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2013年12月28日

ダム開発による生態系機能の変化

特集 メコン流域ダム貯水池の生態系機能評価

越川 昌美

 ダム建設の是非は、議論が分かれる問題です。様々な関係者の利害調整の難しさに加え、影響についての知見が不足していることが、議論の決着を困難にしています。本号でご紹介するメコン川は、東南アジアの6か国を流れる国際河川です。これまでにも支流にダムが建設されていましたが、現在は本流のタイ、ラオス、カンボジアで11箇所のダム建設が計画されており、いくつもの国の利害が絡んで調整が複雑になっています。

 メコン川本流にダムが建設されると、貯水池となる土地が水没する、下流の水量が変化するといった直接的影響だけではなく、流域の生態系や人の暮らしに様々な間接的影響が及ぶことが予想されています。しかし、環境変化に伴う生態系変化については不明な点が多く、ダム推進派・反対派双方が納得する予測を示すためには、生態系に関する基礎的な知見の蓄積が必要です。

 本号では「メコン流域ダム貯水池の生態系機能評価」と題して3本の特集記事をお届けします。ダム貯水池(一般にはダム湖とも呼ばれます)の生態系機能とは、どのようなものでしょうか? 生態系機能とは、生物と環境の相互作用に伴うエネルギーや物質の移動や蓄積を指す用語です。さらに、生態系機能のうち、人間がその恩恵に浴しているものが生態系サービスと呼ばれます。本号でご紹介する研究では、ダム貯水池の水質や光環境に応じて藻類が光合成すること、藻類等を出発点とする食物網を介して魚が生育することを生態系機能、食用になる淡水魚が生育することを生態系サービスと呼んでいます。

 1本目の特集記事であるシリーズ先導研究プログラム(p.3-5)では魚類生産を支える食物網を解析する試みをご紹介します。ダム貯水池で採取した魚を分析すると、比較的単純なピラミッド型の食物網によって魚が生育していることがわかりました。他方、自然湖沼であるトンレサップ湖で採集した魚を分析した結果、起源が異なる餌を出発点とした複雑な食物網によって多様な魚が生育していることが明らかになりました。一般に複雑な食物網を持つ生物群集は安定していると考えられることから、著者は、貯水池に見られた比較的単純な食物網が、自然湖沼の複雑な食物網と比較して、環境変化に弱いかもしれないと類推しています。

 2本目の特集記事である研究ノート(p.6-7)では食物網の出発点である藻類の一次生産に注目して生態系機能を評価する研究をご紹介します。ダム貯水池では、全リン濃度が高いほど一次生産量が多く、漁獲量も多いという単純な関係が明らかになりました。他方、自然湖沼であるトンレサップ湖では、全リン濃度が高いにもかかわらず光不足のために一次生産量が少ないこと、豊富な漁獲量は一次生産だけでなく湖岸由来の有機物に支えられている可能性があることがわかりました。

 このような生態系に関する知見をダム開発の適切な計画に役立てるための手続きが「戦略的環境アセスメント」です。3本目の特集記事である環境問題基礎知識(p.8-9)では、従来の環境アセスメントに代わって戦略的環境アセスメントが近年注目を集めている背景を説明します。

 特集記事の著者らが目指しているのは、メコン流域における生態系機能評価に関する研究をとおして、メコン流域のダム開発についての科学的知見を提供することはもちろん、メコン以外の地域でも広く役立つ迅速・簡便・高感度な戦略的環境アセスメント技術を開発することです。

 より詳細については記事本文をご覧ください。読者の皆様にとって本号が有益な情報となることを願っております。

(こしかわ まさみ、地域環境研究センター土壌環境研究室 主任研究員)

執筆者プロフィール

地球化学が専門で、生態学に関しては門前の小僧です。国環研ニュース2002年21巻3号に「生態系機能」と「生態系サービス」に関する環境問題基礎知識が掲載された当時は、いまひとつ実感が湧かない新しい用語だと感じていました。この特集をニュース編集委員として担当し、少し身近に感じるようになりました。