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2012年4月27日

まずはどこから守るのか? 自然環境保全の優先度マップを作る

●特集 生物多様性● 【シリーズ重点研究プログラムの紹介 : 『生物多様性研究プログラム』 から】

竹中 明夫

 生き物は、周囲の環境と切り離されては生きていけません。エネルギーや体を作る材料を得たり、生活の場所を求めたりとさまざまな形で環境に依存するとともに、他の生き物を含めた周囲の環境に影響を与えながら生きています。たとえば日本中に分布するアカネズミが草の実や根をかじるのも、土に巣穴を掘るのも、糞をして土に栄養を供給するのも、みな環境への影響です。生き物の一員である人間も、やはり周囲の環境を利用し、環境に影響を与えながら暮らしています。その影響は、もちろんアカネズミの比ではありません。人口の増加とともに、そして生活が物質的に豊かになるとともに、人間による環境への影響は猛烈な勢いで大きくなってきました。環境汚染、温暖化など物理・化学環境を変えるとともに、直接・間接に生き物たちに影響を与え、その結果、多くの生き物や生態系が姿を消したり、その姿を変えたりしています。

 このままでは地球の自然が人間にとっても暮らしにくいものになってしまうという切迫した危機感から、1992年に作られたのが生物多様性条約(「生物の多様性に関する条約」)です。この条約の目的は、生物多様性を守ること、生物多様性を持続可能なかたちで利用していくこと、遺伝的な資源がもたらす利益を公平にわかち合うことです。生物多様性とは、長い進化の歴史を経て誕生した多様な生物が、地球の各地でそれぞれに特徴のある生態系を形成して暮らしている総体を指す言葉です。生き物たちの自然そのものと言ってもよいかもしれません。

 2010年の秋に名古屋で開かれた生物多様性条約の第10回締約国会議は、生物多様性の消失をはっきりとスピードダウンさせるという2000年からの10年間の目標を達成できなかったことを確認する場となってしまいました。その反省を踏まえながら、次の10年間のあらたな目標を設定しました。それが愛知目標です(本号の「環境問題基礎知識」p.10を参照)。2011年から5年間の計画で始まった国立環境研究所の生物多様性研究プログラムは、愛知目標の実現への貢献を目指しています。

 愛知目標の中では、自然生息地の減少を可能なかぎりゼロに近づけるとともに生息地の劣化や分断を防ぐこと、また、生物多様性・生態系サービスの維持に重要な地域を効果的に守ることが挙げられています。これらの実現のためには生き物の生息地の保全が必要です。とはいえ、人間は土地をさまざまな目的で利用します。生き物の保全を最優先にして、農地、宅地、都市などをすべて取り去るわけにはいきません。また、ある場所を保全地域に加えるとなれば、その場所の取得や管理にもコストがかかります。無制限に保全地域を設定できないのなら、保全したときの効果が大きい場所から優先的に守るのが理にかなっています。生き物の分布データに基づいて合理的な保全のデザインを提示することは、生物多様性研究プログラムの大きな目的のひとつです。まだ研究を始めて1年というところですが、現在進行中のテーマのなかから、優先的に保全する地域の見つけ方に関する研究をご紹介します。

 ある場所の自然環境を壊さないようにしてそこに暮らす生き物の生活場所を守ったり、その地域内では生き物の採取を禁止したりといった手当てをするのが保全地域です。そうした手当ての効果の表現方法のひとつに、生き物が絶滅するリスクがどれだけ低減するかに注目する方法があります。ある生き物の日本国内での分布と、それぞれの場所での個体数の変化のデ-タがあれば、その生き物が将来的に絶滅する確率を予測できます。この予測をもとに、ある場所に保全の手を加えることで、絶滅確率がどれだけ低下するかに注目しようという考え方です。多くの種類にとって日本のなかで生き延びる拠り所となっているような場所ならば、そこを守れば多くの種の絶滅の危険性を小さくできます。

 私たちは、このような観点から日本の保全優先地域を選び出す研究を進めています。日本の陸地を4,000個あまりの10キロ四方の区画に区切り、数千種類の生き物の分布データに基づいて、保護区のデザインを検討しています。日本全体での保全を考える場合、地点ごとの保全の効果をそれぞればらばらに評価するのでは不十分です。ある地点で保全した種と同じ種類をさらに別の地点で守るよりは、まだ保全の手が及んでいない別の種類が分布している場所を守ったほうが、保全される種の数が増え、トータルでの保全の効果は大きくなるはずです。こうした評価をしながら保護区を選ぶにはかなり面倒な計算が必要になりますが、いろいろと工夫を重ねています。愛知目標では、陸域の面積の17%を保全の対象とすることを掲げています。これは、10キロ四方の区間単位で考えると、約760個の区画に相当します。図1の右側の地図は、その760個をどこに設定したらよいかを、絶滅が心配される1000種以上の植物の分布データをもとに計算した結果です。分布している種の数が多いほうから単純に選んだ区画(図1、左)と比べてみると、セットでの保全効果を考えて決めた保護区(図1、右)は、より国土全体にばらけて分布しています(たとえば北海道を見ると分かりやすい)。

日本の分布図(クリックで拡大表示)
図1 日本全体を10キロ四方の区画4,000個余りに区切った地図上での、絶滅が心配される植物の分布(左)と、それに基づいて保護区とする優先順位付けをした結果(右)。どちらも、上位から760番目の区画までを示した。

 ところで、生物の詳細な分布データは、そう簡単には得られません。種類を識別できる人間が現地に行って調べる必要があります。日本は生き物が多様であると同時にそれらの分布が詳細に調べられているという点で、世界でも特異な存在ですが、それでも詳細な情報があるのは一部の生き物に限られます。また、アジアに目を向ければさらにデータは乏しくなります。限られた情報から生き物の分布を推定する手法に関する研究については、本号の研究ノート(p.8)でも紹介しています。

 国立環境研究所では、2001年からの5年間にも、生物多様性の保全に関する研究プロジェクトが行われました。その時の研究と今回のプログラムとの違いは、一言で言うと地図を描くことです。生き物たちの現状の調査結果や推定結果、外来生物などの拡大や気候変動の影響も含めた将来の予測、保全の優先地域などを、日本全体、さらにはアジア地域の地図の形にして提示することは、今回の研究プログラム全体の目標であり、特徴でもあります。今後、このニュースの紙面でも、さまざまな「地図」をプログラムの成果としてご紹介できるものと思います。

(たけなか あきお、生物・生態系環境研究センター
上級主席研究員/生物多様性研究プログラム総括)

執筆者プロフィール:

竹中明夫の顔写真

管理職業務に専念する日々を過ごしたあと、研究の現場に復帰しました。自分の手と頭を使って研究し、アクティブな同僚たちと研究の話をしながら過ごす日々がなんとも愛おしく感じられる今日このごろです。生きててよかった。

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