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2019年8月26日

パリ協定の下での脱炭素社会研究とは?

特集 世界を対象とした低炭素社会実現に向けたロードマップ開発手法とその実証的研究

亀山 康子

 2015年末にパリ協定が採択されて3年が経過しました。この間、世の中は急速に変わりつつあります。世界的な潮流の変化は、今から振り返るとすでに2000年過ぎから始まっていたのですが、パリ協定の数年前から顕著に目に見えるようになりました。変化の中核にあるのは、温室効果ガス排出削減を「負担」としてとらえる見方から「機会」としてとらえる見方への転換です。排出量削減に資するさまざまな産業(ビジネス)が台頭してきました。再生可能エネルギーはその最たるものですが、情報関連産業、電気自動車等のモビリティ関連産業、軽量素材の開発等、排出量削減が経済的な利潤を生む業種が飛躍的に伸びました。これが後押しになってパリ協定が採択されたのです。

 パリ協定では、人間の生活や生態系全般に甚大な影響を及ぼさないような範囲内に気候変動影響をとどめるには、産業革命前以降の気温上昇幅を1.5℃ないしは2℃以内に抑える必要があるとしています。この気温上昇幅内に収めるためには、今世紀末までに世界の温室効果ガス総排出量を実質ゼロとすべきこともパリ協定に明記されています。この目標を国際社会へのメッセージとして受け止め、世界の変革はさらに進展し続けます。日本国内では、2015年夏の時点ではまだ排出削減が「負担」と受け止められ、排出削減目標水準を他の主要排出国の水準と比べた相対的な負担の大きさばかりが強調されていましたが、最近ようやく、排出量削減が企業にとってコストではなく競争力の源泉、という理解が深まってきました。

 我々の研究プログラムのタイトルにも、その影響が見受けられます。気候変動に関する研究は、本中長期計画策定時には「低炭素研究プログラム」と命名されましたが、ここ数年では「脱炭素」という言葉がより多く用いられています。排出量を何パーセント減らせるのかといった数パーセントを巡る攻防が問題なのではなく、最終的にはゼロを目指し、そのためには2050年頃に今までの約8割を減らせている必要があり、そうすると2030年、2040年でそれぞれどれくらいの排出削減が見込まれていなくてはならないのか、という観点で研究を進められるようになりました。

 本特集では、低炭素社会研究プログラムの中でも特に、排出削減(緩和)策に関する研究を推進するためにプロジェクト(PJ)3として位置付けられた「世界を対象とした低炭素社会実現に向けたロードマップ開発手法とその実証的研究」について紹介します。「研究プログラム紹介」では、パリ協定で示されている大幅な排出削減を実現するためのシナリオに関する研究を、脱炭素社会に向けた実際の動きとともに紹介します。また、特にアジア諸国における温室効果ガスと大気汚染物質の削減を同時に解決できるような、効果的な対策・施策の組み合わせや、その効果を分析した将来シナリオに関する研究を「研究ノート」で紹介します。さらに、気候変動は長期にわたる問題で、排出削減を今日行ってもその影響が出るのは何十年後となることから、将来影響を現在価値に割り戻す手法とそれを使ったCO2の社会的費用に関して、「環境問題基礎知識」にて紹介します。

 排出削減関連の産業が新たなビジネスとして成長している背景としては、当然のことながら、気候変動に対する世論の強い不安があることを指摘しておきたいと思います。近年、世界中で異常気象が増え、気温上昇が実感できるまでに気候変動が進行してしまっているからこそ、これらの産業を選択すべきと考える人が世界中で増えているということです。国立環境研究所では、本特集で紹介する緩和策研究にて、今後のさらなる気候変動の進行をできるだけ遅らせるための方策を検討しつつ、今までに排出されてしまった温室効果ガスによって生じる気候変動影響への対応(適応策)研究とも十分な意思疎通を行うことで、社会全体として最もリスクの少ない対応方法を検討していきます。

(かめやま やすこ、社会環境システム研究センター 副センター長)

執筆者プロフィール

筆者の亀山康子の写真

小学生時代以来聴き続けたバンドの40周年記念ライブ、もちろん行きましたよ。感動冷めやらぬまま、今でも通勤途中は口ずさみながらペダルを踏んでいます。

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