排水の湿地林が排水され、さらに農地に転換されることでGHGの排出量がそれぞれ2.8倍、6.4倍に増加する、3)干ばつにより排出量が16%増加することを明らかにしました。
 なお、本研究成果は、2025年12月16日(火)公開のAGU Advances誌にオンライン掲載されました。

土地利用変化に伴う1ヘクタールあたりの年間排出量の変化(CO2:トンCO2、CH4:キログラムCH4、GHG:トンCO2換算 = CO2 + 45×CH4

背景

 インドネシアとマレーシアを中心とした東南アジアの島しょ部の低平地には広大な泥炭地が存在しており、湿地林と共存してきました。地下水位が高いため土壌中の酸素濃度が低く、枯死した樹木の分解が遅いため、膨大な量の有機炭素(66~70ギガトン)が泥炭として地中に蓄えられています。しかし、近年、大規模な農業開発による地下水位の低下によって土壌中の酸素濃度が上昇したため泥炭の分解が速まり、大量のCO2が排出されていると考えられています。さらに、数年おきに発生するエルニーニョ現象が引き起こす干ばつによっても地下水位が低下し、CO2排出量が急増します。一方、酸素濃度の上昇は土壌中で発生するCH4の酸化を促進するため、CH4の排出量は減少します。なお、単位質量当たりの温室効果を比較すると、CH4はCO2の数十倍になります。
 熱帯泥炭地におけるCO2とCH4の排出量に関する先行研究はいくつかありますが、それらはIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が定めた土地利用ごとの排出係数(単位面積当たりの年間排出量)を用いて年間値を推定したもので、泥炭からの排出量のみを対象にしているため、光合成によるCO2吸収や樹木からのCH4放出などは含まれていません。なお、温度の季節変化が小さい熱帯泥炭地では、CO2とCH4の排出量は主に地下水位に依存することが知られていますが、これまでの研究では対象地域全体で同じ排出係数を適用しており、降水量の地域的な変化に伴う地下水位の変動が考慮されていませんでした。

研究手法

 本研究では、生態系スケールでのCO2とCH4の正味の排出量を、地下水位の空間的、また時間的な変動を考慮して推定することに世界で初めて成功しました。
 研究エリア(スマトラ島、ボルネオ島、マレー半島;泥炭地の総面積は18万km2)の11地点(図1)の地下水位と渦相関法*1で観測された生態系と大気の間のCO2とCH4の正味の交換量(生態系スケールでの正味の排出量に相当します)のデータを利用しました。生態系スケールでの観測結果なので、樹木の光合成なども含まれています。
 まず、公開されているデータを用いて研究エリア内の泥炭地をマップ化し、さらに独自に作成した土地利用図(森林、大規模農地など)と公開されている排水路情報を用いて、泥炭地を未排水の湿地林、排水された湿地林、農地(大規模農地+小規模農地)に分類しました。土地利用ごとに、降水量と地下水位の関係をモデル化し、JAXA(宇宙航空研究開発機構)が公開している降水量マップ(GSMaP)から2011~2020年の各月の地下水位マップを作成しました。さらに、地下水位と温室効果気体(GHG)排出量の関係をモデル化し、地下水位マップから排出量マップを作成し、地域別、土地利用別、干ばつの有無などで排出量を集計しました。

研究結果

 公開されている降水量マップから、地下水位及びCO2とCH4の生態系スケールでの正味の排出量の空間分布を1か月単位で推定する方法を世界で初めて開発しました。また、10年間の推定結果から、1)泥炭の分解により、総面積12万km2の湿地林と農地から日本の年間排出量の約30%に相当する大量のGHGが排出されていること(図2)、2)未排水の湿地林が排水され、さらに農地に転換されることで、GHGの排出量(CO2換算)がそれぞれ2.8倍、6.4倍に増加すること、3)エルニーニョ現象によって生じる干ばつにより排出量が16%増加すること(図2)を明らかにしました。

今後への期待

 本研究で開発された手法は、降水量の時間的、空間的変動を反映したものであり、従来の方法に比べて推定結果の信頼性は高いと考えられます。また、10年間の結果から、インドネシアとマレーシアの州ごとに生態系スケールの排出量の1)10年間の平均値、2)通常年(7年間)の平均値、及び3)干ばつ年(3年間)の平均値を示しており、これらは排出量の見積もりにおける信頼性の高い排出係数として利用可能です。したがって、本研究の成果は、土地利用や農地管理の適正化を促進し、排出量削減に貢献することが期待されます。なお、東南アジアの泥炭地では干ばつ年に大規模な火災が発生し、大量のGHGが排出されます。本研究では火災に伴う排出量は対象にしていませんが、そちらの推定にも取り組んでいます。

謝辞

本研究はJSPS科研費JP19H05666の助成を受けたものです。

論文情報

論文名 Impact of land use change and drought on the net emissions of carbon dioxide and methane from tropical peatlands in Southeast Asia(東南アジアの熱帯泥炭地における二酸化炭素とメタンの正味放出量に与える土地利用変化と干ばつの影響) 著者名 平野高司1、白石知弘2、平田竜一3、林 真智3,4(研究当時)、Chandra Shekhar Deshmukh5、Lulie Melling6、Bettycopa Amit7、伊藤雅之8、 加藤知道1、Frankie Kiew6、Sofyan Kurnianto5、 Kitso Kusin9、Nardi Nardi5、 Nurholis Nurholis5、Tiara Nales Nyawai7、Elisa Rumpang7、 坂部綾香10、Ari Putra Susanto5、Joseph Wenceslaus Waili6、Guan Xhuan Wong61北海道大学大学院農学研究院、2日本文理大学工学部、3国立環境研究所、4宇宙航空研究開発機構地球観測研究センター、5Asia Pacific Resources International Ltd.、6Sarawak Tropical Peat Research Institute、7Malaysian Palm Oil Board、8京都大学生存圏研究所、9University of Palangkaraya、10京都大学農学研究科) 雑誌名 AGU Advances(アメリカ地球物理学連合(AGU)出版の地球物理学の専門誌) DOI 10.1029/2025AV001861(外部サイトに接続します) 公表日 2025年12月16日(火)(オンライン公開)

お問い合わせ先

北海道大学大学院農学研究院 教授 平野高司(ひらのたかし)
国立環境研究所 地球システム領域 陸域モニタリング推進室 
 主任研究員 平田竜一(ひらたりゅういち)

配信元

北海道大学社会共創部広報課
 jp-press(末尾に“@general.hokudai.ac.jp”をつけてください)
日本文理大学 大学広報担当
 kouhou(末尾に“@nbu.ac.jp”をつけてください)
国立環境研究所 企画部広報室
 kouhou0(末尾に“@nies.go.jp”をつけてください)
京都大学 広報室国際広報班
 comms(末尾に“@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp”をつけてください)

参考図

図1.研究対象エリアの地図と11か所の観測タワーの位置(白丸)。地図中の赤い部分が泥炭地。右側の写真は観測タワー、左側の写真はタワーに取り付けられた観測機器
図2. 研究対象エリアからのCO2、CH4、GHGの年間排出量の比較:10年平均、通常年の平均(7年間)、干ばつ年の平均(3年間)。

用語解説

*1 渦相関法 … 地表付近の大気乱流の渦による大気中の物質(CO2など)の鉛直輸送量を、鉛直方向の風速と物理量の変動の共分散から直接測定する手法のこと。主に、森林などの生態系と大気の間で交換されるCO2の単位面積・時間あたりの輸送量(フラックス)を測定するための標準的方法。

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