環境水中に見いだされる新たな汚染物質
経常研究の紹介
白石 寛明
環境水中へ流入してくる化学物質のモニタリングを行っていると、時として今までに経験したことのないピークの出現に驚かされることがある。特にその濃度が高いと推定されたり、同じピークが常時検出され続けるようになると、それが何に由来するのか知りたくなるのが研究者の常であろう。このようにフィールドの調査から未知の化学物質を見いだしそれを同定していく手法は、化学物質にあらかじめプライオリティを設定し網羅的に環境調査を行う手法と共に、かなりの成果をあげている。例えば、防蟻処理剤のクロルデン類や、最近問題となっているトリフェニルスズ化合物(TPT)などもこのようにして問題提起されたものである。
未知化合物の構造決定には、微量でも化合物の分子式、含まれる官能基の種類が推定できるガスクロマトグラフ/質量分析計(GC/MS)が必要不可欠である。上記の化合物なども最終的にはGC/MSによりその存在が確認されている。GC/MSにより環境水中に見いだされた新たな汚染物質は数多くあるが、実際に経験した中から具体例を1つあげてみる。
霞ヶ浦における湖水中の農薬濃度調査の過程で、ECD-ガスクロマトグラム上に今までに知られているどの農薬の有効成分とも一致しないピークに遭遇した。ピーク強度の季節変化、湖水への拡散状況から、この化合物の起源は農薬の使用と関連があると推定された。そこで、上記の手法で分析すると、塩素と臭素を含む硫黄化合物で、分子式は C7H6BrClO2S であることが判明した。また、スペクトルの開裂パターンの解析から、この化合物は、4-(クロロメチルスルフォニル)ブロモベンゼン(図)であると推定し、合成した標準品と比較した結果、同一物であると確認された。この化合物に構造が類似している殺虫剤が過去に外国で使用された例があったが、この物質に関する報告はほとんどなかった。農薬由来ではと考えていたこともあり、流域で使用されていた農薬を分析した結果、この物質は水田用除草剤であるベンチオカーブに補助剤として添加されていたことがわかった。食品添加物や農薬中の不純物といった話題はよくきくが、農薬の添加物とは初めての付き合いであった。
現在のところ、その推定構造式が正しいのか否かは、有機化学的に合成した標準化合物と未知物質が同じ物理、化学的性質を持つことをもって最終的に確認するしかない。しかし、標準化合物の合成には多大な労力(経費)を必要とし、合成にあたっては環境汚染物質としての重要度を判断しながら研究を継続していく必要がある。このため、推定構造の段階で止まってしまう場合が多々ある。物質の重要度を判断するために、化学物質の生態あるいは健康に及ぼす影響を同時に評価できる効率的なモニタリング手法はないものかと考えている。
目次
- 国立環境研究所としての新展開巻頭言
- 野外研究を大切に論評
- 地方公害研究所と国立公害研究所との協力に関する検討会(第9回)の報告所内開催又は当所主催のシンポジウム等の紹介
- 広域都市圏における交通公害防止計画策定のための環境総合評価手法に関する研究特別研究活動の紹介
- 第5回全国公害研究所交流シンポジウム所内開催又は当所主催のシンポジウム等の紹介
- 環境汚染のリスクアセスメント − 健康リスク評価の問題点を中心として −環境リスクシリーズ(3)
- 故岩田敏研究員を偲んでその他の報告
- 快適な暮らしの代償としてのリスク環境リスクシリーズ(4)
- 都市大気汚染の解明へのアプローチ研究ノート
- INSTAC計画に参加して海外出張報告等
- 土の緩衝能−土の土としての機能−経常研究の紹介
- Duke大学での研究生活海外からの便り
- 土壌生態系への重金属の影響研究ノート
- 新刊・近刊紹介
- 主要人事異動
- 編集後記