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2015年10月30日

続・世界の水資源のコンピュータシミュレーション

特集 地球規模で長期の気候変動リスク
【研究ノート】

花崎 直太

はじめに

 水は社会に欠かせない資源のひとつです。世界的にみると、水の不足は大きな問題です。人口の増加や経済の発展によって、水利用量は増えてきています。また、地球温暖化によって雨や雪の降り方や川の流れ方が変われば、水資源量が世界中で変わっていきます。水資源と水利用の変化を世界全体にわたって詳しく調べるため、私たちは全球水資源モデルというソフトウェアを作り、コンピュータシミュレーションを行ってきました。前回の研究ノート(国立環境研究所ニュース29巻3号「世界の水資源のコンピュータシミュレーション」)では、このモデルを使った3つの研究を紹介しました。今回は、その後に取り組んだ2つの研究を紹介します。

研究1:将来の世界の水資源と水利用の見通し

 21世紀中に世界の水資源と水利用はどのように変わっていくのでしょうか。地域の平均的な水資源の量は、主に気候(気温や降水)によって決まります。ここで、地球温暖化が進むほど気候は大きく変わっていくことを踏まえると、将来の水資源の変化は今後の温室効果ガスの排出量によって決まるとも言えます。次に水利用量は人口や経済活動、節水等の技術革新によって決まります。つまり、将来の水資源と水利用の変化を分析するには、まず将来の温室効果ガスの排出量や社会・経済・技術の情報が必要なのですが、これらを正確に予測することは不可能です。そこで今回は「シナリオアプローチ」という方法を使いました。

 シナリオアプローチは起こり得る将来の具体的な想定(シナリオ)をいくつか用意し、シナリオごとにコンピュータシミュレーションなどを利用して分析を進める方法です。例えば、2060年の日本の人口をぴたりと予測することはできませんが、およそ8000万人から9500万人までの間になると分かっているとしたら、8000万人、9500万人、間をとって8750万人、の3通りを想定し、それぞれの場合について分析するという具合です。シナリオアプローチによって得られた結果は予測(prediction)とは異なるので、本稿では見通し(projection)と呼ぶことにします。

 今回、世界の水利用を見通すために利用した社会・経済・技術のシナリオは、Shared Socio-economic Pathways(SSP)というものです。SSPは世界中の研究者が共同作業し、2012年頃に骨格が定まった最先端のシナリオで、今後、温暖化研究で世界的に使われていくと見込まれています。SSPには5つのシナリオがあり(表1)、例えばSSP1は「持続可能」で代表される特徴が、SSP3は「分裂」で代表される特徴があります。国別の人口・GDPや発電量などの具体的な社会経済指標もシナリオごとに、2005年から2100年まで提供されています。ただし、水利用がどう変化するかは提供されていなかったため、農業・工業・生活用水に関する水需要モデルを開発し、SSPの5つのシナリオに沿って、将来の世界の国別の水利用量を推定しました(図1)。例えばSSP3のシナリオでは、SSP1と比べて、農業・工業・都市用水の全てにおいて水利用の伸びが大きくなる結果となりました。これは、表1にあるとおり、SSP3のシナリオでは技術進歩が遅くて節水が進まないこと、人口がより多く増えて水需要が大きくなりがちなことなどが反映されています。

表1 5つの社会・経済・技術シナリオ(SSP)の説明
図1 5つの社会・経済・技術シナリオ(SSP1~5)に沿って見通した世界全体の工業用水、都市用水、農業用水の利用量の見通し
単位は立方キロメートル/年。見通しは国別に行っているが、世界全体の合計値のみを示す。農業用水だけ2025年頃の見通しを行っていない。

 SSPの5つのシナリオでは、それぞれ異なる量の温室効果ガスが排出され、温暖化が進行し、気候(気温や降水)が変化していきます。将来の気候の見通しに基づいて全球水資源モデル(前回の研究ノートに説明があります)で水循環のシミュレーションをすることにより、それぞれのシナリオに対して、将来の水資源量を見通しました。この見通しは、世界の陸地を約50km四方の格子ごとに区切り、1日ごとに行いました。こうすることで川の途中で水をくみ上げる効果や雨期と乾期での流れの変化などを分析に取り入れることができます。

 このようにしてSSPの5つのシナリオに沿った水資源と水利用の包括的なコンピュータシミュレーションを行いました。その結果を「1年間を通して、使いたい時に使いたい量の水が河川から取れるか」を表す指標(前回の研究ノートに説明があります)に注意して見てみましょう。図2の左上の1枚の図は2000年頃の指標の分布を示しています。アフリカの北部からインドにかけての広い地域や中国の北部などが赤で示されており、これらの地域では使いたい時に使いたい量の水を河川から取りにくいことが分かります。この原因は、雨が少なかったり、雨期が短い期間に集中したりしていること、あるいは人口や灌漑農地が集中して水利用が大きいことが主な原因です。図2の残りの5枚の図はそれぞれのシナリオに対して、2055年頃の状況が2000年頃より改善するか(指標が大きくなると改善)、悪化するか(指標が小さくなると悪化)を示したものです。まずSSP3(分裂の世界)を見ると、アジアやアメリカを含む多くの地域が濃い赤で示されています。これは現在よりも水不足がひどく悪化し、必要な時に必要な量の水が得にくくなることを示しています。次にSSP1(持続可能な世界)を見ると、アフリカ以外のほとんどのところは白く示されています。これは、現在から水不足が悪化しないことを示しています。ここで、SSP1~SSP5の全てでアフリカの指標が悪化するのは、温暖化の影響に加え、人口や経済活動の伸びにより、水利用量の急増が避けられないことが原因です。5つのシナリオのうち、持続可能を目指すSSP1では21世紀中の水不足を現在くらいで抑えられること、それ以外では水不足が現在よりも悪化することから、温暖化と持続可能社会転換への地球規模の対応が重要だということが示唆されます。

図2 左上の1枚(a)は西暦2000年における「必要な時に必要な量の水が得られるか」を0から1の間の値で示した指標
赤が濃い(値が小さい)ほど、水不足が深刻なことを示す。残りの5枚(b~f)はSSP1~SSP5の5つのシナリオに対して2055年頃の指標が2000年の指標からどれだけ変化するかを示したもの。赤(負の値)は水逼迫が悪化することを、青(正の値)は改善することを示す。白は水逼迫が現在と変わらないことを示す。

研究2:全球水資源モデルの公開

 研究1で利用された全球水資源モデルですが、地球温暖化以外のさまざまな地球環境研究に応用できます。一方で、改良が必要な課題もたくさん残っています。世界中の研究者に利用してもらうため、また、改良を手伝ってもらうため、2013年4月より全球水資源モデルの技術情報の公開を始めました(http://h08.nies.go.jp)。公開の中心はソースコードとマニュアルです。ソースコードというのは、コンピュータソフトウェアの設計図にあたるもので、ソースコードを書き換えることにより、ソフトウェアの性能を変えたり、新しい機能を加えたりすることができます。マニュアルは全球水資源モデルの基本的な動かし方や、分析のし方などを分かりやすく解説したもので、日本語と英語で用意されています。これらの公開により、研究者なら誰でも全球水資源モデルのソースコードを自由に変えて研究できるようになりました(詳しくは利用約款をご覧ください)。

 公開に先立ち、世界全体だけでなく、特定の流域に対してもモデルが使えるよう、ソースコードの改良も行いました。現在までに、タイ、インド・バングラデシュ、トルコ、韓国などの河川での利用が始まっています。特にタイでの利用は現地の官公庁の技術者や日本の学生を含む多くの人々による開発と利用が進んでおり、2011年のタイ・チャオプラヤ川の大洪水の再現シミュレーションなどで大きな成果を挙げています。

(はなさき なおた、地球環境研究センター 気候変動リスク研究室 主任研究員)

執筆者プロフィール

花崎 直太

最近、パパになりました。毎日夕方6時前に保育園にお迎えに行くのが日課です。夕方、抱っこひもで近所を歩いていると、道行く人がいろいろと話かけてくれます。まだ言葉も話せない子供がつくってくれた地元のみなさんとのふれあいを楽しんでいます。

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