環境保健研究のあり方
村上 正孝
「典型七公害の沈静化」なる表現は、環境保健問題がなくなったかのような誤解を与える。飽くことなき人類の経済・生活活動に起因する公害現象と快適な生活環境の何たるかを環境保健研究は示す使命がある。わが国で、従来得られた成果は、行政、司法に用いられ、環境政策決定のキーとなってきた。
「複合汚染」という用語もよく使われるが、「健康に影響する生活環境総体の状況」と解釈するのが適当である。与えられた環境汚染要因により、如何なる影響が起きるかとの視点で研究されることが多いが、実際上解答が得られることは少ない。それよりも地域住民の健康状態・障害を診断、評価し、その原因となる環境の状況を特定する研究指向の方が、問題解決に近い。
現在、環境保健問題は3つに分類される。第一は苦情として発生源の対象を特定できるもの。第二には沿道住民の呼吸器の愁訴率が高いとか、都市の喘息、肺癌、鼻アレルギーの有病率が高いなどのように原因が特定されないが、大気汚染などの環境要因の関与が強く疑われるような問題。第三には化学物質の環境放出・拡散などのように将来、どの程度問題となるか分らぬもの、からなる。そして、環境保健研究を遂行するにあたり、5つの基本的理解が必要である。まず第一は、昨今の公害苦情に示されるように疾病に至らぬ心理、感覚的なケースが、その大部分をしめるという特徴がある。第二は、健康意識の向上に伴い、人々には快適な生活環境への要求が強い。第三には、顕在化していない公害問題も住民サイドからの情報に、その手がかりがある。第四は、公害現象は多様な要因と多様な属性の人口集団の反応から構成されるが、ある程度、割り切って環境も人口集団も類型化し、その関係を明らかにし、その成果を対策に役立つように整理すべきである。最後に、環境保健研究は、その研究対象が漠然として把え難いようにみえるが、「問題に対して、どう対応すべきか。」と具体的に答えが求められているわけで、これが、そもそも研究の出発点であり、ゴールでもあることを銘記すべきである。
目次
- 創立15周年を迎えて巻頭言
- 満16年以後に向けて
- さらに開かれた研究所をめざして
- なぜ環境は護らねばならないか?—いま求められる新たな論理—
- 環境科学の研究には複眼的視野をもった専門バカが必要です
- 地球規模大気環境問題を考える
- 情報の流れの良し悪し
- 長期吸入暴露実験について
- 生物分野から見た今後の環境研究
- 大型施設の課題
- 【環境週間のお知らせ】
- 酸性雨問題と環境庁の取り組み酸性雨シリーズ(1)
- 長距離輸送中に起こる種々の大気汚染の形態酸性雨シリーズ(2)
- UNEP/GRIDバンコクNodeに赴任して海外からのたより
- フロンによる成層圏オゾン破壊—光化学チャンバーによる模擬実験の結果—研究ノート
- 炭酸ガスの湖、ニオス湖その他の報告
- 米国における環境研究は曲がり角?海外からのたより
- 高精度安定同位体比質量分析装置機器紹介
- 新刊・近刊紹介
- 人事異動
- 編集後記