ハイパースペクトルカメラの利用について
【シリーズ先導研究プログラムの紹介:「先端環境計測研究プログラム」から】
松永 恒雄
環境計測研究センターの先導プロジェクトの一つとして、「先端的分光遠隔計測技術の開発に関する研究」を平成23年度から5年計画で行っています。この研究課題は能動センサ(ライダーなど)とハイパースペクトル(分光イメージング)センサに関する2つのサブテーマから構成され、次世代の衛星センサによる地球観測のための新しい計測手法とデータ解析手法に関する研究を行っています。能動センサについては国立環境研究所ニュースVol.31 No.2にサブテーマ代表者である杉本室長による解説が既に掲載されていますので、今回は筆者が担当している2つ目のサブテーマについて解説します。
2つ目のサブテーマは「分光イメージングセンサの解析手法に関する研究」です。ここでいう「分光イメージングセンサ」は「ハイパースペクトルカメラ」や「イメージングスペクトロメータ」とも呼ばれます。従来の衛星、航空機からの観測(リモートセンシングといいます。)で地表面の撮影を行っていたカメラは主に地表面で反射された太陽光を可視域の数バンド(例えば青、緑、赤の3バンド)に分けて観測するもので、「マルチスペクトルカメラ」とも呼ばれます。これに対してハイパースペクトルカメラ(以下、HSC)は可視域から短波長赤外域にかけて数十から数百バンド(波長)に分けて観測します。地球表面の物質(岩石、土壌、植物から湖水、 海水まで)はその組成等に応じた特定の波長の光を吸収する性質(分光特徴)がありますので、逆に吸収がおきた波長とその吸収の程度を調べることにより、対象の組成等を知ることができます。しかも「カメラ」ですので、そのような組成の分布を面的に把握することができます。
このような「ハイパースペクトルセンサ」の航空機版は1980~1990年代より実用化、商用化されており、様々な分野で既に利用されています。ところが衛星搭載版については2000年頃に実験センサを搭載した衛星が打上げられましたが、実用衛星はまだありません。現在、我が国では2016年度以降の打ち上げを目指して実用衛星用HSCの開発が進められています。また同様のプロジェクトが米国、ドイツ等でも進められています。
このような背景の下、本サブテーマでは環境分野におけるHSCの実利用に必要な基盤的なデータ処理技術の開発を行うとともに、その有効性を船、航空機からのハイパースペクトル観測データを用いて評価することを目的としています。特に脆弱な生態系の一つであるサンゴ礁については、サンゴの分布や白化後のサンゴの回復状況等をサンゴ及び藻類の分光特徴を用いて監視する技術の開発を重点的に進めています。また我が国の衛星搭載HSCを用いて環境監視を行う際の課題についても検討を行っています。また1つ目のサブテーマ同様、本研究の成果は我が国の地球観測衛星計画への反映が期待されています。
サンゴ礁や森林については、衛星や航空機ではなく、船舶やタワーに取り付けるHSC等の開発や、それらを用いたデータ取得等を進めています。図1は北海道大学との協力の下、森林に設置されたタワーに取り付けられたHSCの写真です。このカメラは回折格子という光学部品を使って光を波長毎に分けて観測します。また可動鏡を用いることにより地表面の観測と、基準となる太陽光の観測の切り替えもできます。またここにはHSCの他に全天カメラや分光放射計等も取り付けられています。現在このような装置を用いて森林樹冠のハイパースペクトル撮像を年間通して実施し、森林の季節変化、年変化と分光特徴の関係の研究を進めています。またサンゴ礁についてはサンゴ及び藻類の分光識別技術の開発を終え、サンゴの卵の分光特徴を実験室にて測定し、実際の沿岸域における卵の遠隔検出と種の同定に必要なデータの蓄積を進めています。
衛星搭載HSCを実際に運用するにあたって大きな問題となるのが、その膨大なデータ量です。我が国で開発中のカメラについては1日あたり700ギガバイト(DVDディスク200枚分弱)ものデータが発生します。これだけのデータを同じ衛星に搭載されたデータレコーダにいったん書き込み、その後衛星が地上局のデータ受信範囲に入ったときに一気に転送する必要があります。現状では地上への転送可能データ量が制約となり、撮影された全てのデータを送信できないこともあり得ます。その一方でせっかく撮影しデータを地上局に転送しても、雲がかかったため地表面観測としては使えないデータとなることも多々あります。そのような時には再観測、再々観測をする必要がありますが、それにより地上局に送信しなければいけないデータ量がさらに増えてしまいます。
そこで本研究では環境分野を含む様々なユーザからの観測要求、衛星搭載HSCの運用に関する技術的制約条件、過去の衛星データに基づく実際の雲分布、地上局へのデータ転送能力等を考慮し、衛星の運用期間(例:5年間)の間にどれだけの範囲の観測が成功するかを評価するシミュレーションソフトの開発と、そのソフトウェアを用いたHSCの最適運用計画の検討を進めています。図2は5年間衛星を運用した場合に、雲のない画像を何回取得できるかのシミュレーションを行った例です。これより現在想定されている衛星、カメラの仕様では、全球の陸域(水深30m以浅の浅海域も含む)の約70%を5年間に最低1回は雲のない条件で観測できることが分かりました。その一方でアラスカ、カナダ、ロシア中央北部等のように太陽高度の低い高緯度でかつ被雲率の高い領域では、5年の間何度観測しても雲のない画像の得られない部分が残ってしまうことも分かりました。実際の衛星打ち上げ後の観測計画を立案する際には、このようなシミュレーションで得られた知見を生かして、機器運用の最適化(与えられた制約条件の中で、様々な分野のユーザの要求に応え、衛星として最大の成果をあげられる運用をすること)を行う必要があります。特に環境分野では同じ領域を毎年同じ時期に繰り返し観測するケースが多いので、観測計画立案にあたっては十分な調整が必要です。
また衛星搭載HSCによって取得される画像データは膨大ですが、その中から情報を自動的かつ高速に抽出する技術の開発も、衛星搭載HSCを活用する上で非常に重要です。そのため本サブテーマにおいても、膨大な量の画像データから、特定の組成(分光特徴)を持つ領域を高速自動抽出するアルゴリズムの開発も行っています。現在我が国が保有する衛星ハイパースペクトルデータは実は地球のものではなく月のもの(宇宙航空研究開発機構の月探査機「かぐや」のデータ)なのですが、その合計7000万個にのぼるデータをテストデータとして、その中から特定の鉱物を含むデータの自動抽出実験を行いました。既に5種類程度の鉱物について、それぞれ0.01%程度以下しかないデータの自動抽出に成功しています。また今後はスペクトル情報(物性情報)に加えて空間情報(地形情報)についても、自動抽出手法の開発に取り組む予定です。
執筆者プロフィール:
国立環境研究所に来てから12年以上になりますが、中期計画毎に所属する領域、センターが変わっています(社会領域→地球C→計測C)。2016年度からの第4期中期計画ではどこに所属することになるのでしょうか。
目次
- 炭素循環を観測する
- 民間の旅客機を活用した二酸化炭素濃度の観測
- 宇宙からの温室効果ガスの高精度観測 -『いぶき』(GOSAT)プロジェクトの現状-
- 地球規模炭素循環研究におけるトップダウンアプローチ、 ボトムアップアプローチ
-
「独立行政法人国立環境研究所 公開シンポジウム2014」
『低炭素社会に向けて~温室効果ガス削減の取り組みと私たちの未来~』
開催のお知らせ - 平成25年度の地方公共団体環境研究機関等と国立環境研究所との共同研究課題について
- 「第33回地方環境研究所と国立環境研究所との協力に関する検討会」報告
- 「第29回全国環境研究所交流シンポジウム」報告
-
「国立環境研究所『災害環境研究』報告交流会」
開催報告 - 新刊紹介
- 表彰
- 人事異動
- 編集後記