多様な種が共存するのは偶然か必然か?
特集 生態学モデルによる生態リスク評価・管理の高度化
【研究ノート】
竹内 やよい
はじめに
夏山のお花畑。色や形がそれぞれの、数十種類の花が同じ場所に咲き誇っています(写真1 a)。熱帯の森に行けば、同じ空間に存在する生き物の種類はさらに数十倍増えます(写真1 b)。異なる種類の生き物が、同じ空間で一体どのように共存しているのでしょうか?群集生態学は、この問いに古くから取り組んできました。群集生態学が扱う「生物群集」とは、時間と場所を共有する様々な種の集まりを指し、その生物群集の中に存在する種の内訳が「種構成」です。群集生態学は共存のメカニズムや条件、生物種間または環境との相互作用、それらの地理的パターンを考えながら、生物群集の成り立ちを明らかにすることを目的としています。
多種が共存する仕組み
「生物群集の種構成はどのように決まっているのか?」、「多様な種はどのように共存しているのか?」といった問いは、群集生態学の古典的なテーマです。実証研究・理論研究とも多く蓄積されてきました。主流であった考え方は、環境による選択や種間の競争などの要因が生物群集に影響しているというものでした。例えば、生物種ごとにそれぞれ望ましい環境条件が決まっているならば、その場所の環境に適応した種だけが選別されます。また、同じ資源を利用する種間では競争がおこり、結果的に競争に勝ったものだけが残ります。このように、生物群集は環境や種間の相互作用によって必然的に成立すると考えられてきました。現実の生物群集のデータは、これらの仮説に矛盾しない結果が得られており、多くの群集生態学者はこの仮説を支持していました。しかし、2001年にHubbell博士が「中立説」を発表したことによって状況が一変しました。中立説では、生物群集のすべての個体・種の性質に差がないと仮定し、群集内の個体の確率的な死亡と置き換わり、外の群集からの確率的な移住によってのみ種構成や多様性が成り立つとしています(図1 a)。つまり、その場にいる生物群集は偶然的にそこに集合している、ということです。中立説は、「すべての個体・種の性質が同じ」という現実に即さない極端な仮定をおいているにもかかわらず、中立説で予測される群集のパターンが特に熱帯林群集などの種多様性の高い群集と類似しているため、群集生態学者に大きな衝撃を与えました。中立論は過去にも存在していたのですが、それは現実のデータとかけ離れていたため議論の対象から外されていました。また、生き物が種類によって性質が異なることは明白であり、群集生態学者は生物群集に影響する必然的な要因があると考えていたので、中立性の議論はほとんどされてこなかったのです。「すべての個体、種の性質が等しい」と考える中立説が、実際の群集と類似したパターンを示すことは大きな波紋を呼びました。
生物群集の中立性の検定
Hubbellの中立説の予測が、実際の群集のパターンと類似している述べましたが、正確にいえば、他の非中立モデルと差がなく“中立であることを否定できない”状態です。生物群集が中立的であるかどうかを検定するのに用いられるのは、1回観察のデータ(つまり、ある時間・場所で観察された生物群集のデータ)です。主流な検定方法としては、中立モデルと対立する非中立モデルをデータに当てはめて、より良く説明するモデルを正しいモデルとして選ぶ方法です。“中立であることを否定できない”状態は、この統計的手法の問題、つまり手法の検出力が弱いためではないかと指摘されていました。そこで筆者らは、この統計的手法の検出力を評価することにしました。
様々な環境条件の場所がある中で、個々の種が占めることのできる範囲を“ニッチ”と呼びます。種間でニッチの重なりが低いと、ニッチが適合した種がそのニッチを独占することができます。そして、種間でニッチの重なりがなく、環境が分割してニッチが多様な状況下では、ニッチの数がそのまま種の数となります。ニッチの住み分けは、種多様性の高い熱帯林の共存を説明する重要な仮説の一つで、環境が不均一な状態であること、それぞれの環境に適した種があることから、多様な種の共存が可能になると考えられています。筆者らは、このような種の占めるニッチと環境を設定した非中立な群集のモデル(ニッチモデル、図1b)を構築し、コンピュータの中で仮想的な生物群集を生成しました。ニッチ構造が強い(種間でニッチの重なりが低い)場合は、環境中のニッチの数と各ニッチが占める割合で1種当たりの個体数や群集全体における種数が決定されます。コンピュータでの解析の結果、ニッチ構造のある群集においても条件によっては中立を仮定した群集によく似た群集構造を示しました。また、これまで用いられてきた統計的手法を用いて中立性を検定してみると、中立モデルが最もよく説明するモデルとして選択される場合が多くありました(図2)。つまり、“非中立の”ニッチ構造のある群集でも中立性を否定できないのです。このことは、現在の中立性検定は不十分であり、新たな方法が必要であることを示唆しています。従来の中立性検定の際に用いるデータは、生物群集を野外で1回調査したもので、情報量が多くありません。そこで、それらの生物群集の時間的な変動パターン、隣接する生物群集などを補完することによって情報量を増加させることで、より検定力のある方法が開発できないか検討しています。例えば、毎年生物群集の調査を行うと、前年までの個体、種が不在になったか、また新しく加入した個体や種があるかが分かります。中立モデルやニッチモデルは、時間的に変化していくパターンを予測することができるので、この情報も追加して検定するこができます。時間的な群集の変化を入れた新しい検定方法を開発中ですが、これまでの予備的な解析の結果、実際の熱帯林群集のデータの中立性が否定されたケースがありました。この新しい中立性検定が、生物群集の偶然性と必然性をより正確に判定する手法になることが期待されます。
現在、各地で人為的な環境の改変、森林の減少などにより、生物の生息地の劣化や断片化が問題となってます。こういった人為的な影響が生物群集や種の多様性にどのような影響を与えるかを予測することは、自然共生型社会や安全で持続的な社会を目指す上では欠かせない課題です。上記のように手法的・理論的な開発を行う一方で、筆者らは開発が進む熱帯林での調査も同時に進めています。種多様性が高い熱帯林では、開発や人的かく乱によって生物相へ大きな影響があることが懸念されています。まず、自然状態での生物群集を支配する重要なプロセスとそのプロセスが働く空間スケールを解明した上で、生物群集が人的かく乱へどのように応答するのか、その後どのように変化するのかを明らかにし、生物多様性を保持した生態系のリスク管理を目指して研究を進めています。
おわりに
Hubbellの中立説は、発表当時は反発を招いたものの、多種の共存に関する研究は再び議論が活発になり、確率論の重要性が再認識され、新しい知見も増えました。実証研究においても、「中立説」への反動として生物の形態・性質の測定や種間比較の研究が飛躍的に増加しています。群集生態学にとって、中立説の登場はこの数十年で最も大きなパラダイムシフトとなりました。Hubbell博士は、これらの功績をたたえられて2016年に国際生物学賞を受賞されました。心よりお祝いを申し上げます。
執筆者プロフィール
先日、マレーシアのキナバル山(4,095m)に登りました。人生2回目の登頂です。1度目は天候に恵まれず、頂上での景色は雲のみ。リベンジとなった今回は、快晴で頂上から町も海も一望でき、素晴らしい景色を堪能しました。しかし下山してみると、登頂の証拠写真が失敗していることに気が付きました・・。3回目の登山、また挑戦します。