地球規模で長期の気候変動リスクにどう向き合うか
特集 地球規模で長期の気候変動リスク
江守 正多
今年の末に、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の第21回締約国会議(COP21)がフランスのパリで開催されます。ここで、2020年以降の世界の気候変動対策の新しい枠組が合意される予定です。UNFCCCでは、2010年にメキシコのカンクンで行われたCOP16において、「産業化以前からの世界平均気温の上昇を2度以内に収める観点から温室効果ガス排出量の大幅削減の必要性を認識する」こと(2度目標)が合意されています。
一方、2013年から2014年にかけて発表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次評価報告書(AR5)では、高い可能性で「2度目標」を目指すためには、今世紀末に向けて世界の二酸化炭素(CO2)排出量をほぼゼロまで削減する必要があることが示されました。これは明らかに容易な目標ではなく、世界がこのために必要な当面の削減ペースを実現する目途は立っていません。
「2度目標」のような長期目標は、科学のみによって決まるのではなく、科学的知見を参考にした上で、何らかの意味での価値判断を含む社会的な合意によって選ばれたものです。国際社会は「2度を超える気温上昇に伴う悪影響のリスクを受け入れるべきでない」という判断を行ったと見なすことができます(ここでは、ある行動にともなう悪い出来事の可能性のことを「リスク」とよびます)。同時に、この目標を目指すためには、経済コストの上昇、技術の副作用(対策に原発を使う場合、事故の可能性など)、社会の激変などによって引き起こされるリスクを受け入れる必要があるかもしれません。人類は、温暖化を放置してもリスクがあり、温暖化に対処することにもリスクが伴うという、リスクとリスクの板挟み(リスクトレードオフ)の状態にあるといえます。
こうした中で、「2度」に拘るべきではないという議論も出てきています。一方で、COP21を前にして「2度目標」を揺るがすことには大きな政治的リスクがあるという見方もあります。我々は、国際的な合意プロセスを経て掲げられている「2度」という目標を尊重し、これを直ちに見直すべきという立場をとりません。しかしながら、国際社会は常にこの目標を検討し続ける必要があると我々は考えます。
例えば、日本では、2011年の東日本大震災に伴う福島第一原発の事故をきっかけに、それまで日本社会の大部分が漠然と共有していた原子力の「安全神話」が大きな問題となりました。ここで本質的な問題は、「原子力が実は安全でなかった」ということでは必ずしもなく、人々が「原子力が安全であるとはどういうことか」を考えるのをやめてしまっていた、ということだと思います。同じ意味で、「2度目標」を「神話」にしないために、我々は「2度目標とはどういうことか」を考え続ける必要があります。
国立環境研究所 地球温暖化研究プログラム プロジェクト2「地球温暖化に関わる地球規模リスクに関する研究」の一環として、私たちは国内の多くの研究機関、大学の研究者と協力して、環境省環境研究総合推進費戦略的研究開発プロジェクト「地球規模の気候変動リスク管理戦略の構築に関する総合的研究」を、2012年からの5年計画で立ち上げました。プロジェクトの愛称をICA-RUS(Integrated Climate Assessment – Risks, Uncertainties and Society)と名付けました。ギリシャ神話のイカロスは迷宮から脱出するためにロウで固めた鳥の羽で海の上を飛ぶのですが、高く飛びすぎると羽のロウが溶け、低く飛びすぎると羽が水しぶきを浴びて重くなり、どちらにしても海に落ちてしまうというリスクトレードオフの状態にありました。同じように、人類も難しいリスクトレードオフの状況に置かれているという意味をこの名前に込めました。
本特集では、プロジェクト3年目までの研究成果の中から、「研究プログラムの紹介」で統合的な成果のまとめを、「研究ノート」でトピックスの一つとして水資源リスクの評価について紹介させて頂くとともに、CO2排出量をゼロに近づけるための鍵となるネガティブ・エミッションの考え方について「環境問題基礎知識」で解説します。
COP21を控え、各国の約束草案等の各論が活発に始まっていますが、その中にあってこそ地球規模の視点の重要性を訴えていきたいと思います。また、COP21を超えて、人類が長期的にどんな道を選ぶべきかを社会に問いかけ、社会と共に考えていきたいです。
執筆者プロフィール
ネット上で「江守正多さんは文系ですか?」という質問を見かけました。僕の出身は理系ですが、現在は文系学問に興味を持っています。気候変動の問題を突き詰めて考えると、社会学、政治学、倫理学、心理学などが必要と感じます。