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2018年6月29日

分光リモートセンシングによる温室効果ガス観測の高精度化への挑戦

Summary

 いぶきで得られた初期データの解析結果は、高精度な地上データと比較すると、4%ほど値がズレていました。分光リモートセンシングのデータは大きい場合10%ぐらい誤差があるのが普通なので、分光リモートセンシングの精度としては悪くありません。しかし、科学的利用のためには高精度化が必要です。これがさらなる苦難と挑戦の始まりでした。

いぶきの初期データの解析結果

 いぶきの観測スペクトルの最初の解析は、初期校正検証観測運用期間中に、環境研究総合推進費課題B-2「温室効果ガス観測衛星データの解析手法高度化と利用に関する研究」(2004~2006年度)の研究成果をもとにした解析アルゴリズムを用いて実施されました。この最初の推定結果には、二酸化炭素カラム平均濃度(二酸化炭素カラム量と乾燥空気カラム量の比、XCO2)に15ppm(ppm=100万分の1)程度の負の系統的なズレ(バイアス)が見られました。

 実観測データに対応した各種パラメータの調整や、解析アルゴリズム中の不具合修正などを行い、2010年2月にいぶきの温室効果ガス濃度データが一般に公開されました(バージョン0)。さらに、アルゴリズムの改良および参照値改訂と検証を繰り返すことにより、サハラ砂漠周辺など、エアロゾルの影響が大きいと思われる地域において見られた、明らかに異常値である温室効果ガス濃度データの数は急激に減少しました。検証結果により、XCO2の場合9ppm程度の負のバイアスと4ppm程度の誤差(ばらつき)になりました。この結果、プロジェクトとしての目標を達成することができました。そして、バージョン1として2010年8月に一般公開されました。しかしこの精度は、2ppm程度のXCO2の経年変化が有意に検出できない精度であり、インバースモデル解析による温室効果ガス収支(フラックス)を含む科学的利用に活用されるには不十分であったため、さらに精度を上げる必要がありました。

高精度化への挑戦

 いぶき観測データの解析から得られた温室効果ガス濃度のさらなる高精度化を目的として、環境研究総合推進費課題2A-1102「『いぶき』観測データ解析により得られた温室効果ガス濃度の高精度化に関する研究」(2011~2013年度)を開始しました。具体的には、長期間の検証データを取得し、それらを用いた継続的な検証を行ってXCO2などの季節変動や経年変動について評価し、また地上設置高分解能FTSによる観測と同時に地上のライダー(Light Detection and Ranging:レーザー光を大気に照射し、戻ってきた光を観測する)や放射計を用いて巻雲・エアロゾル光学特性を取得し、いぶきの温室効果ガス濃度データとの相関解析などを行いました。並行して感度解析により解析アルゴリズムの改良と初期値・参照値の改訂の検討を行いました。これらの結果を解析アルゴリズムの改良と初期値・参照値の改訂などに反映させ、いぶき観測データの解析により得られた温室効果ガス濃度の高精度化を行うものでした。目標として、二酸化炭素の場合2ppm程度のバイアス、2ppmの誤差と、本課題開始時の半減を目標にしました。

高精度化成功!

 バージョン1からのアルゴリズム改良項目として、エアロゾル高度分布の扱いの変更、TANSO(Thermal And Near-infrared Sensor for carbon Observation)-FTSバンド1輝度オフセット項を導入しました。初期値・参照値の改良項目として、太陽照度データベース、エアロゾル光学特性、分光パラメータ、TANSO-FTS感度劣化特性を改訂しました。

 並行して、図7に示すように、重点検証観測として、地上に設置した高分解能FTS・ライダー・放射計(地上に届く日射を観測する)の3つの機器による観測を行い、巻雲やエアロゾルの光学的特性について推定しました。つくばで得られたこれらの地上観測の結果と、「いぶき」の温室効果ガス濃度データとの比較を行いました。バージョン1による解析アルゴリズムを用いて推定したつくばのいぶきデータは、TCCONデータに対してXCO2の-10.99±3.83ppm(バイアス±誤差)と負のバイアスとなりました。このとき、地表面から層厚2kmのエアロゾル層を仮定し、エアロゾルの光学的厚さのみを同時推定していました。また、事前に雲が含まれる事例は除外しているため対象には雲は存在しないと仮定し、加えて誤差の大きい太陽照度データベースを用いているなど、バイアスが大きくなる要因が残っていました。これらが検証結果にどのように影響しているか調査するために、いぶきデータとTCCONデータのバイアスとライダーおよび放射計データとの関係を確認した結果、有意な相関があることが分かりました。つまりライダーによる巻雲やエアロゾルの高度分布や放射計による観測結果を用いることで、バイアスが改善する可能性が示唆されたのです。しかしながら、いぶきは全球観測を行うため、定点観測であるライダーおよび放射計データをすべてのいぶきデータに活用することはできません。そこで、大気中のエアロゾルの分布を計算するエアロゾル輸送モデルSPRINTARSの計算結果を利用しました。さらに、より誤差の小さい太陽照度データベースを用いた結果、XCO2で+0.17±1.49ppmとバイアスがほとんどなくなる結果を得ることができました。この結果をもとに解析アルゴリズムが改善されて、バージョン2として公開されました。

重点検証観測の概念図
図7 重点検証観測の概念図
重点検証観測には、TCCONに準拠した観測を行う地上設置高分解能FTSに加えてライダーや放射計を設置し、いぶきと同時観測を行いました。地上設置高分解能FTSでいぶきと同じ温室効果ガス濃度を取得し、ライダーや放射計により巻雲(大気上空の高いところに存在する薄い雲)・エアロゾル(大気中の微粒子)光学特性を取得しました。

 現在公開されているいぶきデータはバージョン2(バージョン02.72)です。TCCONデータを用いた検証結果を図8に示します。このデータが数値モデルを利用して計算された温室効果ガス排出量の推定、都市や森林火災などによって発生した二酸化炭素やメタンがどのように輸送されるかに関しての研究に利用されるようになりました。

TCCONデータを用いた検証結果
図8 TCCONデータを用いた検証結果
縦軸「いぶき」によるXCO2、横軸TCCONによるXCO2。「いぶき」データはバージョン2(Ver.02.72)で、各TCCON地点を中心に緯度経度±2度の正方形内のいぶきデータと一致したデータを使用しました。比較の期間は2013年1月~2014年5月です。陸域の「いぶき」データはバイアスがほとんどゼロで、海域は-2ppm程度で、海陸ともに2ppm程度の誤差です。

 本内容は、環境研究総合推進費課題2A-1102「『いぶき』観測データ解析により得られた温室効果ガス濃度の高精度化に関する研究」の成果の一部をまとめたもので、国立環境研究所を中心とする研究チームの奮闘を書いたものです。いぶきデータの高精度化は、国内外の研究者と協力し、また時には競争して、実現できました。

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