「戦略的環境アセスメント」Strategic Environment Assessment
特集 メコン流域ダム貯水池の生態系機能評価
【環境問題基礎知識】
野原 精一
戦略的環境アセスメント(Strategic Environment Assessment, SEA)は、従来の環境アセスメント(Environment Impact Assessment, EIA)が行われる事業の実施段階より上位の段階にある政策や計画・プログラムを対象に、政策等の立案主体が環境への影響をあらかじめ予測評価し、その結果を政策等の意志決定に反映させていく手続きです。
SEAを行う意義は、1)政策等に関わる意志決定において環境配慮の視点を統合し、上位にある政策や計画・プログラムを対象として、その政策や計画等の内部に環境配慮を盛り込むこと、2)これまでの事業アセスメントの情報公開のタイミングが遅かったことや、複数の事業が累積した時の複合的な影響評価ができなかった限界へ対応すること、3)従来の行政システムに比べて政策や計画の策定過程における住民への説明責任を強めることになり、情報公開と情報交流により政策等の透明性を高めること、があげられます。
国際的には、持続可能な社会形成のツールとして、アメリカ、カナダに続き、EU加盟国27か国中25か国がSEA制度を導入しています。アジアでは日本、韓国、中国などのほかベトナム、香港で導入しており、フィリピン、タイで制度を創設中です。多くの国のSEAは政策、計画、プログラムの策定に環境配慮の組み込みを図る制度となっています(表1)。東南アジアに定着するにはしばらく時間が掛かりそうですが、メコン河流域の増大するダム開発にはSEAによる生物多様性や環境への影響を最小限にする検討が大切になっています。今後重大な環境影響の回避または低減を図るためにSEAは重要なツールとなっていくことでしょう
我が国では、「SEA導入ガイドライン」に基づいて、SEAによってルート、立地地点等の決定にあたり、評価結果を踏まえた環境配慮を実施することにより、重大な環境影響を回避・低減します。その後、環境影響評価法に基づく環境影響評価を行い、より詳細な計画に基づき、調査・予測・評価を実施し、環境保全措置を検討します。そのガイドラインでは、事業の位置・規模などの検討段階においてSEAの共通な手続き、評価方法などを示しています。具体的なSEAの実施については、関係各省庁などが具体的なガイドラインなどを作成し、取組を進めることが期待されます。
従来のEIAとSEAの大きな違いは、前者で行う「環境保全措置」では、事業を実施する前提で、たとえば希少な生物を保護するために他の生息地を確保するといった対応がとられるのに対して、後者で行う「環境配慮」では事業を実施しないこと(ゼロオプション)も含めた対応も可能となることです。
歴史的には、「環境影響評価法」の施行(平成11年6月)から10年が経過したことを踏まえて、環境省中央環境審議会総合政策部会環境影響評価制度専門委員会は、「環境影響評価法」の施行状況についての検討を行いました。その結果に基づいて必要な措置を講じ、平成22年2月に「今後の環境影響評価制度の在り方について」を答申しました。この答申を踏まえて、「環境影響評価法の一部を改正する法律」が、平成23年4月に公布されました。この法改正により、従来の環境アセスメントに計画段階配慮事項の検討結果を記す「配慮書手続」や環境保全措置等の結果を記す「報告書手続」等が新たに加わりました。
「配慮書手続」は重大な環境影響の回避または低減を図るため、「環境影響評価方法書」の作成の手前の手続として、対象事業に関する位置、規模等の計画の立案段階で複数案を設定し、環境の保全のために配慮すべき事項について検討します。事業の位置と規模が決まる前に幅広い選択肢について検討する「配慮書手続」における予測は、重大な環境影響の回避または低減を図るという法の趣旨を勘案して、既存資料の活用をして簡易な手法により実施します。事業の位置と規模が決まった後の詳細な検討は、従来どおり方法書以降の手続で検討します。
国名 | 制度名 | 影響評価 |
---|---|---|
日本 | SEA導入ガイドライン(2006) 環境影響評価法の一部改正(2011) |
「配慮書手続」は対象事業に関する位置、規模等の計画の立案段階で複数案を設定し、環境の保全のために配慮すべき事項について検討する |
米国 | 国家環境政策法(1969) CEQ規則(1978) |
累積的・複合的環境影響の評価を含む。 代替案の検討が行われる。 |
カナダ | 政策、計画、プログラムに関する環境アセスメントの閣議指令(1990,1999,2004改正) | 累積的・複合的環境影響の評価を含む。 代替案の検討が行われる。 |
オランダ | 環境管理法(1987,1994改正) | 計画とプログラムの特徴によりスコーピング段階で決定された幅広い社会経済面の影響評価を含む。累積的・複合的環境影響の評価を含む。代替案の検討が行われる。 |
環境テスト(1995,2002改正) | 並行してビジネス影響評価、実施可能性、執行可能性影響評価が行われる。スクリーニング段階で代替案の検討が行われる。 | |
イギリス (イングランド) |
計画及びプログラムの環境影響に関する規則(2004) | 社会経済面の影響評価は基本的に行われない。累積的・複合的環境影響の評価を含む。代替案の検討が行われる。 |
ドイツ | 環境影響評価法/戦略的環境影響評価導入のための法(2005改正法成立) | 社会経済面の影響評価は行われない。 代替案の検討が行われる。 |
フランス | 自然保護法(1976,1993改正) | プログラムに対する環境アセスメントでは、複合的環境影響の評価を含む。代替案の検討が行われる。 |
韓国 | 事前影響評価システム/環境政策基本法(1993,2005改正) | 社会経済面の影響評価を含む。 代替案の検討が行われる。 |
中国 | 中華人民共和国環境影響評価法(2003) | 用いる環境保全措置に対して、経済合理性、社会の許容等に関する論証を行う。代替案の検討は規定されていない。 |
EU | SEA指令(2001採択,2004導入期限) | 累積的・複合的環境影響の評価を含む。 代替案の検討が行われる。 |
UNECE | SEAプロトコル(2003採択,未発効) | 累積的・複合的環境影響の評価を含む。 代替案の検討が行われる。 |
執筆者プロフィール
専門は湿地生態学。連休時の赤雪調査のため尾瀬に通って15年、夏の尾瀬沼に27年、外来種コカナダモが2010年にほぼ消えて長期モニタリングもやっとひと区切り。在来種の復活を確認するのにあと20年は必要と思うが、体力の限界と自然の復活とどちらが早いか。フィールド研究者にはまず健康、次に旨い酒ですね。