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2022年8月31日

気候市民会議により
持続可能な地域社会への道筋を示す

特集 地域と共に創る持続可能な社会
【研究プログラムの紹介:「持続可能地域共創研究プログラム」から】

松橋 啓介

 持続可能地域共創研究プログラムのプロジェクト(PJ)3「地域・生活の課題解決と持続可能性目標を同時達成する地域診断ツールの構築」では、サブテーマ1「地域別家庭・交通排出量推計と人口シナリオの高度化」およびサブテーマ2「地域診断ツールの構築と具体地域での実証」に取り組んでいます。プロジェクト間の連携を通じて、国内の地方自治体における持続可能な地域社会の姿と転換方策を定性的かつ定量的に検討する枠組みを構築し、持続可能性の要件と各種ステークホルダーの意見・要望に基づく地域社会像(ビジョン)の探索や、地域特性や個人属性を踏まえた生活・行動の分析・構造化と転換可能性の検討を行うことで、持続可能な地域社会に向かう道筋を提示することを目指しています。また、脱炭素持続可能研究プログラムのPJ2「国を対象とした脱炭素・持続社会シナリオの定量化」との連携により、地方自治体を対象に脱炭素社会を2050年までに実現するロードマップを明らかにすることを目的としています。

 そうした中、地方自治体のカーボンゼロ宣言が相次いでおり、地域の特性を反映した脱炭素ロードマップへのニーズは極めて高く、喫緊の課題となっています。2021年度には、川崎市において気候市民会議を実施し、市民提案の策定に関わる機会があったため、そこで得られた知見を本記事では紹介したいと思います。

 気候市民会議とは、無作為に抽出された市民が全6回程度の会合に参加し、科学的知見を得て、対話と熟慮と投票を繰り返し、気候変動対策をまとめ、提言するというものです。2019年から2020年にフランスと英国で100人超の市民を集めて実施され、その後、世界各地の国や地方自治体で実施されています。参加者をくじ引きで選び、参加手当を支払うことで、市民社会の縮図を作って話し合う仕組みは、ミニ・パブリクスと呼ばれます。これにより、特定の業界や利害関係者の強い影響を受けにくく、多様な市民に共通する意見を反映した、広く受け入れられかつ効果の大きい気候変動対策を提示することができると考えられます。フランスと英国で出された提言は、大きな注目を集め、2030~2035年までにガソリン・ディーゼル車の新車販売を禁止するといった政策に影響を与えました。

 日本でも2020年に「気候市民会議さっぽろ」が行われ、札幌市民20人が全4回の会合で脱炭素社会の将来像等を議論しました。続いて、2021年1月に、環境政策対話研究所が中心となり、川崎市地球温暖化防止活動推進センター、NPO、著者を含む研究者等の7人からなる実行委員会を立ち上げ、「脱炭素かわさき市民会議」を2021年の5月から10月に開催することを決めました。川崎市とも連携し、市長の応援も得て、11月には提言を市に提出しました。

 特徴の一つであるくじ引きは、2段階に分けて行われました。まず、川崎市の7区の選挙人名簿から3,201人を無作為に選出します。参加呼びかけを郵送し、247件の返信を受け、92人が参加意思を表明しました。次に、年齢、性別、居住地域のバランスを取って、数が多い類型からは無作為抽出を行い、75人を参加市民としました。会期の途中には辞退者もあり、最終回の参加者は63人となりました。参加意思を表明した市民の割合は、フランスでは約30%、英国では約6%だったことに比較すると、川崎では約3%と低くとどまりました。なお、市民参加による政策決定の機会を増やすことで参加意欲を高めることや、参加手当を平均的な時給並の水準に引き上げることで、参加意思の割合が高くなっていくことが期待されます。また、参加意思を表明する市民を多く集めることができれば、英国で行われたように気候変動への関心についても市民社会の縮図となるバランスを取った抽出を行うことが可能となり、より広く受け入れられやすい対策を提示することにつながると考えられます。

 会合は、月に1回、土曜日の午後に約4時間、全6回を行いました。第2回までは専門家による講義と質疑応答、第3回には、移動、住、消費の3テーマについて、小グループに分かれた意見交換を行い、出た意見を主催者側が整理して、提言のたたき台を作成しました。第4回には、参加したいテーマを1つ選び、各3~4グループに分かれて、意見交換を行いました。これらの意見を反映させた提言の素案に対して1回目の投票をテーマ別に行い、その結果を第5回に提示し、骨子案を作成しました。ここまで、オンラインでの開催でしたが、最終回の第6回は市内の会場に集まり、さらに意見交換を行い、市民提案をとりまとめ、2回目の投票を全テーマについて行いました。投票は、取り組み提言に対して、「積極的に推進すべき」から「推進すべきでない」まで7段階で、1回目の投票で推進に前向きな投票が約3分の2を下回る提言については提言の見直しをするなどの対応をしました。また、2回目の投票結果は、市民提案とあわせて公表しました。なお、投票による意見表明の機会が別途あることで、意見交換の中で各取り組み提言の取捨や表現に幅を認めやすくなり、難しい議論の対立を避けることに役立ったようです。また、投票結果の提示は、それぞれの提言に対して少しずつ異なる意見を持つ多様な市民が参加した市民提案であることを読者に伝え、自分のこととして考えてもらうためにも、役立つと考えられます。

第6回会合の参加者集合写真(2021年10月)
写真1 第6回会合の参加者集合写真(2021年10月)

 私は、運輸部門の脱炭素化等に関する「移動」のテーマの専門家を担当し、情報提供と提言のたたき台の作成も行いました。情報提供では、市民への期待として、自らの生活行動を変えることだけでなく、政策決定主体としてまちを変える働きかけをすること、結果として多くの人の移動の転換を起こすことを伝えました。提言は、公共交通が便利で自家用車に依存せずに生活できるまち、徒歩・自転車で暮らせるまち、電気自動車が普及したまちの3つの柱にまとめられ、27項目となりました。それぞれ、日常生活に必要な機能や施設がコンパクトに揃いかつ市民が公共交通・自転車・徒歩で容易にアクセスできるような拠点を整備する、トランジット・モールや歩行者の優先通路を整備する、公用乗用自動車の新規導入は100%電動車両とするといった提言が比較的多い支持を集めました。

 全体で77項目の提言は、脱炭素かわさき市民会議からの提案「2050年脱炭素かわさきの実現に向けて」として公開し、11月11日に市長へと手渡しました。川崎市の地球環境推進室からは、提言への対応を検討し、関連する各部局にもそれぞれの対応を共有し、政策推進の参考としていること、川崎市温暖化対策推進基本計画のパブリックコメントにおいても、取り組みを進めていく上で参考とすることとの回答を受け取りました。市民の提案と市の施策とを比較し、追加すべき点を明確にすることで、政策への反映の程度をより詳しく評価することができると考えられます。

川崎市長へ市民提案の提出時(2021年11月)の写真
写真2 川崎市長へ市民提案の提出(2021年11月)

 気候市民会議に取り組もうとする地方自治体が増えています。各地の取り組みが、多様な市民の参加と科学的知見を得て、対話と熟慮と投票を繰り返し、広く受け入れられかつ効果の大きい気候変動対策の提示につながることを期待しています。また、こうした取り組みを支援しながら、共通の課題や独創的な解決策を共有するとともに、手法の改善を図ることを通じて、わが国の地方自治体の持続可能な地域社会の姿と転換方策の提示につなげていく所存です。

(まつはし けいすけ、社会システム領域 地域計画研究室 室長)

執筆者プロフィール:

筆者の松橋 啓介の写真

マイカーを手放して4年。近所のカーシェアの車種は軽から3ナンバーまでいろいろ。先日、昔のマイカーの後継車種がたまたま配車され、身体感覚に合致してめちゃくちゃ運転しやすいことに驚きと懐かしさとを感じました。

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