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2013年12月28日

特定外来生物セイヨウオオマルハナバチの防除

【シリーズ重点研究プログラムの紹介:「生物多様性研究プログラム」から】

五箇 公一

 人為的に本来の生息地から別の地域へ移送された生物を外来生物と言います。移送された先で外来生物が繁殖することで、在来生物に対して悪影響を及ぼすことが、現在、生物多様性を脅かす要因として、世界的に問題となっています。我が国でもこれまでに様々な外来生物が持ち込まれ、大きな生態系被害が生じています。アメリカ原産のオオクチバス(ブラックバス)は、1925年に食用魚として芦ノ湖に導入されたものが、戦後のスポーツフィッシングブームによって、日本各地の湖沼に放逐され、その結果、在来魚が補食されて減少するという問題が生じています。沖縄および奄美に導入された東南アジア原産のマングースは、これらの島に生息する毒ヘビのハブを退治するために1910年という古い時代に持ち込まれました。船便で届いたたった16匹のマングースは、沖縄の森の中で定着して数を増やし、最高10,000匹以上になったと考えられています。しかし、もともと昼行性のマングースは夜行性のハブと野外で出会う確率は低く、ハブ退治の役にはあまり立ちませんでした。それどころか、ヤンバルクイナやアマミノクロウサギといった島の固有種を補食して、その数を減少させていることが明らかとなり、現在、環境省によって防除事業が進められています。

 今後、貿易の自由化の拡大に伴って、様々な外来生物が移送される確率は益々高まり、生態系被害も拡大すると考えられます。このように、外来生物によって在来生物が減少し、生物多様性が撹乱されることを防ぐために、生物多様性条約では加盟各国に外来生物による被害防止を義務づけており、2010年に名古屋市で開催された生物多様性条約第10回締約国会議COP10において採択された「愛知ターゲット(生物多様性保全のための20の目標)」のなかでも、目標9として、外来生物の管理が明記されています。

 我が国でも、2005年より外来生物法という、外来生物を管理するための法律が施行されました。この法律では、生態系に被害を及ぼしている外来生物種や、被害をもたらすおそれのある種を「特定外来生物」に指定して、それらの種を輸入すること、飼育すること、野外に逃がすこと等を禁止するとともに、すでに日本国内で定着しているものについては、行政が責任をもって防除することが義務づけられています。これまでに107種類の生物が特定外来生物に指定され規制を受けています。

 国立環境研究所では、生物多様性プログラムの一環として、外来生物の防除技術の開発に取り組んでおり、特定外来生物に指定されているオオクチバス、マングース、そして小笠原に定着しているグリーンアノール等の効果的な防除手法を他の研究機関とも共同して研究しています。その中で、特に国立環境研究所独自で新規な防除手法を探索している対象種がセイヨウオオマルハナバチです(図1)。

図1
図1 セイヨウオオマルハナバチ(左)と北海道在来のエゾオオマルハナバチ(右)(井上真紀撮影)

 セイヨウオオマルハナバチはヨーロッパ原産のハナバチの1種で、温室内で栽培されているトマト等の花粉媒介昆虫としてオランダやベルギーで人工の巣箱が大量に生産されています。この巣箱を温室においておけば、働きバチが花粉を集めに、温室内のトマトの花を訪れ、花から花に花粉を運んで授粉を助けてくれます。これによって、トマト農家さん達は、効率よくトマトの実を生産することができるのです。

 日本には1992年から本格導入されました。それまで我が国のトマト生産現場では植物成長調節剤(ホルモン剤)を一つ一つの花に噴射するという手作業によって結実させていました。この作業は大変手間がかかるとともに、ホルモン剤自体が除草剤を成分としていること、また、種無しのトマトしかできないため味が悪いという生産上のデメリットを生んでいました。それがこの外来のマルハナバチの導入によって、トマト農家さん達の省力化が進み、生産規模が拡大できたとともに、安全で高品質なトマトの生産ができるようになったのです。

 導入直後からセイヨウオオマルハナバチの需要は急成長し、年間の流通量は、4,000巣箱から現在70,000巣箱にまで増加しました。しかし、ここで生態学的問題が生じました。本種は外来生物であり、野生化した場合に、日本在来のマルハナバチ種に対して悪影響を及ぼす恐れがあったのです。その恐れは的中し、導入してからわずか数年後には北海道で野生化した巣が発見され、その後、野生個体群は北海道内の各地で分布を拡大し、在来マルハナバチと巣穴を巡る競争が生じたり、外来マルハナバチと在来マルハナバチの間で交雑が起こり、在来種の生殖を阻害したりするなどの生態影響が起こっていることが2005年までに我々の研究によって明らかになりました。

 本来ならば、在来種に甚大な被害を及ぼしているセイヨウオオマルハナバチは、すぐにでも特定外来生物に指定して使用規制しなければなりませんでした。しかし、本種は農業利用のために導入され、今やトマト生産に欠かせない農業資材だったため、簡単に規制に踏み切ることはできませんでした。そこで国立環境研究所の提案により、逃亡しないように網を張った温室のみで、環境大臣の許可のもと使用できるという制限をつけて2006年に特定外来生物に指定することになりました。この法規制によりセイヨウオオマルハナバチの野外への逃亡が遮断され、供給源を失った野外の集団もこれ以上は増加しないであろうと予測されました(図2)。

図2
図2 セイヨウオオマルハナバチ逃亡防止用の網が張られたトマト温室

 しかし、法規制を受けてから6年以上経った今でも、野外のセイヨウオオマルハナバチは減ることはなく旺盛に飛び回り、彼らの分布域ではやはり在来マルハナバチの姿は減ったままの状態が続いています。結局、供給源は断たれても、野生化した集団は、北海道の環境に適応し、増え続けていることが判明したのです。このため、北海道庁もボランティアを募って、2007年から網による捕獲作業を全道的に続けていますが、毎年の捕獲数データには大きな変化はなく、つまり捕獲による抑制効果が低いことが示されています。セイヨウオオマルハナバチは、一つの巣あたりの新女王や雄の生産量が非常に大きく、もともと種内での巣穴を巡る競争が激しい種なので、現状の捕獲努力では間引き効果しか得られない可能性が高いと考えられました。

 捕獲の効果も上がらず、北海道庁もボランティアの方々もモチベーションが低下しつつあり、このままでは防除事業そのものが立ち消えになってしまう恐れがありました。そんな状況で迎えたCOP10の年、2010年に、天皇陛下と美智子様が研究所にご訪問され、外来生物研究の説明対応をさせていただいた筆者に、陛下が一言「北海道の外来マルハナバチはどうなっていますか?対策はとれますか?」と聞かれ、思わず筆者は「これから何とかします」とお答えしてしまったのでした・・・

 お答えした以上は、何が何でもセイヨウオオマルハナバチの防除技術を開発する必要がありました。そこで、「生物多様性プログラム」の研究テーマとして本種の防除手法開発を立ち上げ、検討を進めました。そして、我々は社会性昆虫という本種の生活史特性を利用した駆除手法を開発しました。

 マルハナバチは1匹の女王が巣内に留まり、働きバチや新しい女王、雄の卵を産みます。そしてそれらが孵化して生まれた幼虫に、外で花蜜や花粉を集めてきた働きバチたちが餌を与えて世話をします。そこで、この外で働いている働きバチに特殊な殺虫剤を散布して、巣に持ち帰らせることで、巣内の幼虫たちに殺虫剤を暴露させて、その成長を阻害しようという作戦を考えだしました。新女王や雄が幼虫のうちに死んでしまえば、もう次の年には巣は作れなくなります。我々はこの新手法を「ハチの巣コロリ」と名付けました。

 もちろん殺虫剤ですから、他の生物に悪影響がないような化合物および処理方法を考えなくてはなりません。そこで、まず哺乳類や鳥類、魚類などの動物に無害な薬剤として、昆虫成長制御剤(IGR剤)を選びました。このタイプの薬剤は昆虫類の外骨殻の成分であるキチン合成を阻害し、脱皮できなくすることで死に至らしめる薬剤で、脱皮しない脊椎動物には無害です。また成虫には効かないので、効率よくハチの巣に持ち帰らせることができます。ただし、他のマルハナバチ類にもこの薬剤がかかれば影響を受けてしまうので、セイヨウオオマルハナバチだけ捕獲して散布する必要があります。そのときに大きな助けになるのが、これまでセイヨウオオマルハナバチの捕獲に携わってきたボランティアの方々です。彼らは本種を見慣れているので効率よく選択的に本種を捕獲できます。捕獲と散布の組み合せで、本種の密度を劇的に低下させることができると期待されます。

 現在、当研究室では、この薬剤防除手法の効果と在来種に対する安全性の確認を室内試験および隔離された温室内試験により進めています(図3)。環境省をはじめ、北海道庁、ボランティア団体の方々からもその成果には注目が集まっているところです。新しい手法の実践には、十分なリスク評価が必要であり、リスクコントロールが確実に可能と判断されて初めて、野外レベルでの試験に移行する予定です。

図3
図3 温室内での「ハチの巣コロリ」によるセイヨウオオマルハナバチ防除試験
餌資源として花壇を設置した温室内の網室にセイヨウオオマルハナバチと在来種クロマルハナバチの人工巣を設置して飼育する。網室内で訪花しているセイヨウオオマルハナバチの働きバチだけ一定数捕獲して、薬剤を散布して、また逃がしてやる。その後1ヶ月間、毎日巣箱から花に飛び回っている働きバチや新しい女王、雄の個体数を種別に数えて、最後は巣箱を解体して巣の成長状況を確認する。これまでに、この方法でセイヨウオオマルハナバチの巣を弱らせることができること、クロマルハナバチの巣には影響がないことが明らかとなっている。

 外来生物を持ち込むのは人間であり、外来生物自身には何の罪もありません。しかし、在来の生態系を外来生物から守るためには人間自身が責任をもって外来生物を管理する必要があります。一旦、定着してしまった外来生物を駆除するには莫大なコストと時間がかかります。なによりもまず、これ以上外来生物の持込みを増やさないことが肝要であり、我々は防除技術の開発とあわせて、水際対策の検討も開始しています。

(ごか こういち、生物・生態系環境研究センター 主席研究員)

執筆者プロフィール

五箇 公一

外来生物の研究を続けて17年。マルハナバチだけでなく、クワガタムシやカエル、トカゲ、アリなど様々な種を研究して来たが、本当の専門はダニ学でダニをこよなく愛する。CGイラストを描くのが趣味で、ダニのCGを天皇陛下と美智子様に献上したのが生涯最大の自慢。

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