土の緩衝能−土の土としての機能−
経常研究の紹介
向井 哲
土の緩衝能で先ず思い浮かべるのは,恐らくpH緩衝能のことであろう。ところが,最近,土壌汚染に関連した土の緩衝能という新しい概念が土壌保全の立場から生まれ,注目されるようになってきている。De Haan(1987)によると,この土の緩衝能は“主として土壌成分への強い吸着・結合,或は不溶態への変換によって汚染物質を不活性化し,それの土の諸機能(例えば,作物生産,地下水保全,元素循環などに関した機能)に対する負の影響を遅延する土の能力”であると一応定義されるとしている。しかし,非生物的に起こる不活性化が重要であることに疑いはないにしても,この定義には軽視し得ない土の微生物の浄化作用は含まれていないように思われる。それ故,筆者は微生物分解を通して直接的ないしは間接的に生じる不活性化をも上記の定義に加えておきたいと考えている。
この小文では,土壌汚染に関連した土の緩衝能について簡単に述べてみたい。つまり,土に負荷される汚染物質を非生物的ないしは生物的に不活性化し,土の諸機能の悪化を遅延する土の能力として新たに定義される緩衝能である。これを簡単に説明するために示したものが下の模式図である。今,農薬や有機質資材,或は化学肥料の投与を例にとって考えてみよう。図中の縦軸で表示されるそれらの有効度(この例の場合、作物生産量に置き換えることが出来る)を指標にすれば,横軸上のIで示される土の当該化学物質含有量までは農業生産向上のために積極的に投与されるべきと言える。一方,土壌保全の立場からみると,IIの位置までの土のその含有量が土壌保全上のいき値,すなわち土の緩衝能に相当すると見なすことが出来る。この緩衝能には,農薬などの有機物質の場合だと,土の有機・無機成分への強い吸着・結合等による非生物的不活性化のほかに,微生物分解による効果が比重を増して含まれることになるであろう。ところが,この緩衝能を超える投与が続けられると,有効度は頭打ち状態から下降し始め,その土の本来の諸機能が種々の程度に阻害されることになると理解される。すなわち,その土は投与物質で汚染されたことになる。この土の緩衝能は,投与化合物の種類及び土壌中での存在形態,並びに土の種類によって大きく異なると考えられる。また,以上に述べてきた事柄は,微量養分としての重金属に対しても同様に当てはまる。
顧みれば,土は古くは,“母なる大地”としてその尊厳が先人達によって認識されてきた。そして,二千数百年の星霜を経た現在,われわれは土に対して共通の意識を持ち続けていることに気が付くであろう。
目次
- 国立環境研究所としての新展開巻頭言
- 野外研究を大切に論評
- 地方公害研究所と国立公害研究所との協力に関する検討会(第9回)の報告所内開催又は当所主催のシンポジウム等の紹介
- 広域都市圏における交通公害防止計画策定のための環境総合評価手法に関する研究特別研究活動の紹介
- 環境水中に見いだされる新たな汚染物質経常研究の紹介
- 第5回全国公害研究所交流シンポジウム所内開催又は当所主催のシンポジウム等の紹介
- 環境汚染のリスクアセスメント − 健康リスク評価の問題点を中心として −環境リスクシリーズ(3)
- 故岩田敏研究員を偲んでその他の報告
- 快適な暮らしの代償としてのリスク環境リスクシリーズ(4)
- 都市大気汚染の解明へのアプローチ研究ノート
- INSTAC計画に参加して海外出張報告等
- Duke大学での研究生活海外からの便り
- 土壌生態系への重金属の影響研究ノート
- 新刊・近刊紹介
- 主要人事異動
- 編集後記