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長距離輸送中に起こる種々の大気汚染の形態

酸性雨シリーズ(2)

植田 洋匡

 汚染物質の長距離輸送が1970年代前半に見出されて以来、越境大気汚染としてのいわゆる“酸性雨”問題は社会、政治的な問題としてクローズアップされ、いまや地球的規模の環境問題に位置付けられるようになった。この中で、問題視されている“酸性雨”の影響は、湖沼、土壌生態系に対するものと、森林に対するものである。このうち湖沼の酸性化は主に酸性の雨、霧によるものと考えられるが、森林被害については雨、霧に限定できないと考えられている。即ち、欧州、北米での森林被害については、最近、オゾン、PANなどの酸化能力のあるガス、硝酸、亜硝酸、亜硫酸など酸性のガス、あるいは、硫酸塩、硝酸塩等の中性の粒子や硫酸ミストなどの寄与が大きいと考えられてきており、広い意味でこれらを含めた“酸性雨”を考える必要がある。これに関して、国公研では、特別研究「雲物理過程を伴う列島規模大気汚染に関する研究」(昭和61年-平成2年)、特別経常研究「酸性降下物の主成・沈着過程並びに地域生態系に与える影響に関する研究」(昭和63年度)が行われている。

 大都市、工業地帯などの大規模汚染源地域で形成された汚染気塊は、長距離あるいは長時間輸送される間に様々な形態の大気汚染を引き起こす。長距離輸送は、欧米の場合、高低気圧の気圧傾度風によって担われるが、日本の場合には局地風(海陸風、台地平地風、斜面上昇・下降風など)が合体して形成される大規模風によって担われることが多く、これが夏期の典型的な輸送パターンになっている。いま、臨海地域に大汚染源が集中している場合を考えるとすると、一次汚染物質であるNOx(うちNO2は10%程度)、SO2、炭化水素、NH3を大量に含んだ汚染気塊は、沿岸域で夜間から翌早朝に形成され、これが内陸部に輸送される間に、光化学反応により、まずNOからNO2への転換が行なわれ、汚染源地域内部(特に風下部)で都市型NO2汚染を引き起こす。更に1〜数時間の光化学反応を経てガス状二次汚染物質であるオゾン、PAN等を生成し、輸送経路に沿って光化学オキシダント汚染を引き起こす。このとき、NO2,SO2はこの間に生成されるOHラジカル等と反応して消滅し、代りに硝酸、硫酸が生成する。また、NH3と反応して硝酸塩、硫酸塩の二次粒子(液滴あるいは固体粒子)を生成して、有機エアロゾルとともにスモッグを引き起こす。このうち、硝酸塩は気・液・固 平衡関係により、日中は主にガス状硝酸としても存在し、後者も一部は硫酸ミストの形で存在する。これらは、直接地表の植物などに沈着する(乾性沈着)ほか、雲水、雨滴に取り込まれてさらに液相反応が進行し、酸性雨、酸性霧として地面に降下する(湿性沈着)。このとき、特に光化学反応で生成されたH2O2やオゾンは、同時に雲水雨滴に吸収されるSO2、NO2を酸化して硫酸、硝酸を生成し、雨の酸性化を進行させる。図1,2には、関東から中部山岳地域に亘る長距離輸送の発生した日を対象に、汚染気塊の輸送経路に沿っての二次汚染物質の乾性沈着量と、輸送経路全域に亘っての一日を通じての窒素系汚染物質、硫黄系汚染物質の収支を示した。図1で、関東平野奥部で輸送経路に沿って地表負荷量の増加は顕著であり、関東甲信地方での杉の衰退との関連が想起される。図2で注目されるのは、窒素系汚染物質はガス状硝酸としての沈着が大きいために一日でその過半が沈着除去(乾性沈着)されてしまうのに対して、硫黄系汚染物質は大半が粒子状で残存し、これの地表への負荷は主に湿性沈着によって行われる。

 この種の大気汚染は、日本を含めて、局地風が日常的な気象である中緯度、低緯度地域で特に重要である。それは、局地風自体が地形固有のものであるため、局地風の合体による長距離輸送はその経路がほぼ固定化し、しかも光化学反応が急速に進行して、恒常的に高濃度の二次汚染をもたらすためである。現在、このような研究を観測、数値予測を主体に実施しているが、今後は、中、低緯度地域の共通の問題として、また東アジア全域にわたる問題として、研究をさらに発展させていきたいと考えている。

(うえだひろまさ、大気環境部大気環境計画研究室長)

図1 1日当たりの乾性沈着量の分布
図2 一日を通しての窒素系、硫黄系汚染物質の収支