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2018年5月30日

世界初、緑藻ムレミカヅキモの全ゲノム解読に成功
—迅速で効率的な生態毒性評価試験への応用につながる成果—

(筑波研究学園都市記者会、環境記者会、環境省記者クラブ同時配付)

平成30年5月29日(火)
国立研究開発法人 国立環境研究所
 生物・生態系環境研究センター
  室長 河地正伸
  室長 中嶋信美
  研究員 山口晴代
  特別研究員 鈴木重勝
 環境リスク・健康研究センター
  副センター長 山本裕史
  主任研究員 山岸隆博
 

概要
   緑藻ムレミカヅキモNIES-35株は、重金属や農薬など様々な化学物質に対する高い感受性や安定した増殖特性など、試験生物に必要な条件を多数有しています。そのため、OECD(経済協力開発機構)が定める生態毒性試験※1の推奨種として世界中で広く用いられています。しかしながら、ムレミカヅキモにおける基礎生物学的な知識や化学物質の毒性メカニズムに関する研究は非常に限られており、分子生物学的研究を見据えた全ゲノムの解読が待たれていました。
   本研究では、世界で初めてムレミカヅキモNIES-35株の全ゲノム情報の解読を行い、5,120万塩基対からなる高品質なゲノム配列取得に成功しました。得られたゲノム情報を解読した結果、本種のゲノム上には13,383個のタンパク質をコードする遺伝子※2が存在し、その中には多数の環境適応・応答遺伝子が含まれていることが分かりました。特に金属取込みに関わる多くの遺伝子の存在は、本種がもつ高い重金属感受性を説明すると考えています。本研究で得られたゲノム情報をもとに、遺伝子発現解析※3などに応用することにより、将来的に迅速で効率的な新規生態毒性評価手法の開発が期待されます。
   本研究は、2018年5月23日(日本時間午後18時)に英国科学誌Scientific Reportsに掲載されました。

1.研究の背景

   ムレミカヅキモ(Raphidocelis subcapitata、旧名Pseudokirchneriella subcapitata)はヨコワミドロ目※4に属する緑藻です(写真1)。本種は幅広い化学物質に対する高い感受性と安定した増殖特性をもつため、化学物質の安全性評価手法の国際標準であるOECDの生態毒性試験の推奨種として指定され、広く世界中で用いられています。ナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)の支援を受けて、国立環境研究所微生物系統保存施設でも本種がNIES-35株として保存、分譲されており、当施設で最も分譲件数が多い藻類のひとつです。一方で、モデル生物としての地位を確立していながら、未だ本種のゲノム配列を始めとする遺伝子情報については明らかになっていませんでした。本研究では、ムレミカヅキモの環境適応や化学物質応答などの基礎生物学的な情報を得ることを目的に、全ゲノム解読を行いました。

ムレミカヅキモNIES-35株の画像
写真1.ムレミカヅキモNIES-35株

2.方法

   当施設で分譲されているムレミカヅキモNIES-35株(http://mcc.nies.go.jp/strainList.do?strainId=26)の全ゲノム解読を行い、緑藻の近縁種ゲノムとの比較解析を行いました。

3.結果と考察

   ムレミカヅキモのゲノムは5,120万塩基対であり、ゲノム上には13,383個のタンパク質をコードする遺伝子が存在していました。同じ緑藻の仲間であるクラミドモナス※5と比較すると、本種のゲノムにはグルコースやアミノ酸、水分子の輸送体などの環境適応に関わるタンパク質をコードする遺伝子が多数存在することがわかりました(図1)。本種のゲノム中のこれらの遺伝子の増加は、幅広い栄養環境や塩濃度での生育に適応したものだと考えられます。さらに、本種はキレート化※6された様々な金属(鉄など)の細胞内への取り込みに利用される金属−ニコチアナミン(NA)輸送体をコードする遺伝子を複数持つことがわかりました(図1,2)。これは環境中の低濃度の金属を効率良く細胞内に取り込む仕組みであり、本種がもつ高い重金属感受性の一因である可能性があります。今後、環境適応や化学物質応答に関わる遺伝子の同定により、生態毒性評価に用いることができるバイオマーカー※7の開発が期待されます。

輸送体遺伝子数の比較の図
図1.輸送体遺伝子数の比較

   特にムレミカヅキモで多いもののみを示す。NA:ニコチアナミン。

ゲノム情報から予測される金属イオンの取込みモデルの図
図2.ゲノム情報から予測される金属イオンの取込みモデル

   ムレミカヅキモは細胞外にキレート剤を分泌し、金属キレート複合体を金属–NA輸送体を通して細胞内に取り込むと予測される。

4.今後の展望

   本研究で得られたゲノム情報は、化学物質の毒性評価のみならず、その毒性メカニズムの研究にも活用できると考えられます。また、定量的PCRやRNA-seqなどの遺伝子発現解析手法などに応用することで、将来的に、迅速で効率的な新規毒性評価手法の開発が期待されます。

5. 研究資金

   本研究は国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「ナショナルバイオリソースプロジェクト藻類」の支援及び国立環境研究所予算によって行われたものです。

6.問い合わせ先

研究に関すること
   国立研究開発法人 国立環境研究所
   生物・生態系環境研究センター 室長
      河地 正伸(かわち まさのぶ)
      電話:029-850-2345
      E-mail:kawachi.masanobu(末尾に@nies.go.jpをつけてください)
   環境リスク・健康研究センター 副センター長
      山本 裕史(やまもと ひろし)
      電話:029-850-2754
      E-mail:yamamoto.hiroshi(末尾に@nies.go.jpをつけてください)

AMED事業に関すること
   国立研究開発法人 日本医療研究開発機構
   基盤研究事業部 バイオバンク課
      電話番号:03-6870-2228
      Eメール:national-bioresouce(末尾に@amed.go.jpをつけてください)

7.発表論文

Suzuki, S., Yamaguchi, H., Nakajima N., and Kawachi M. (2018) Raphidocelis subcapitata (=Pseudokirchneriella subcapitata) provides an insight into genome evolution and environmental adaptations in the Sphaeropleales. Scientific Reports.
DOI: 10.1038/s41598-018-26331-6

8. 用語解説

※1生態毒性試験:生物を用いた試験の一種で、一定期間、生物を化学物質などに暴露した際の生存率や成長、繁殖などの有害な影響を指標として評価する手法のこと。多種多様な動植物を用いた試験が世界中で提案・実施されているが、そのうち、化学物質の安全性評価に係る国際標準化した手法についてOECDがガイドラインを作成しており、世界各国で広く利用されている。藻類の72時間での生長速度を調べる方法(藻類生長阻害試験、テストガイドラインNo. 201)は、OECDの生態毒性試験の中で最初に指定されている。この試験法の推奨種に指定されている藻類のうち、緑藻ムレミカヅキモは世界的に最も広く使われている種である。
※2タンパク質をコードする遺伝子:遺伝子のうち、タンパク質の遺伝暗号をもつもの。
※3遺伝子発現解析:定量的PCRやRNA-seq、マイクロアレイなどを用いて遺伝子が転写されたmRNA量を測定し、その変化を解析する。
※4ヨコワミドロ目:緑藻の中でも大きな多様性をもつグループで、イカダモやクンショウモなども含まれる。多様な淡水環境に広く存在する。
※5クラミドモナス:緑藻のモデル生物として広く利用されている。緑藻の中では最初に全ゲノム解読が行われ、17,741個のタンパク質をコードする遺伝子が存在している。
※6キレート化:大きな分子の隙間に金属が入り込むことによって、金属が安定した状態になること。
※7バイオマーカー:生物の状態の指標。ここではmRNAの蓄積量やタンパク質の蓄積量を想定している。