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2019年8月26日

2℃目標、1.5℃目標の実現のために

特集 世界を対象とした低炭素社会実現に向けたロードマップ開発手法とその実証的研究
【研究プログラムの紹介:「低炭素研究プログラム」から】

増井 利彦

1.はじめに

 低炭素研究プログラム・プロジェクト3(PJ3)「世界を対象とした低炭素社会実現に向けたロードマップ開発手法とその実証的研究」は、これまでに国立環境研究所が中心となって開発してきた統合評価モデルであるAIM(Asia-Pacific Integrated Model)の主に世界版を用いて低炭素社会の姿そのものや低炭素社会を実現する将来の温室効果ガス排出量を時系列で示した排出経路を定量的に評価するサブテーマ1「世界を対象とした低炭素社会評価のための統合評価モデル開発とその適用」と、低炭素社会の実現に向けた国際制度のデザインを行うサブテーマ2「低炭素社会実現に向けた国際制度のあり方に関する研究」で構成されています。

 2015年12月にCOP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議)で合意されたパリ協定では、気候変動緩和策(地球温暖化の原因である温室効果ガスを削減する取り組み)について、世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つ(2℃目標)とともに、1.5℃に抑える努力を追求すること(1.5℃目標)が示され、温室効果ガス排出量についてはできるだけ早く頭打ちさせ、21世紀後半に人為起源の温室効果ガス排出量を正味ゼロにすることが明記されています。また、2018年10月に採択されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の1.5℃特別報告書(正式名称は、『気候変動の脅威への世界的な対応の強化、持続可能な発展及び貧困撲滅の文脈において工業化以前の水準から1.5℃の気温上昇にかかる影響や関連する地球全体での温室効果ガス(GHG)排出経路に関する特別報告書』)では、1.5℃目標を実現するためには人為起源のCO2排出量を2050年前後に正味ゼロにする必要があると、2℃目標よりもさらなる削減の前倒しが必要になることを示しています。しかしながら、これまでに各国が提出した2020年以降の排出削減目標をすべて積み上げても、1.5℃目標はおろか2℃目標を実現できる温室効果ガスの削減量に遠く及ばないことが明らかになっており、排出削減目標の深掘り(更に強化すること)が必要となっています。この低炭素研究プログラムPJ3においても、2℃目標をはじめとした温室効果ガス排出量の大幅削減に向けた研究に取り組んでいます。大気中で気候に影響を及ぼす物質のうち、寿命が比較的短いことから短寿命気候汚染物質に分類されるブラックカーボン(黒色炭素)やオゾンも含めた排出シナリオは、研究ノートで詳しく説明していますので、そちらをご覧下さい。

2.2℃目標に向けた国際的な動きと日本の動き

 2018年4月には、タラノア対話(タラノアとは、フィジーの言葉で「包摂的、参加型、透明な対話プロセス」を意味するもので、タラノア対話とは、2℃目標を達成するために、世界全体の温室効果ガス排出削減の取り組みに関する情報を共有し、取組意欲の向上を目指すことを目的としています)が求めている「我々は今どこにいるのか」「我々はどこに行きたいのか」「我々はいかにしてそこにたどり着くのか」という問いに対して、低炭素研究プログラムPJ3の2つのサブテーマが連携して、これまでの研究成果をもとにした情報提供を行いました。その内容は、現状の排出経路を、2℃を実現する排出経路に軌道修正することは今ならまだ可能であること、そのためには現在提出されている2020年以降の排出削減目標を超えた更なる削減が各国で必要となりますが、未導入の政策を各国が早期に導入することで、そのような目標の深掘りが可能になること、などです。

 また、2020年までに提出が求められている2050年を対象とした長期低炭素発展戦略について、先進国の多くは2℃目標に対応する温室効果ガス排出量の80%削減を目標として掲げていますが、EUでは2018年に提示した長期シナリオにおいて、80%削減とともに1.5℃目標に対応する2050年の排出量を正味ゼロにするシナリオも提示しています。日本も長期低炭素発展戦略の案が2019年4月にようやく明らかになり、パブリックコメントを経て正式決定され、6月のG20において紹介されました。しかし、21世紀後半のできるだけ早期に脱炭素社会を実現していくことを目指すという文言は含まれていますが、2050年の目標については2017年3月に環境省中央環境審議会が提示した長期低炭素ビジョンと同様に80%削減が明記されているだけで、具体的な手順に欠ける内容となっています。つまり、「イノベーション」という言葉に依存して、我々がどのような手順で取り組みを進めていけばいいのかという具体的なロードマップが明確ではありません。明るい未来像(ビジョン)を描くことは大切ですが、温室効果ガスの一刻でも早い削減が必要な現状では、ビジョンだけでは不十分で、具体的に何をしないといけないのかを明確にする必要があります。

3.どうすれば2℃目標、1.5℃目標は達成できるのか?

 低炭素研究プログラムPJ3では、AIMによる定量的な分析や国際制度デザイン等を通じて、ロードマップを描いてきました。日本を対象としたAIMを用いた試算でも、省エネの促進、低炭素電源の拡大、電化の促進の実現により、2℃目標に相当する2050年の温室効果ガス排出量を現状から80%削減するシナリオは描けることを示してきました。これより更に厳しい目標である1.5℃目標(2050年の排出量を正味ゼロにする)の分析も行っています(図を参照)。取り組みによる結果は部門によって異なります。エネルギー転換部門では、BECCS(バイオマス発電にCCSというCO2の隔離、固定化を組み合わせた技術)を含む対策によって、排出量を正味でマイナスにする必要があります。需要側では、運輸部門において大幅な追加削減が必要で、電気自動車によって排出量をほぼ0にすることが必要となり、民生部門(家庭やオフィスなど)では電化や省エネを通じて80%減ケースでもほぼゼロ排出を達成することが求められます。一方で、産業部門からの排出量はいくらか残ります。また、温室効果ガス排出削減のすべては革新的な技術によるものではなく、既に実用化されている技術や実用化の見通しが立っている技術によって多くの削減が実現されます(最終的に80%削減するには革新的な技術は必要となりますが)。つまり、大幅な温室効果ガス排出削減に取り組む覚悟があるかが問われているといえます。また、技術だけでなく、どのような社会を実現するかという将来像や、生活様式をどのように変えるかという行動変容も重要となります。

 こうした温室効果ガス排出量の大幅削減にむけた取り組みを強化していくためには、国民全体の議論が必要となりますが、日本における関心は決して高くはありません。筆者が連携教員を務める大学で学部生を相手に説明しても、こうした長期目標をきちんと把握している学生は少数派です。一方で、欧州各国では、目標設定の議論において、一般国民の代表も参加したステークホルダー会合が開催されています。一般国民も議論に参加できるように、低炭素研究プログラムPJ3は具体的でわかりやすい低炭素社会、脱炭素社会への道筋を示すことが義務であると考えています。世界では、スウェーデンの15歳の少女がはじめた「Fridays For Future(未来のための金曜日)」という運動がきっかけとなって、2019年3月15日には125ヵ国で160万人の子供や若者たちが学校に行かずに街頭で、政府の温暖化問題に対する無策に抗議しました。2050年の社会の主役であるこうした若い世代の問題提起に対して、きちんと答えられるような研究をしていきたいと考えています。

部門ごと年ごとにCO2排出量の変化をまとめた図
図 日本を対象とした部門別のCO2排出経路

(ますい としひこ、社会環境システムセンター 統合環境経済研究室 室長)

執筆者プロフィール

筆者の増井利彦の写真

最近、保護犬を引き取りました。私にとっては、学生時代以来の犬の世話です。散歩のおかげで、歩く距離と時間が長くなり、暮らしている地域の様子がよくわかるようになりました。

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