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2012年4月27日

湖沼での生態系機能と環境因子のリンケージ、“キチン”と診てみよう

【シリーズ先導研究プログラムの紹介 : 『流域圏生態系研究プログラム』 から】

今井 章雄

 はじめに、先導研究プログラム「流域圏の生態系機能とその健全性の評価に関する研究」(流域圏生態系PG)全体にわたる研究アプローチについてお話しします。このPGの展望は、これまで何かと曖昧であった生態系機能(生物体の再生産、物質の生産・循環・分解・蓄積など)を具体的に(数値的として)測定する、すなわち定量的に評価できる新規性の高い測定法等を開発・確立して、生態系機能や生態系サービス(生態系機能の発揮によって人間が利益を得るもの)と環境因子(生物に影響を与える要因)とのリンケージ(連動関係)を具体的に評価することです。生態系機能と生物多様性の相互関係についてもじっくり評価します。研究対象は国内の流域圏と国外の広域流域圏(メコン河等)ですが、スケールにかかわらず、“キチンと新しく測る”という共通のスタンスで臨んでいます。そもそも“生態系機能”とは、基本的には生物の関わる物理的・化学的反応であり、エネルギーや物質の現存量やフローとして定量可能なパラメータを指します。生態系機能の評価は“キチン”と定量的に捉えないと始まりません。

 本稿では、本プログラムの一つのサブテーマ「湖沼における物質循環および生態系機能と環境因子の連動関係の定量評価に関する研究」について紹介します。本研究は、湖沼において湖水柱や底泥での炭素、窒素およびリンの挙動や循環を明らかにして、微生物(藻類や細菌等)に係る生態系機能(特に生産と分解等)と環境因子との相互関係・連動関係を具体的に(数値的に)表すことを目的とします。微生物、炭素、窒素およびリンの物質収支はとても複雑な反応やフローに関わるため、反応・物質循環のメカニズムに係る頑健な情報の取得が必要です。本研究は開始されて1年に満たない状況です。すなわち、先ず“キチン”と測らなくてはなりません。

 現在、我々が取り組んでいる生態系機能に係る新規性の高い測定法・分析法について幾つか紹介しましょう。

[藻類の一次生産速度] 藻類の一次生産とは、光合成によって二酸化炭素から有機物質(藻類自身の体)を生産することです。その速度の測定法として一般的なものは炭素放射性同位体(14C)を使うものです。しかし、国内では放射性同位体の使用が困難なため、炭素安定同位体(13C)を使う方法、酸素法である明暗ビン法や安定酸素同位体法等が使われてきました。ところが、14Cを使う方法以外はとても複雑で測定時間が長いため、国内湖沼における一次生産速度のデータは海外のそれに比較すると極めて少ないのが現状です。この状況を鑑みて、我々は、藻類のクロロフィルaの生体内蛍光を利用するアクティブ蛍光法であるFRRF(fast repetition rate fluorescence)法の開発・確立を検討しています。FRRF法は放射性同位体が不要で、培養不要で、マイクロ秒単位で測定可能です。当該手法の陸水環境への応用に係る障害は、測定機器が交流電源でしか動作しないことでした。湖沼や河川でも測定できるように、バッテリーで動作するソフトとハードの改良を重ね、最近になって漸く湖沼で一次生産速度を測定できるようになりました。

 FRRF法を用いて、霞ヶ浦3地点で藻類の一次生産速度を測定しました(図1)。70cm以浅での測定は未だ困難ですが、かなりキチンとした結果が得られました。ここで興味深い点は、2011年夏に土浦入り(St.7)ではアオコが大発生したにもかかわらず、藻類の一次生産がとても低いことです。土浦入りで大発生したアオコはそこで生まれて育ったわけではないようです。

図1(クリックで拡大画像を表示)
図1 FRRF(fast repetition rate fluorescence)法による藻類一次生産量の測定。
St.3は高浜入り、St.7は土浦入り、St.9は湖心。水深70cm以浅では、機器の感度が良すぎて検出上限以上となるため測定が未だ困難。今後、感度を下げて測定する予定。

[細菌の二次生産速度] 細菌群の二次生産とは、一次生産(植物による生産、水環境では藻類生産)を利用して細菌群が自身の体を生産することです。細菌群の二次生産は、近年、溶存有機物を細菌が摂取して有機物生産を行う微生物ループの重要性が指摘されたため、大きな注目を集めています。細菌二次生産速度は、一般的には放射性同位体でラベルしたDNA合成前駆物質チミジン(3H-thymidine)の取込速度として測定されます。放射性同位体の野外での使用が困難な我が国では、細菌二次生産速度の測定は極めて難しいため、湖沼でのデータはほとんど存在しません。そこで、何とか細菌二次生産速度を定量するために、放射性同位体を用いない測定法の開発にチャレンジしています。チミジンの合成アナログであるブロモデオキシウリジン(bromodeoxyuridine, BrdU)を使い、溶菌してナイロン膜上に固定されたDNAに対して、酵素標識した抗BrdUモノクローナル抗体を結合させ、化学発光によってBrdU含量を測定するBrdU法の開発・確立を目指しています。放射性同位体を全く使わずにこの手法で測定するためには、BrdU含量が既知の細菌DNAの標準サンプルを用意しなければなりません。これがとてもとても難しい。BrdUの誘導化、安定同位体でラベルしたサンプルを液体クロマトグラフ-質量分析法(LC-MS)で定量する等の、標準サンプル中のBrdU量を非放射性的に定量する努力をコツコツと実施しています。

[アオコ藍藻類の存在量] アオコ(青粉)とは、藍藻類を主体にした水の華(湖面が呈色するほど藻類が増える)現象です。湖面が青緑の粉を撒いた筋状に分布することからアオコと名づけられました。ヒドイ時は水鳥が歩行可能な青緑色のマット状になります。生態系機能や生態系サービスの観点から考えると、湖沼におけるアオコの発現はとても重要な研究テーマです。アオコを形成する主要な藻類は藍藻類のMicrocystis aeruginosa(ミクロキスティス・エルギノーサ、以下M. aeruginosa と表記)です。この藻類の存在密度は、通常、光学顕微鏡の計数により定量します。M.aeruinosa の存在密度が低いとND(検出限界以下)と見なされるため、冬季にはあたかもM. aeruginosa がいないかのように報告され、季節的な動態を把握することが困難でした。しかし、夏季・秋季にアオコが大発生するわけですからM.aeruginosa は冬季にも当然ある程度存在しているはずです。そこで、我々は、湖水から微生物のDNAを定量的に抽出する方法を開発して、M.aeruiginosa のみを検出できる特異的なプライマーを設計して、定量PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)解析によって簡便に広いレンジで測定できる方法を開発・確立しました。1mL中に細胞が3個あれば定量できます。

当該手法を用いて、長期的に採取・凍結保存していた試料も用いて、霞ヶ浦湖心におけるM. aeruginosa の存在密度の長期的傾向を解析しました(図2)。2004年以降、M. aeruginosa の存在密度は明らかに増加傾向にあることがわかりました。

図2(クリックで拡大画像を表示)
図2 霞ヶ浦湖心におけるMicrocystis aerugiosa(ミクロキスティス・エルギノーサ)の存在密度の約10年間の変化。
rDNAはリボソーマルDNAを表し、その密度が1,000,000 copies/mL以上になるとアオコ状態と考えられる。

[有機物の分子サイズ] 湖沼において藻類は細胞外へ(湖水中へ)大量の溶存有機物(dissolved organic matter, DOM)を放出します。このDOM分解性はその分子サイズに密接に関係しています。これまでは低分子DOMの方が高分子よりも分解しやすいとされてきましたが、最近になってこの学説がひっくり返りました。現在では高分子DOMの方が分解しやすいと考えられています。DOMの分子サイズを測定する方法としては、サイズ排除クロマトグラフィー(size exclusion chromatography, SEC)が最も有力です。ところが、SECの一般的な検出器である紫外部吸光度(UV)計ではUV吸収能の低いDOM(主に高分子DOM)をキチンと捉えることができません。我々は、この問題をクリアーするために、DOMを定量的に捉えることのできる全有機炭素(TOC)検出のSECシステムを島津製作所と共同で開発しました。匹敵する分解能を持つSECシステムは現時点で国内外に存在しません。

当該SECシステムを使って、M.aeruginosa が細胞外に放出したDOMの分子サイズを測定してみました。UV計では検出されない高分子のDOMが多量に排出されていることが明らかとなりました。当該高分子はおそらくUV吸収の低い糖類と考えられます。

これまでに述べてきた測定法・分析法等を確立して、霞ヶ浦において長期的スタンスでのフィールド調査やメカニズム検証のための室内実験を行い、湖沼における生態系機能と環境因子のパズルを解いてゆきたいと考えています。新規性の高い測定法の開発は大きな困難を伴いますが、その困難をクリアーすれば未踏の大地(知見の大地)を歩くだけです。とてもワクワクしています。

(いまい あきお、地域環境研究センター
湖沼・河川環境研究室長)

執筆者プロフィール:

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人のやっていないことをやることはとても面白いです。それが物になるには発想から3~5年かかります。溜息の日々が長く続きますが、上手く行けば“フフッ、世界で私だけが知っている”と悦に入っています。50歳を越えても、敏感に限界を感じるよりも鈍感に明るい方へ歩むほうがとても楽しいです。

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