ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方
2026年2月20日

共同発表機関のロゴ
河川起源物質が沿岸酸性化を広域で緩和
— 北西太平洋における日本の河川水影響範囲を初めて定量化。沿岸酸性化の評価精度向上に期待 —

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、農林記者会、農政クラブ、水産庁記者クラブ同時配付)

令和8年2月20日(金)
国立研究開発法人国立環境研究所
国立研究開発法人水産研究・教育機構

 国立環境研究所 地球システム領域の所 立樹 特別研究員らの研究チームは、日本沿岸を含む北西太平洋(20–50°N, 120–160°E)において、日本の河川水が北西太平洋の広い範囲にどのような影響を与えているかを20年間にわたる貨物船や観測船による観測データを用いて明らかにしました。その結果、河川水の影響は沿岸に限らず、平均で約250km、黒潮が大きく蛇行した時期には約350km先の沖合まで広がることが分かりました。また、河川水に含まれるミネラル分が「天然の緩衝材」として機能し、酸性化の進行を本来の約7割まで和らげていたことも初めて定量的に示しました。一方で、河川水中の有機物分解による二酸化炭素(CO2)放出の効果と、海水に比べて低い水温と「天然の緩衝材」等によってCO2が吸収しやすくなる効果がほぼつり合っていることも確認されました。これらの成果は、陸と海のつながりが沿岸の環境変化に及ぼす影響を理解する上で重要な知見となります。
 本研究の成果は 2025 年 12 月 8 日付で欧州地球科学連合の発行する学術誌『Biogeosciences』に掲載されました。

1. 発表のポイント

 河川から海へ流れ込む水(河川水)には、岩石の風化などによって生じたミネラル成分が多く含まれており、海水のアルカリ度(TA注1)と呼ばれる指標に影響を与えることで海洋酸性化の進行を左右します。また、河川水に含まれる陸起源の有機物も微生物等の活動で分解されて溶存無機炭素(DIC注1)等に変化することで、沿岸域の炭素循環や海洋酸性化に大きな影響を与えています。世界全体で河川から海に供給される炭素量は、海洋が大気から吸収する CO2の 約3分の1に相当すると考えられており、地球環境を理解する上で河川と海洋のつながりを把握することは欠かせません。しかし、日本沿岸を含む北西太平洋では、黒潮や親潮といった強い海流に加えて、季節的な降雨・蒸発、台風などの要因が複雑に重なるため、河川水が海洋のどこまで広がり、炭素循環や海洋酸性化にどの程度影響を及ぼしているのかについて、従来の手法で評価することが困難でした。そこで本研究では、降雨や蒸発の影響を受けにくく、河川水の影響を直接反映できるとされる「塩分正規化アルカリ度(nTA)注2」を指標として採用しました。さらに、「塩分正規化溶存無機炭素(nDIC)注2」も採用して20年間にわたる日本の貨物船や観測船が取得した膨大な海洋表層観測データを解析することで、河川水が大気と海洋の間でのCO2交換や海洋酸性化(pH・アラゴナイト飽和度 Ωarg注3)にどのように寄与しているかを初めて定量的に評価しました。

2. 研究手法

 本研究では、国立環境研究所が大気・海洋CO2観測を実施している貨物船(PYXIS、NEW CENTURY 2、TRANS FUTURE 5 等)や観測船(若鷹丸、蒼鷹丸、凌風丸 等)によって2000〜2019 年に得られた数十万点の海洋表層観測データを統合し、このデータセットをもとに統計的な解析を行い、河川水に特有のシグナルを抽出することで河川水影響域を推定しました。さらに、表層海水中の CO2フガシティー(fCO2注4、アラゴナイト飽和度(Ωarg)について、河川水影響域と周辺海域との差(偏差)を算出することで、河川水が大気海洋間CO2交換や沿岸酸性化に対してどのような役割を果たしているか総合的に解析しました。

3. 研究結果と考察

 解析の結果、日本沿岸に流れ込む河川水の影響は、沿岸域のごく狭い範囲に留まるのではなく、平均して沿岸から約250kmにまで広がることが示されました(図1a, b)。また、2017 年以降に発生した黒潮大蛇行時には、この影響範囲が最大約350kmにまで拡大しており、黒潮流路の変動が河川影響域の範囲を規定している可能性が示唆されました。

図1.経験的直交関数 (EOF) 解析による河川水影響域の推定注5
(a):対象海域におけるnTAの時間変動パターン強度と陸からの距離の関係。点線は強度の減衰率が変化する距離を示しており、これを河川水影響域と推定した。(b):河川水影響域(エリアA)と比較のための周辺海域(エリアB)。曲線は通常時の黒潮の流路。

 そこで次に、fCO2偏差(河川水影響域と周辺海域のfCO2の差)の推移を評価することで、河川影響域の大気-海洋間CO2交換がどのように変化しているか調べました(図2a)。これまでの知見では、河川水は有機物を海洋に供給し、それが分解されることでDICを増加させ、結果として大気へのCO2放出を促進させる、とされてきました。しかし、本研究では、fCO2偏差はわずかに負の値を示しており、河川水の供給が必ずしも河川影響域のCO2放出に寄与していないことを見出しました。このことは、日本の河川影響域では、有機物分解によってCO2放出が促される一方で、河川水の水温が海水よりも低いことや、高いnTAを持つことでCO2吸収を促進する性質を持ち、お互いの効果が打ち消しあっていることを意味しています。
 次に、海洋酸性化の指標の一つであるアラゴナイト飽和度(Ωarg)偏差の推移を見てみると、fCO2偏差とは異なり、河川影響域は周辺海域よりΩargが低く、さらに過去20年の間に平均で0.09 ± 0.01 低下(酸性化)したことが分かりました(図2b)。これは、河川水流入による海水温の低下と有機物分解等によるDICの供給により、河川影響域の方が周辺海域に比べてΩargが低下して酸性化がより進行したためです。一方,河川水が供給するnTAによって、平均で酸性化を71%に緩和していたことが示唆されました。

図2.fCO2と酸性化指標(Ωarg)における偏差の時間変動注5
(a):fCO2偏差の年々変動。棒グラフの各色は海面水温(SST, 青)、海面塩分(SSS, 橙)、nTA(黄), nDIC(紫)の効果を、赤線が各効果の総和を表している。負の値は海洋によるCO2吸収が増加する傾向を示す。河川水による高nDICの効果は低水温化と高nTA化、低塩分化の効果とほぼ釣り合っていた。(b):Ωarg偏差の年々変動.負の値は酸性化の進行を示す。nDICとSST、SSSの効果により酸性化が進行していたが、nTAの効果によってある程度緩和していた。

4. まとめと今後の展望

 本成果は、長期にわたる船舶観測によって、河川水が日本近海の広範囲において、海洋酸性化を緩和する「緩衝機能」を持つことを初めて定量的に評価し、陸海相互作用の新たな知見を提示するなど、複雑な海域における炭素循環の実態を包括的に捉えた意義深い研究といえます。
 今後は、全球規模での河川水評価や物理モデルとの統合解析を進めることによって、沿岸域における海洋酸性化の将来予測や、全球炭素収支評価の精度向上が期待されます。また、降水量や土地利用、ダム運用といった自然・社会活動の変化が、河川水の水質変化を通して炭素循環や海洋酸性化にどのように影響するかを評価する包括的な研究の進展が期待されます。

5. 注釈

注1:アルカリ度(TA)は、海水がどれだけ酸を中和できるかを示す化学的な指標で、陸上の鉱物が雨や河川水によってゆっくりと風化する過程で生じたミネラル成分が河川を通じて海に運ばれることで高まる。また、溶存無機炭素(DIC)は、海水中に溶けているCO2や炭酸イオンなどの総量を指し、河川水に含まれる有機物が海で分解されると増加するため、海洋の酸性化に影響を及ぼす重要な指標となる。

注2:塩分正規化アルカリ度(nTA)は、塩分35で規格化したTAで、降雨や蒸発などによる希釈・濃縮の影響を取り除くことができるため、河川水がどれだけ海水に混ざったかを直接反映する指標になる。また塩分正規化溶存無機炭素(nDIC)も同様に塩分35で規格化したDICである。

注3:アラゴナイト飽和度 Ωargは、サンゴや貝類が殻や骨格をつくるために必要な「炭酸カルシウム(アラゴナイト)」が海中でどれだけ安定に存在できるかを表す指標である。低い値は海洋酸性化の進行によりアラゴナイトが溶けやすくサンゴや貝類の成長・生存に悪影響を及ぼすことを意味しており、逆に高い値は生物のアラゴナイト形成を行いやすくする。特に沿岸生態系への影響を評価する際に広く使われている。

注4: CO2フガシティー(fCO2)は、海水中のCO2が大気へ放出・吸収されやすい度合いを示す指標で、水温や塩分、溶存無機炭素(DIC)、アルカリ度(TA)等によって変化する。

注5:図は発表論文から引用した(一部改変)。

6. 研究助成

本研究は、環境省・地球環境保全試験研究費(環1751、環2252)と科学技術推進機構(JST)による戦略的創造研究推進事業(CREST、No. JP-MJCR23J4)の研究助成を受けています。

7. 発表論文

【タイトル】
Assessing the impact of riverine water on the Northwest Pacific using normalized Total Alkalinity
【著者】
Tatsuki Tokoro, Shin-Ichiro Nakaoka, Shintaro Takao, Shu Saito, Daisuke Sasano, Kazutaka Enyo, Masao Ishii, Naohiro Kosugi, Tsuneo Ono, Kazuaki Tadokoro, Yukihiro Nojiri
【掲載誌】Biogeosciences, 22, 7709–7724, 2025
【URL】https://bg.copernicus.org/articles/22/7709/2025/(外部サイトに接続します)
【DOI】10.5194/bg-22-7709-2025(外部サイトに接続します)

8. 発表者

本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立環境研究所
地球システム領域大気・海洋モニタリング推進室
特別研究員 所 立樹
主任研究員 中岡 慎一郎

9. 問合せ先

【研究に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 地球システム領域
大気・海洋モニタリング推進室 主任研究員 中岡慎一郎

【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)