特定外来生物アルゼンチンアリの地域根絶について
~数理統計モデルを用いた根絶評価手法の確立~
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ同時配付)
平成29年6月12日(月) 国立研究開発法人国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター 研究員:坂本 佳子 特別研究員:熊谷 直喜 室長:五箇 公一 環境省自然環境局野生生物課外来生物対策室 室長:曽宮 和夫 室長補佐:八元 綾 担当:若松 佳紀 関東地方環境事務所野生生物課 課長:伊藤 勇三 担当:源関 絢 |
アルゼンチンアリは、外来生物法に基づく特定外来生物※1に指定されており、現在までに1都2府9県において定着が確認されています。国立環境研究所および環境省は、フマキラー株式会社の協力を得て、東京都大田区内において、殺虫剤を活用した防除手法の開発に取り組んできました。約4年間の防除の結果、当地域においてアルゼンチンアリを検出限界以下まで減少させることができましたが、どのように根絶が成功したと判断するかが課題でした。 そこで、国立環境研究所では、数理統計モデルを用いてモニタリングデータを解析することで、根絶確率を定量的に推定する手法を確立しました。その結果、当地域においては防除を開始してから42ヶ月目に残存確率が1%を下回ったと推定され、2015年8月を以てアルゼンチンアリが根絶したと判断することができました。 本研究成果は、防除地域におけるアルゼンチンアリの残存確率を、統計学的根拠に基づき評価した世界初の事例であり、これまで感覚的であった外来アリ類の根絶成功を定量的に判断することを可能にするものです。 なお、本研究成果は、2017年6月13日(日本時間午後6時)に英国科学誌Scientific Reportsに掲載されました。 (www.nature.com/articles/s41598-017-03516-z) |
1.背景
南米原産のアルゼンチンアリ(写真1)は、巣の中に多数の女王が存在し、繁殖力が強く、また、人が運搬する物資に紛れて簡単に移動することができるため、これまでヨーロッパ・北米、アフリカ、オーストラリアなど、世界中にその生息地を広げてきました。我が国では、1993年に広島県廿日市市で初めて確認され、これまでに1都2府9県において定着が確認されています。アルゼンチンアリは、もともと日本に生息するアリ類を排除する等の生態系被害を及ぼす可能性があることから、「特定外来生物」※1に指定されています。
国立環境研究所および環境省は、フマキラー株式会社の協力を得て、2010年にアルゼンチンアリの定着が確認された東京都大田区の2ヶ所(東海および城南島)において、防除試験を実施してきました。フィプロニルを主成分とするベイト剤および液剤を用いた計画的な化学的防除を実施することで、高い防除効果を実現しました※2。その後、約4年間の防除活動の結果、モニタリング調査でアルゼンチンアリは1個体も確認されなくなり、根絶成功の可能性が示されました。しかし、もし残存個体を見落としたまま防除プログラムを終了してしまうと、再度増殖するおそれがあります。そこで、国立環境研究所では毎月の継続したモニタリングデータから、アルゼンチンアリが残存する確率を推定する方法を考案し、根絶宣言における科学的根拠の提示を試みました。
2.方法
モニタリングは、毎月3日間、粘着トラップを建物や道路沿いに約50m間隔で設置し、採集されたアルゼンチンアリの個体数を計測して行いました。それら59ヶ月分のモニタリングデータを用いて、Multinomial mixture model※3を発展させた根絶評価モデルを開発し、トラップによって発見された検出確率およびフィプロニルの投薬によって死亡した除去確率を算出することで、当地域におけるアルゼンチンアリの残存確率の推移を示しました。また、根絶評価モデルで得られた値を用い、防除対策の費用(以下、防除コスト)が最小となる防除終了時期の推定も合わせて行いました。このコスト推定モデル※4では、「すでに確認されなくなっているにも関わらず防除対策を継続する保険的コスト」と「早過ぎる防除対策の打ち切りによって残存個体が再増殖した場合の防除コスト」を比較し、防除コストの最小値を算出しました。
3.結果と考察
アルゼンチンアリの推定残存確率は、防除開始後20ヶ月目以降に顕著に低下することが示され、残存確率が1%(5%)を下回るのは、東海では38(33)ヶ月目、城南島では42(36)ヶ月目と算出されました(図1)。また、推定された防除コストの総額は、東海では33ヶ月目、城南島では36ヶ月目に最小値となり※5、これらは残存確率が5%を下回る調査期間と一致しました(図2)。防除コストの観点からは、残存確率5%水準を採用することが最適であるとの結果になりましたが、再増殖した場合の防除コストを正確には予測できないこと、また防除対策を継続するコストがそれほど高額ではないことを考慮すると、根絶確認のためには残存確率1%未満を採用することがより確実であると判断しました。1%水準を根絶成功の基準とすると、東海では2014年5月に、城南島では2015年8月にアルゼンチンアリが根絶したと判断することができました。これまで、世界各地で侵略性外来アリの防除が行われてきましたが、根絶判断のための明確な基準は定められておらず、実際に、成功したと判断し防除を停止した後で、残存個体が確認された事例も報告されています。本研究において初めて、統計学的根拠に基づいた根絶宣言を行うことができました。国立環境研究所は、本研究の成果を活用しながらアルゼンチンアリ防除事業を順次拡大しており、国内からのアルゼンチンアリの根絶を目指しています。
本研究は、環境省 環境研究総合推進費2014年度開始課題4-1401「特定外来生物の重点的防除対策のための手法開発」(課題代表者:五箇公一 国立環境研究所 生態リスク評価・対策研究室室長)により実施されました。また、本防除プログラムの推進においては、戸田博史氏(環境省)をはじめとする多くの方々にご尽力いただきました。
4.問い合わせ先
国立研究開発法人 国立環境研究所 生態リスク評価・対策研究室 研究員
坂本 佳子(さかもと よしこ)
電話:029-850-2480
E-mail: sakamoto.yoshiko (末尾に@nies.go.jpをつけてください)
発表論文
Sakamoto, Y.†, Kumagai, N. H.†, and Goka, K. (2017) Declaration of local chemical eradication of the Argentine ant: Bayesian estimation with a multinomial-mixture model. Scientific Reports. DOI: 10.1038/s41598-017-03516-z
†共筆頭著者
www.nature.com/articles/s41598-017-03516-z (オープンアクセスですので、無料で入手できます)
参考
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※1 特定外来生物について「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律(外来生物法)」に基づき、生態系、人の生命若しくは身体、農林水産業に係る被害をおよぼし、又はおよぼすおそれがある外来生物を特定外来生物として指定しています。特定外来生物の飼養や運搬、譲渡、放出及び輸入等は原則禁止されています。また、すでに定着している特定外来生物については、防除を実施することとされており、現在、国や地方公共団体等によって、特に優先度の高い特定外来生物の防除が進められています。2017年5月現在、132種類を指定しています。
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※2 【報道発表】 特定外来生物アルゼンチンアリの防除手法開発及びその成果について
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※3 Royle, J. A. (2004) Generalized estimators of avian abundance from count survey data. Animal Biodiversity and Conservation 27: 375-386.本研究では、この論文で提示されているMultinomial mixture modelのremoval protocolをベースとして使用しました。除去を繰り返すにつれ、未捕獲個体の残存確率は低下しますが、このモデルはこの確率の低下を考慮に入れて生息個体数を推定することが可能な統計モデルです。本研究ではさらに、薬剤による死亡を考慮に加える発展モデルを開発しました。
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※4 Regan, T. J., McCarthy, M. A., Baxter, P. W. J., Panetta, F. D., and Possingham, H. P. (2006) Optimal eradication: when to stop looking for an invasive plant. Ecology Letters 9: 759-766.
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※5 残存個体の見逃しによってアルゼンチンアリが防除開始前と同等の密度にまで再増殖し、再根絶努力に同額の防除コストが必要になると仮定した場合の試算です。