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2011年6月30日

生物多様性の保全、その実践を支える研究へ

【生物・生態系環境研究センターの紹介】

高村 典子

 地球上には多種多様な生き物が、互いに複雑な関わりを持ってくらしています。こうした生き物はみな、それらが有する遺伝子の違いにより形や性質が異なり、生産や分解というように、生態系で異なる働きをしています。私たちはまだ、それらのほんの一部を知っているにすぎませんが、このような「生き物のくらし」の総体から提供される様々な「恵み」を受け、命を繋いでいることに間違いありません。生物多様性や生態系を大切にしなければならない理由がここにあります。しかし、特にここ数十年の肥大化した人間活動が、地球上の生物多様性や生態系を著しく損ない、そのことが私たちの社会、経済そして環境の持続可能性の基盤を揺るがすことが危惧されています。

 2010年は国連が定めた史上初の「国際生物多様性年」でした。10月には生物多様性条約第10回締結国会議が名古屋市で開催され、それに向けての話題が新聞やテレビでも多く取り上げられ、生き物をめぐる現状についての社会の理解も深まってきました。会議では、生物多様性の損失を止めるために効果的かつ緊急な行動を実施するため、2020年に向けた20の新戦略計画(愛知目標)が定められました。私たちも「生物多様性って何?」「なぜ、生物多様性を守るのか?」という問いかけに応えるための研究から「生物多様性を効果的に保全するには?」という問いに応える研究へと歩みを進めたいと思います。

 生物・生態系環境研究センターでは、地球上の多種多様な生物と、それらが暮らす生態系の構造と機能に関する研究に基軸を置きながら、第3期中期計画の5年間に「生物多様性・生態系の保全の実践」を支える研究を進展させます。そのためのフレームワークは図に示す通りです。中心に課題対応型の「生物多様性重点研究プログラム」を置き、生物多様性の現状の把握と、保全策の効果を予測し評価する手法の開発を行います。一方、センタープロジェクトは、研究者が自由な発想で実施することができる提案型研究で構成し、基礎研究から人文・社会科学との連携を重視した研究を実施します。また、地域環境研究センターとの連携研究プログラムに参画し、アジア流域圏での生態系機能の定量化の研究を通して、最適な生態系の保全・再生の方法を探ります。

フレームワークの図(クリックで拡大画像がポップアップします)
図 生物・生態系環境研究センターがこれからの5年間で推進する研究のフレームワーク

 環境研究の基盤としては、長期モニタリングや生物資源の保存・提供事業を継続します。生態系の現象解明には長期にわたるモニタリングが不可欠です。湖沼モニタリングは、研究所設立直後からすでに30年以上継続している長期モニタリングです。人為による湖沼生態系への影響評価を霞ヶ浦で、逆に、人為の影響が極めて少ない湖沼での化学物質等の越境汚染の評価などを摩周湖で継続することで、学際的な湖沼研究の中核としての役割を維持し、GEMS/Water(地球環境監視システム/陸水監視部門)やLTER(長期生態系研究)などの国際ネットワークへの情報提供にも貢献します。GMO(遺伝子操作生物)モニタリングでは、遺伝子組み換えセイヨウアブラナの野生化や分布拡大を防ぐための監視に関わる研究を継続します。生物資源の収集・保存・提供事業では、赤潮やアオコなど環境問題と深くかかわる微細藻類や、絶滅の危機に瀕する野生動物の培養体細胞・生殖細胞の長期保存を行います。さらに、今後、利用のニーズが増えると考えられる生物多様性研究に係る情報の整備を進めます。センターのプロジェクト研究と研究基盤事業は、双方向での連携を強化するとともに、おのおのが国内外の研究機関や国際的なネットワークと連携をとりながら、切磋琢磨していきたいと考えています。

 大震災と原発事故を受け、改めて「科学・技術の成果に大きく依存した社会」に生きていることを実感しました。私たちの築き上げてきた物質的に豊かな社会は、予測しきれない自然の振る舞いの前では極めて脆かったのですが、私たちが安心して暮らすには、そうした予測のむずかしさを前提に、なお科学・技術を上手に使っていくしかないように思われます。そうした社会における専門家の役割は、予測の不確実さの提示も含め、正しい情報を迅速に国民に発信することに尽きます。「どのように、生物多様性を保全していくのか」についても、研究成果の発信をとおして、社会との対話を怠ることがないように心掛けたいと思っています。

(たかむら のりこ、生物・生態系環境研究センター長)

執筆者プロフィール:

筆者の高村典子の顔写真

生態学の研究者は自分の研究材料に似てくる、というまことしやかな噂があります。そういえば、私の知る植物屋さん、物腰は柔らかだが根が生えているように自分を変えない。さすれば、プランクトンが研究材料の私は、波間を漂いながらも素早く適応する能力がある?

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