炭素循環を観測する
特集 炭素循環を観測する
向井 人史
地球上にある元素の総量は有限でありますし、地球に存在したとしても実際使われる量はさらに限られることになります。極端な話をすると、炭素というものが地球上に存在しないか、もしくは炭素が地中深く潜り込んで地表にはめったに現れないというならば、現在あるような生物というものも存在しなかったということになります。地球という系での生物に必須である元素の内、主要な炭素、窒素、硫黄、酸素などの存在とその循環過程があることが生物にとって重要であります。逆に、生物が存在していることが地球の大気の構成成分量の比率を他の惑星とはまったく異なるものにしていると説いたのはガイアの理論を提唱したラブロックです。地球大気にはCO2が相対的に少なく(0.04%)、一方、O2が20%もあることが他の惑星からみると特異です。ラブロックは、その意味から大気組成を見れば生物がいるかどうか、ある程度分かるだろうと述べています。
気候変動を研究する「地球温暖化研究プログラム」は4年目にさしかかるところですが、私たちも地球大気のCO2やO2の微小な変化を読み解くことで、その生物地球化学的循環の変化を捉えようとしています。大気のCO2は地上の観測ステーションや海上を航行する船舶や航空機などを使って日本ばかりでなく広く世界各地で高精度に測られてきました〈航空機による観測は、本号の「重点研究プログラムの紹介」をご覧ください〉。同時に、O2の濃度変化も各地で測れるようになってきました。5年前からはGOSAT(和名:いぶき)というCO2とメタン(CH4)を測る衛星から、データが採られるようになってきました〈詳しくは、本号の「研究ノート」 をご覧ください〉。全てがこれで万全というわけでは決してないにせよ(すべての場所の、全ての季節のデータが採られるにはまだ至りませんが)、まさに地球の大気の、場所毎、高さ毎の変動が読み取れるような状況が近づいてきました。
温暖化研究プログラムの中の観測のためのプロジェクトでは、世界の大気中のCO2の地理的濃度分布の時間的な変化(例えば1週間~1月)を求めることにより、大気の側から地上の様子を推定するという巧妙なテクニックを使い始めています。つまりは答え(大気濃度変化)から問題(発生量)を求めていきます。この解析方法は一般的には、インバースモデリング(逆解析)法と言いますが、炭素の収支を大気濃度変化結果から決めて行くのでトップダウン的手法と称しています(同時に空の上からという意味もあると思いますが)〈詳しくは、本号の「環境問題基礎知識」をご覧ください〉。ただし、存在するデータの時間的な密度や地理的なデータ密度の制限から、実際に解析できる地理的分解能は世界を64分割したぐらいの大きさにしか対応していません。従って、それをさらに地理的に高分解能にするような研究が現在行われつつあります。
悩ましいのは、CO2を発生、吸収する物は陸上生態系、海洋、人類と大きく分けても3つのカテゴリーで存在することです。陸にはいわゆる自然生態系のようなCO2を吸収するものと人類のようなCO2を放出するものが共存しています。海洋に住む人はあまりいないとしても(船が行き来していますが)、「大気の濃度」だけを求めるものにしていると、吸収するものと放出するものの総量しか情報になっていないので、例えば仮に人為起源CO2の放出と生態系の吸収が同じ地域があったとすると、インバース解析の結果は原理的にはその地域のCO2の発生量はゼロという情報しか与えません。もし私たちが人為起源の発生量を別に与えると、その差分として生態系による吸収量が推定できます(その逆も可能です)。これでは、情報としてはあまり面白くありません。これに対して、例えば放射性炭素同位体比など人為起源炭素放出に特徴のある炭素の情報としていれると、人為起源CO2と生態系CO2を分離することが可能になってくると考えられ、アメリカなどで研究が進んできています。その他、酸素や安定同位体比などもトレーサーとしてはある程度使える可能性もあり、今後のモデリングの拡張が期待できます。
現在プロジェクトでは、地上での発生量、吸収量推定を現場観測(ボトムアップ的手法)とトップダウン的手法で求められた地域的発生吸収量推定値の比較を行いながら、それぞれの不確実性を議論し、その推定精度の向上を行うという段階にあります。残り2年でいろいろの意味で整合性のある結果が出てくれることを期待しています。
執筆者プロフィール
基本このごろはいろいろのストレス(締め切り)をどう処理するかという課題に明けくれる毎日です。正月に引いたおみくじには「仕事は自ら創るべきで、与えられるべきではない!」と書かかれていました。きっと、周りの人が、それを実行してるんだろうな。
目次
- 民間の旅客機を活用した二酸化炭素濃度の観測
- 宇宙からの温室効果ガスの高精度観測 -『いぶき』(GOSAT)プロジェクトの現状-
- 地球規模炭素循環研究におけるトップダウンアプローチ、 ボトムアップアプローチ
- ハイパースペクトルカメラの利用について
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「独立行政法人国立環境研究所 公開シンポジウム2014」
『低炭素社会に向けて~温室効果ガス削減の取り組みと私たちの未来~』
開催のお知らせ - 平成25年度の地方公共団体環境研究機関等と国立環境研究所との共同研究課題について
- 「第33回地方環境研究所と国立環境研究所との協力に関する検討会」報告
- 「第29回全国環境研究所交流シンポジウム」報告
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「国立環境研究所『災害環境研究』報告交流会」
開催報告 - 新刊紹介
- 表彰
- 人事異動
- 編集後記