太陽紫外線による健康のためのビタミンD生成と皮膚への有害性評価
-国内5地点におけるビタミンD生成・紅斑紫外線量準リアルタイム情報の提供開始-
(筑波研究学園都市記者会配付)
平成26年11月26日(水) 独立行政法人国立環境研究所 地球環境研究センター 地球環境データベース推進室長 中島英彰 同 高度技能専門員 宮内正厚 |
国立環境研究所と東京家政大学の研究チームは、日々の生活に必要なビタミンD*1を日光浴によって摂取するために必要な時間を、顔と両手の甲を露出させた条件で計算しました。その結果、成人が健康な生活を送るのに必要なビタミンDを体内で生産する*2ために必要な日光浴の時間は、冬の12月の晴天日正午の札幌、つくば、那覇について、それぞれ139分、41分、14分と見積もられました。一方、皮膚に有害な影響を及ぼし始める時間は、その約2~3倍である227分、98分、42分と見積もられました。従って、特に冬季の北日本では、健康のためには積極的に日光浴することに加え、ビタミンDの補充が必要と考えられます。本研究成果は、日本ビタミン学会の機関誌「ビタミン」に掲載されました。 またこの計算結果を踏まえ、国内5か所における日光浴推奨時間に関する情報を、11月27日(木)から研究所のウェブサイトで公開を始めました。 |
*3 厚生労働省 「平成21年度国民健康・栄養調査報告」, 2011.
1.背景
日本人の多くは、ビタミンD*1が慢性的に不足しているという報告があります*3。ビタミンD欠乏は、特に高緯度に位置し日光の弱い北欧諸国などで問題となっており、その欠乏を補うためにサプリメントの摂取が積極的に行われています。日本でも最近、乳幼児・妊婦・若年女性・寝たきり高齢者等を中心にビタミンD不足が指摘されています*4, *5。
1980年代のオゾンホール発見等オゾン層の破壊が顕在化して以来、紫外線は有害であるとの考え方が浸透し、太陽光をなるべく浴びないようにするという風潮が広まってきたことも、近年のビタミンD不足の一因と考えられます。特に女性は、紫外線がシミ・しわの原因になるなどとして、美容上の観点から紫外線を避ける傾向にあると思われます。
紫外線は過剰に浴びると人体に有害となることが知られていますが、ビタミンD生成のための紫外線量と有害と考えられる紅斑紫外線量双方の関係について実際に試算し、それぞれを評価されたことはこれまで国内ではありませんでした。そこで、本研究では紫外線によるビタミンD生成という健康に対する有効性と、皮膚に紅斑を生じさせるという有害性の双方を把握する目的で研究をすすめ、今回その双方を具体的な日光照射時間という数値で求めることを行いました。なお、この際の計算で用いられた種々の係数や数値などは、WHOの報告や、よく知られている研究成果・資料に基づくものを使用しました。
2.皮膚内でビタミンDを生成する紫外線(ビタミンD生成紫外線)と皮膚に紅斑を生じさせる紫外線(紅斑紫外線)
国立環境研究所の宮内らは、SMARTS2*6と呼ばれる放射伝達モデルをもとに、地上に到達する紫外線量を、大気中のオゾン量とエアロゾル量をもとに計算するシステムを開発し、ビタミンD生成紫外線量及び紅斑紫外線量を同時に算出することを可能にしました。これらの計算値は、図1のビタミンD生成紫外線、図2の紅斑紫外線それぞれのスペクトルに示されるように、実際に観測された値ととてもよい一致を見ました。
以上に基づき、地球上の場所、日時、その場所の上空のオゾン全量、大気の状態等を与えることによって、ビタミンD生成紫外線量及び紅斑紫外線量を算出することができます。図3に、計算で求めた2005, 2006, 2007年の札幌・つくば・那覇における晴天日、午前9時・正午・午後3時におけるビタミンD生成紫外線量と紅斑紫外線量の関係を示します。この結果から、紅斑紫外線IEryに対するビタミンD生成紫外線IVDは、ほぼ一定の割合に推移し、次の(1), (2)式の関係で表される近似的な関係が存在することがわかります。
IVD = 16.74∙IEry2 + 0.81∙IEry (IEry < 0.04 W/m2 のとき) (1)
IVD = 2.11∙IEry – 0.027 (IEry >= 0.04 W/m2 のとき) (2)
通常、UV インデックスなどの形で国民に周知されている指標は紅斑紫外線量に関する情報ですが、 (1)式・(2)式の関係を用いて、ビタミンD生成紫外線量も計算可能となり、必要なビタミンD生成に要する日光照射時間と皮膚への有害性を、容易かつ同時に推定可能となります。
3.今回の研究結果の概要
世界保健機構(WHO)は、敏感な肌を持つスキンタイプI*7の人に対して、200 J/m2の紫外線量を、最少紅斑紫外線量(MED: Minimal Erythermal Dose)として定義しています。この量(MED)以上の紫外線を浴びると、人によっては何らかの形で皮膚に直接的な影響が現れ、さらにはその蓄積によって慢性的な障害が出るとされています。本研究では、宮内ら*8の計算スキームに従い、日本人に多いスキンタイプIIIの人が、顔と両手の甲の面積に相当する600 cm2を露出させたときに、10 μgのビタミンDを晴天日に生成するのに必要な日光照射時間を求めました。表1は10 μgのビタミンDを生成するのに必要な時間、表2は皮膚に直接的な影響が出始める時間です。これらの時間はスキンタイプIIIの人に対応したもので、皮膚の色が白いスキンタイプIIの人はこの表に載せた値の0.83倍、皮膚の色が濃いスキンタイプIVの人は表の値の1.5倍を目安にする必要があります。
表の中の( )で囲んだ数値は、長すぎて現実的ではない計算値を示します。
この結果から、7月(夏季)は、10 μgのビタミンD生成に必要な日光浴時間は短く、昼間は紅斑紫外線防御が必要であることが判ります。一方12月(冬季)は、有害な紫外線量に達する危険性は那覇以外はかなり小さく、ビタミンDの生成量の確保が問題になると考えられます。特に緯度の高い札幌の冬季には、太陽紫外線の最も強い晴天日の真昼でも、10 μgのビタミンD生成に、毎日139分という長時間の日光浴が必要となることが判りました。実際には冬季の札幌は晴天日が少ないため、計算上はさらに長時間の日光浴をした方が良いことになります。ただし、顔と手の甲だけではなく、足や腕など日光に当たる部位を増やすことによって、必要な日光照射時間は短縮させることが出来ます。一方、MEDに達する時間は皮膚の露出面積には拠りませんから、冬季にはなるべく広い皮膚面積を使って太陽光を浴びるのが、ビタミンD生成のためには有効です。
もちろん、不足するビタミンDは魚やきのこなどの食物や、サプリメント摂取、日焼けサロンによっても補給可能です。いずれにしても冬季の北日本では、食物などからのビタミンD補給と併せて、積極的な日光浴が推奨されます。なお、1日に消費される以上に得られたビタミンDは体内で蓄積され、ある程度はその効果が持続することが判っています。冬季以外では表1と表2の間の範囲内の日光浴が、ビタミンD生成の観点では有効と考えられます。
これらの試算値は、これまでに報告のある推測値や仮定に基づいていますが、実際の紫外線の暴露量やその影響は、それぞれ各人の行動の仕方や服装形式、色、または個別の皮膚の感受性などによって異なります。したがってここで試算された時間は、適正日光浴の時間や有害な時間を個人別に算出しているものではありません。あくまでも、モデルケースとして試算されているものであることに注意が必要です。
4.研究所ウェブサイトからのビタミンD生成・紅斑紫外線量準リアルタイム情報の提供
健康維持のためには、より詳細な紫外線強度や日光浴時間に関する情報が望まれます。
国立環境研究所では、「有害紫外線モニタリングネットワーク」を通じて、全国15地点における紫外線観測に基づくUVインデックスを以下のウェブサイトから提供しています。
(http://db.cger.nies.go.jp/gem/ja/uv/)
これらの観測データのうち、国立環境研究所が独自にデータを取得している北海道落石岬、北海道陸別、茨城県つくば、沖縄県辺戸岬、沖縄県波照間の5地点に関して、ビタミンD生成紫外線量及び紅斑紫外線量と、10 μgのビタミンD生成に必要な時間、及びMEDに達するまでの時間を準リアルタイムに計算し、以下のウェブサイトからの提供を開始しました(図4)。
(http://db.cger.nies.go.jp/dataset/uv_vitaminD/ja/)
また、これまでにデータを取得した、2013年11月21日以降の過去のデータに関しても、検索して提供が可能なようにしております。
これらの情報の活用により、健康のための日光浴照射時間の目安となるデータの普及が期待されます。将来的には、「有害紫外線モニタリングネットワーク」で紫外線データを提供している、より多くの観測点におけるデータ提供も行っていきたいと考えています。
発表論文
宮内正厚、中島英彰、平井千津子, 「ビタミンD生成に必要な日光照射に伴う皮膚への有害性に関する推定評価」, ビタミン, 88, 349-357, 2014.
問い合わせ先
独立行政法人国立環境研究所
地球環境研究センター 地球環境データベース推進室長 中島英彰
E-mail: nakajima@nies.go.jp
(http://db.cger.nies.go.jp/dataset/uv_vitaminD/ja/)