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2025年1月7日

国立環境研究所のロゴ
微生物のガスで性能アップ!
メタン発酵リアクターの開発に成功
—死滅レベルの高濃度硫化水素を含む廃水からも
エネルギー回収可能に—

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、経済産業記者会、経産省ペンクラブ同時配付)

2025年1月7日(火)
国立研究開発法人国立環境研究所

 

 国立環境研究所地域環境保全領域の小野寺崇主任研究員らの研究チーム(以下「当研究チーム」という。)は、微生物反応を阻害する硫化水素を高濃度に含む有機性廃水から、メタンガスを回収する新しいメタン発酵リアクター(以下「リアクター」という。)を開発しました。このリアクターは、嫌気性微生物が生成するバイオガスを活用して、廃水中から硫化水素を除去することを可能としました。
 研究チームは、このリアクターを用いた処理試験を実施し、微生物が死滅するレベルの高濃度硫化水素を含む廃水を処理しました(最大硫化水素濃度:6000 mg S/L)。その結果、バイオガスストリッピングによる効率的な硫化水素除去に成功し、廃水中の硫化水素の濃度を大幅に低減することで、90%以上の高い有機物除去率と、安定したメタンガス回収を実現しました。
 この成果により、従来はメタン発酵技術の適用が難しかった廃水の低コスト処理とエネルギー回収が実現可能となることが期待されます。また、本技術は国内および国際特許を取得しており、今後の実証試験を通じて国内外への技術展開が期待されます。
 本研究の成果は、2024年12月1日付でIWA(国際水協会)から刊行される学術誌『Water Science and Technology』に掲載されました。

1. 研究開発の背景と目的

 メタン発酵による廃水処理は、廃水中の有機物を分解してメタンガスとして回収できるため、世界中で注目されています。しかし、メタン発酵プロセスを担う嫌気性微生物注1)は反応が不安定で、阻害物を多く含む廃水の処理が難しいという課題があります。この課題を解決するためには、嫌気性微生物の活性を低下させる阻害物を除去する必要があり、これを可能とすることで、様々な廃水にメタン発酵処理を適用し、メタンガスをより多く回収できる可能性があります。
 阻害物の一つに、廃水中に含まれる硫化水素注2)があります。そこで、当研究チームは、バイオガスを利用したストリッピング注3)によって硫化水素を除去する方法を考案しました。
バイオガスストリッピングによる硫化水素除去は、薬品を使用しないというメリットがありますが、バイオガスを廃水に導入する際には廃水にガスを送り込むためのばっ気の工程を必要とし、これにコストがかかるというデメリットがあります。そこで、当研究チームでは、ばっ気装置を必要としない新たなバイオリアクターを世界で初めて開発することに成功しました(特許取得)注4)
 今後、本技術を実際の廃水処理に適用させていくためには、許容可能な硫化水素濃度を調べることや、処理効率が重要となります。本研究では、阻害が顕著に起きるとされる濃度である500 mg S/Lを超えて、微生物が死滅注5)するレベルの3000〜6000 mg S/L注6)の硫化水素を含む高濃度模擬廃水を作成し、バイオリアクターによる処理試験を行って性能評価を実施しました。

2. 開発したバイオリアクターの概要

本技術の概要

 本バイオリアクターは、従来のメタン発酵リアクターとは異なる特徴を持っています。従来のリアクターは、酸生成とメタン生成反応を同一槽で行う一相式(single phase)(図1の左)と、別々に行う二相式(two phase)(図1の中央)に大別できます。二相式リアクターでは、前段の酸生成相では有機物から有機酸が生成され、後段のメタン生成相ではメタンを含むバイオガスが発生します。このバイオガスを前段に導入することで硫化水素を除去できますが、ばっ気装置が必要となります。
 そこで、当研究チームは、ばっ気装置を使用せずにバイオガスを廃水中に導入する方法を考案しました(図1の右)。二相式リアクターの前段と後段を上下に連結し、その間にガスだけ通過可能な「半連結構造」とすることにしました。これは、液相部(廃水)は二相式のように分離しながら、気相部(バイオガス)は一相式のように混合したリアクターです。この構造により、下段にあるメタン生成相で発生したバイオガスが半連結構造を通って上段の酸生成相に供給されます。これにより、メタン生成と硫化物除去をそれぞれの最適なpHで管理しながら、ガスストリッピングを実現することができます(図2)。

従来技術と本技術のアイディア図
図1.従来技術と本技術のアイディア
本技術の概要図
図2.本技術の概要

リアクターの構造

 このリアクターのコンセプトには半連結構造を実現することが必要です。技術的な検討の結果、「気体式液体仕切弁」を開発しました(図3)。この仕切弁により、水は上段と下段で混合せずに分離され、バイオガスは下段で発生し、仕切弁を通過して上段に供給されます。仕切弁は上下の分離板に穴を空けて煙突状にし、その上に隙間を設けてキャップを被せた構造です。キャップ内にガスが溜まると、上段と下段の水は混合せず、下段から発生したバイオガスがキャップに貯留され、溢れたガスが上段に無動力で供給されます。
 この仕切弁を使用することで、複雑な構造や特殊な材料を使わず、外部からの動力も不要です。メタン発酵によってバイオガスが発生すると、自動的にガスストリッピングによる硫化水素の除去が進みます。この仕組みにより、メタン発酵の進行→バイオガスの生成→硫化水素の除去→メタン発酵の環境最適化→バイオガス量の増加→硫化水素の除去量の増加というメタン発酵の安定化・効率化メカニズムが期待できます。その結果、硫化水素を高濃度に含む廃水のメタン発酵処理においても、処理性能の安定化や効率化が期待されます。このリアクターは、その構造的な特徴から、内部相分離型リアクター(Internal Phase Separated Reactor: IPSR)と名付けられました。

リアクターの構造図
図3.リアクターの構造

3. 実験概要と結果

 本実験では、実験室規模のリアクターシステムを構築して、人工的に作成した模擬廃水を供給して性能試験を行いました。本運転期間中、模擬廃水の有機物濃度は高濃度(30000 mg CODCr/L)で一定に保ちました。硫化水素濃度は、運転開始後1週間は添加せず、その後3000 mg S/Lから段階的に増加させ、最終的に6000 mg S/Lに設定しました(図4A)。
 本リアクターの下段では、有機物の分解が進行し、90%以上の高い除去率を達成しました。処理水の有機物濃度が約3000 mg CODCr/L以下で安定的に推移しています(図4B)。その結果、メタンを主成分とするバイオガスが生成され、そのバイオガスが相分離部を通り上段に供給されました。
 模擬廃水の硫化物濃度を段階的に引き上げた結果、リアクターに流入する硫化物濃度は最大6000 mg S/Lまで増加しましたが、下段で生成したバイオガスが供給されることで、上段の処理水における硫化物濃度は700 mg S/L以下まで低減しました。さらに、下段の処理水では400 mg S/L以下まで低下しました(図4C)。また、バイオガス中の硫化水素濃度は200,000 ppm(20%)を超え、廃水濃度で換算すると4000~5000 mg S/Lの硫化水素が除去されました(図4D)。マスバランスでは、大幅な硫化水素除去の結果が得られました(図5)。
 以上のことから、廃水中の硫化物濃度が5000~6000 mg S/Lと高い場合でも、硫化水素を効率的に除去し、400 mg S/L以下の低濃度に維持できることが示されました。
リアクター内の微生物の解析では、高濃度の硫化物含有排水を処理するにもかかわらず、一般的なメタン発酵リアクターで検出されるMethanobacteriumMethanosaetaが優占していました。これにより、硫化水素を効率的に除去することで、有機物のメタン発酵を高効率で進行させる微生物を保持できたと考えられます。
 本実験を通じて、リアクターの上段は酸性(pH5.9以下)、下段は中性(pH7.5程度)と別々に保つことで、両反応を効率的に進めることに成功しました。また、リアクターの下段で廃水中の有機物を分解してバイオガスを生成し、気体式液体仕切弁を通じてバイオガスが上段に自動供給される仕組みが実証されました。この仕組みにより、バイオガスによるリアクターの性能アップが達成され、超高濃度の硫化水素を含む廃水でも高い処理性能を発揮できることが確認されました。

試験結果のまとめ図
図4.試験結果のまとめ。廃水中の硫化物(硫化水素)濃度を徐々に増加させました(A)。有機物濃度が低減していることからメタン発酵が順調に進んだことがうかがえます(B)。処理水の硫化水素濃度は、流入水の濃度と比較して低く維持されております(C)。ガスストリッピングによって硫化水素が除去されていることがわかります(D)。
マスバランスの結果の図
図5.マスバランスの結果。廃水中の硫化水素の多くがバイオガスによって除去されていることが示されました。残存分の割合はわずかです。なお既往研究においても未知分が含まれることが報告されております。

4. 今後の展望

本研究の成果は、超高濃度の硫化水素を含む廃水からもメタンガスとしてエネルギー回収が可能であることを示しています。今後は、国内外の民間企業との共同研究を模索しながら、実際の廃水注7)を用いた実証試験を実施することで、この技術を国内外に広く社会実装することを目指します。

5. 補足説明

注1)嫌気性微生物は、酸素などがない環境に生きる微生物のことです。メタン発酵処理技術では、これらの微生物を使って、廃水中の有機物からメタンガスを生成します。 注2)廃水には硫化水素(H2S)が含まれることがあります。また、廃水中の硫酸塩(SO42-)が微生物(硫酸還元菌)によって還元されると、硫化水素が生成されます。硫化水素(H2S)は段階的解離によってHS-, S2-になります。このため、一般的には硫化物(Sulfide)と呼ばれますが、ここでは分かりやすく硫化水素と記載しております。 注3)廃水にガスを供給することで、気液平衡によって廃水中の溶存ガス(ここでは硫化水素)をガスに分離することです。 注4)特許第6029081号、廃水処理装置及び気体式液体仕切弁、出願人:国立環境研究所、発明者:小野寺崇、珠坪一晃、水落元之(平成28年)。US Patent 10,407,329など。 注5)この硫化水素の濃度に暴露された場合には、微生物の活性が失われるとともに、リアクターの性能の回復が望めない状態となります。この場合、通常はリアクター内の微生物(汚泥)をすべて入れ替えて、再スタートする必要があります。なお、ここでいう「死滅」は、微生物学的に厳密に定義したわけではありません。 注6)ここで指す「死滅レベル」はメタン生成活性がゼロとなる濃度を指します。硫化水素とメタン生成活性の関係から、十分に硫化水素濃度が低く、阻害を受けている条件での活性を100%としたとき、500~650 mgS/Lにおいて活性が半減したことから、1000~1300 mgS/Lで活性が0%となると推定されます。実際には、3000 mgS/Lは活性ゼロになる硫化水素濃度の倍以上と考えられますが、詳細なデータがないため、ここでは単純に「死滅レベル」としています。 注7)硫酸塩や硫化物を含む排水としては、紙パルプ排水、廃糖蜜排水、クエン酸工業排水、発酵工業排水、食用油製造排水などの一部が挙げられます。排水の種類によって有機物濃度や硫酸塩・硫化物濃度は異なります。本研究では実際の廃水を用いていないため、本技術を適用する際には廃水特性に応じた設計条件や運転条件の決定に向けた調査や検討が必要となります。

6. 研究助成

本研究は科研費(JP18K04416, 24K22371)および公益財団法人鉄鋼環境基金からの助成を受けて実施いたしました。

7. 発表論文

【タイトル】
Application of an anaerobic reactor for the treatment of sulfide-rich wastewater using biogas for H2S removal
【著者】
Takashi Onodera, Yasuyuki Takemura, Masataka Aoki, Kazuaki Syutsubo
【掲載誌】Water Science and Technology 【DOI】10.2166/wst.2024.383(外部サイトに接続します)

8. 発表者

本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立環境研究所
地域環境保全領域 環境管理技術研究室
 主任研究員 小野寺 崇
 特別研究員 竹村 泰幸1)
 研究員 青木 仁孝
 副領域長 珠坪 一晃

 1)現 和歌山工業高等専門学校 環境都市工学科 講師

9. 問合せ先

【研究に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 地域環境保全領域
環境管理技術研究室 主任研究員 小野寺 崇

【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)