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2025年7月31日

国環研のロゴ
学際的研究が示す
日本から台湾への天然記念物オカヤドカリ密輸出の可能性

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)

2025年7月31日(木)
国立研究開発法人国立環境研究所

 本研究は、国の天然記念物に指定されているムラサキオカヤドカリ(Coenobita purpureus)について、台湾における需要と市場価値の高まりに対して十分とは言えない法的規制が、日本からの密輸出を引き起こしている可能性を示しました。
 本研究は学際的手法と包括的なデータ分析を通じて、実践的な政策を提言します。国際社会における政策決定者に対し、より強固な連携と対策の強化を促すことで、世界的な野生生物取引の課題解決と保全を促進することが求められます。
 本研究は2025年7月9日にWiley社から刊行された学術誌『People and Nature』に掲載されました。

ムラサキオカヤドカリの潜在的密輸ルートを示した図
図 1 ムラサキオカヤドカリの潜在的密輸ルート
本研究結果より示唆される潜在的密輸ルート:台湾と中国の販売業者の証言により示された密輸ルート(青色矢印)、報道によって明らかになった密輸ルート(赤色矢印)、沖縄の住民の証言で示された本州における中国のバイヤーによる需要(紫色矢印)、研究結果により推測される密輸ルート(灰色矢印)
国指定天然記念物のムラサキオカヤドカリの写真
図 2 国指定天然記念物のムラサキオカヤドカリ
ムラサキオカヤドカリは日本では南西諸島と小笠原諸島に分布するオカヤドカリで、国の天然記念物に指定されており、許可のない捕獲は禁止されている。

1. 研究の背景と目的

日本の南西諸島は生物多様性が豊かで、多くの固有種や絶滅危惧種が生息しています。近年、これらの島々に由来する多数の種が国内外のペット市場に登場していますが1、同時に希少種や天然記念物の密猟や不法所持の事例が多数報告されています2-4
特に天然記念物であるオカヤドカリは許可を受けた一部の事業者のみが捕獲などを行うことが認められている状況にもかかわらず、近年外国人による密猟や密輸出の事例が増加しており、これに対する対策の強化が求められています。一方、台湾ではオカヤドカリの一種であるムラサキオカヤドカリがペットとして人気を博しています。ただし、この種は主に北西太平洋、特に日本の沖縄や奄美などの島々に分布する種であり、台湾では2017年にはじめて野生個体の生息が学術誌に記載されたにすぎません5。それにもかかわらず、近年では台湾での個体の流通や飼育の報告が増加しており、日本からの密輸出がこの一因ではないかとの懸念が高まっています。

2. 研究内容と成果

本研究では、台湾におけるこの奇妙な状況を理解するため、経済・生態・法制度の三つの視点からなる学際的研究を実施するとともに、台湾・日本・中国の国際連携を通じ、ムラサキオカヤドカリが日本から台湾へ密輸される際のルートの特定を試みました。

3. 研究結果と考察

本研究では、近年オンライン市場において本種の需要と価格が上昇していることを明らかにしました。価格は体色や販売プラットフォームなど複数の要因に左右され、特に台湾での生息を示す学術誌への新たな記載が報告された後に顕著な上昇が見られました。これは、学術的な記載が意図せず当該種を含む希少な野生動植物のペット市場を活性化させてしまうことを示唆しています。

また、ムラサキオカヤドカリの分布確認を目的とする生態調査の結果は、台湾におけるムラサキオカヤドカリの野生個体群の密度が相対的に低いことを示しました6。このことはオンラインで取引されている多くの個体が台湾で野生採集されたものではない可能性が高いことを示しています。さらに、野外で観察された個体はオンラインで販売されている個体よりも小さい傾向を踏まえると、オンライン販売されている個体の多くは台湾以外の国から持ち込まれた個体であることが示唆されます。
加えて、台湾における現行の法制度では、野生個体の採取および日本や周辺国からの密輸の両方を十分に規制することができないことも分かりました。このように市場での高い需要、限られた個体群密度、そして不十分な規制が相まって、ムラサキオカヤドカリの違法取引の機会増加につながっていると考えられます。

4. 研究成果の意義と今後の展望

一部のオンライン販売業者は、自身の販売するムラサキオカヤドカリが中国からの電子商取引を通じて入手されたものであると公言しており、これは2023年および2025年の中国籍の人物による沖縄・奄美大島からの密輸未遂事例と一致しています。さらに最近では、台湾籍の人物が宮古島からムラサキオカヤドカリを直接密輸しようとして摘発される事例もあり、日本から台湾への新たな密輸ルートが明らかになっています6
このような密輸事例が急速に拡大する中、本研究の知見は、台湾および日本の当局が連携し、天然記念物や希少な野生生物を含む、野生生物の密輸に対する監視と取締りの強化が必要性であることを示しています。例えば、最近新たに追加された台湾と石垣島の渡航ルートでは、両国の連携や密輸に対するモニタリング強化が必要かもしれません。

本研究は、学際的手法と包括的なデータ分析を通じて、実践的な政策提言を提供しています。国際社会における政策決定者に対し、より強固な連携と対策の強化を促すことで、世界的な野生生物取引の課題解決と保全を促進することが求められます。

5. 参考リンク

[1] トラフィック・ジャパンオフィス(2018年5月)
南西諸島固有両生類・爬虫類のペット取引
https://www.wwf.or.jp/activities/data/20180523_wildlife01.pdf(外部サイトに接続します)

[2] 朝日新聞/ 沖縄タイムス(2023年4月2日)
沖縄の生物、取引の標的に 電話取材でペット業者が証言
https://www.asahi.com/articles/ASR4162ZMR41DIFI00B.html(外部サイトに接続します)

[3] 読売新聞(2025年5月23日)
国の天然記念物・オカヤドカリ5200匹「奄美大島で1週間かけ捕獲した」…無許可所持容疑の中国籍3人
https://www.yomiuri.co.jp/local/kyushu/news/20250523-OYTNT50073/(外部サイトに接続します)

[4]沖縄タイムス(2025年4⽉2⽇)
天然記念物オカヤドカリ998匹を無許可で所持か 台湾籍の男2⼈を逮捕 紫⾊は中国で⼈気、1匹2万円で取引も
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1556416(外部サイトに接続します)

[5] Hsu, C. H., & Soong, K. (2017). Has the land hermit crab Coenobita purpureus settled in Taiwan?. Crustaceana, 90(1), 111-118.
https://www.jstor.org/stable/44251556(外部サイトに接続します)

[6] Hsu, C. H., Liang, Y. B., Li, J. J., & Liu, C. C. (2019). Ecological information of land hermit crabs (Crustacea: Decapoda: Anomura: Coenobitidae) and new record in Dongsha Atoll National Park, Taiwan. Taiwania, 64(3), 299-306.
https://taiwania.ntu.edu.tw/abstract/1627/l(外部サイトに接続します)

6. 発表論文

【タイトル】
Exploring Interdisciplinary Aspects for Conservation Management: The Case of Land Hermit Crab Wildlife Trade in Taiwan (保全管理にむけた学際的な側面の探求:台湾のオカヤドカリ取引を事例に)

【著者】
Chia-Hsun Hsu*, Yuan-Mou Chang, Shi-Sheng Liu, Tzu-Pi Chen, Sin-Tung Choi, Takahiro Kubo*
* 国立環境研究所・生物多様性領域

【掲載誌】People and Nature
【URL】https://besjournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/pan3.70091(外部サイトに接続します)
【DOI】10.1002/pan3.70091(外部サイトに接続します)

7. 発表者

本報道発表の発表者は以下のとおりです。

国立環境研究所
生物多様性領域 生物多様性保全計画研究室
主任研究員 久保 雄広
特別研究員 HSU Chia-Hsuan

8. 問合せ先

【研究に関する問合せ】
国立環境研究所
生物多様性領域 生物多様性保全計画研究室
主任研究員 久保 雄広

【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)